中国科学院などは2020年12月10日、科学衛星「重力波高エネルギー電磁カウンターパート全天モニター(GECAM)」の打ち上げに成功した。

GECAMは、ガンマ線バーストやX線バースト、高速電波バーストなど、宇宙で起こるさまざまな高エネルギー爆発現象の全天観測を行う衛星で、ブラックホールや中性子星などにまつわる謎、とくに近年注目されている重力波の発生にともなって起こる現象に関する謎の解明を目指す。

さらに太陽フレアや地球ガンマ線フラッシュなど、地球や太陽で起こる現象の解明も目指している。

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    重力波高エネルギー電磁カウンターパート全天モニター(GECAM)の想像図 (C) CAS/IHEP

重力波高エネルギー電磁カウンターパート全天モニター(GECAM)

GECAMは日本時間12月10日5時10分(北京時間4時10分)、小型固体ロケット「長征十一号」に搭載され、四川省にある西昌衛星発射センターから離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げは成功した。

衛星は現在、近地点高度587km、遠地点高度604km、軌道傾斜角29度の軌道に乗っている。

GECAM(Gravitational wave high-energy Electromagnetic Counterpart All-sky Monitor)は、中国科学院の宇宙科学先導特別プロジェクトの第二期に基づいて開発された衛星で、宇宙で起こるさまざまな高エネルギー爆発現象の全天観測を行うことを目的としている。

主に、ブラックホールが形成される際に起こると考えられている「ガンマ線バースト」や、中性子星表面にたまったヘリウムなどのガスが熱核融合して起こる突発的な増光現象の「X線バースト」、発生源やメカニズムがまだ謎に包まれている「高速電波バースト」などを対象とし、観測によりブラックホールや中性子星、マグネターなど天体にまつわる、さまざまな謎を解明することを目指している。

とくに注目されているのが、重力波の発生にともなって放射されるガンマ線バーストである。2015年9月に米国が重力波の直接観測に初めて成功した際、その観測の0.4秒後に、米国航空宇宙局(NASA)のガンマ線天文衛星「フェルミ」がショートガンマ線バースト(継続時間の短いガンマ線バースト)を検出した。このときの重力波はブラックホール同士の合体によって発生したものだったが、重力波は出てもガンマ線バーストは放出されないと考えられていたことから、いまなおこのデータは研究や議論の的となっている。

さらに2017年8月には、2つの中性子星(連星)同士の合体によって発生した重力波が観測され、その2秒後にはやはり短いガンマ線バーストが観測された。中性子星同士の合体からは、かねてよりショートガンマ線バーストが放射されると考えられていたため、そのモデルが正しいことが示された。

このように、重力波が発生するイベントとガンマ線バーストには深い関係があると考えられることから、GECAMではブラックホール同士や中性子星同士、あるいはブラックホールと中性子星の合体といった、重力波イベントから放出される可能性のある放射線をいち早く、正確に検出することが大きな目的のひとつとなっている。

とりわけ、重力波の観測成功以降、天体現象を電磁波、宇宙線、ニュートリノ、そして重力波で協調して観測する「マルチメッセンジャー天文学」が花開こうとしており、GECAMはそこにおいても大きな役割を果たせる。

また、NASAのガンマ線バースト観測衛星であるフェルミ宇宙望遠鏡や「ニール・ゲーレルズ・スウィフト宇宙望遠鏡」などは宇宙の一部分しか観測できないため、つねに全天を観測できるGECAMには大きな利点がある。さらに、これらの宇宙望遠鏡よりも低いエネルギー範囲まで観測できるため、重力波発生イベントにともなって放射される比較的弱いガンマ線バーストを検出するのにも有利だという。

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    2つの中性子星(連星)が合体する様子の想像図。こうしたイベントでは、重力波のほか、高エネルギーのX線やガンマ線、軟X線、光、電波なども放射される (C) CAS

くわえてGECAMは、太陽フレアと呼ばれる太陽表面で起こる大規模な爆発現象や、雷から強力なガンマ線が発せられる現象である地球ガンマ線フラッシュなども観測できることから、遠くの天体だけでなく、地球や太陽にまつわる謎の解明も目的のひとつとなっている。

GECAMは約140kgの小型衛星2機から構成され、それぞれの衛星の先端には、25個のガンマ線検出器と8個の荷電粒子検出器が入ったドーム状アレイが搭載されている。それぞれ1機は全天のうち半球を観測できるようになっており、1機の衛星に対しもう1機が地球を挟んで正反対の位置に存在するように地球を周回しながら観測することで、つねに全天を観測することができるようになっている。

計画は、米国が初の重力波と、それにともなって放射された可能性のあるショート・ガンマ線バーストの検出を発表したことに触発され、その発表の1か月後にあたる2016年3月に立ち上がったという。以来、急ピッチで開発が進められ、わずか約4年で打ち上げにこぎつけた。

計画全体は中国科学院の傘下にある北京懐柔総合国立科学センター宇宙科学研究所が主導しており、また同じく傘下にある国立宇宙科学センターや中国科学院高能物理研究所(IHEP)なども関わっている。

GECAMは北京懐柔総合国立科学センター宇宙科学研究所が立ち上げた最初の科学衛星であったことから、打ち上げ後には衛星に「懐柔一号」という愛称が与えられた。また、それとは別に、「遠くを眺め渡す」という意味の「極目」という愛称もあり、さらに2機の衛星のうち1機には「小極」、もう1機には「小目」という愛称が与えられている。

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    GECAMの想像図 (C) CAS

宇宙科学分野にも力を入れる中国

中国の宇宙開発は長年、実用衛星に力を入れていたが、近年では宇宙科学分野にも積極的に挑みつつある。

中国科学院の宇宙科学先導特別プロジェクトの第一期では、2015年に暗黒物質粒子探査衛星「悟空」を打ち上げたのを皮切りに、2016年に量子暗号通信実験衛星「墨子」と微小重力科学実験衛星「実践十号」、そして2017年にはX線天文衛星「慧眼」を打ち上げ、いずれも成果を残しつつある。

同プロジェクトの第二期では、2019年に重力波観測技術実験衛星「太極一号」を打ち上げたのに始まり、今回のGECAMの打ち上げで2機目となった。また今後も、太陽観測衛星「ASO-S」、高エネルギー天体現象を観測する「アインシュタイン・プローブ」、太陽風と磁気圏の相互作用のパノラマイメージング衛星「SMILE (Solar wind Magnetosphere Ionosphere Link Explorer)」などの打ち上げが計画されている。

また、フランスやドイツなど欧州の研究機関や大学の観測機器を搭載したり、共同研究も行われたりなど、国際協力も進んでいる。とくに前述のSMILEは欧州宇宙機関(ESA)との共同ミッションでもある。

ただし米国は、法律によって中国との宇宙分野における協力などを禁止しており、共同研究の扉は閉ざされている。

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    GECAMを載せた長征十一号ロケットの打ち上げの様子 (C) CAS

参考文献

http://www.cnsa.gov.cn/n6759533/c6810800/content.html
http://www.cas.cn/tt/202012/t20201210_4770258.shtml
All-sky Monitoring of Gravitational Wave Electromagnetic Counterparts: China Successfully Launches GECAM Satellites----Institute of High Energy Physics
Shaolin XIONG. GECAM: An all-time all-sky X/γmonitor in multi-messenger/wavelength era. Institute of High Energy Physics (IHEP), Chinese Academy of Sciences (CAS)
China launches gamma ray-hunting satellites to trace sources of gravitational waves | Science | AAAS