月の石――。かつて米国とソ連が競うように集め、大阪万博ではそれを見るために人々が殺到し、その分析がいまも続く、どんな宝石よりも価値のある星の欠片を人類が最後に手に入れたのは、いまから44年も前のことだった。

そして2020年11月24日、新たな、そしてこれまでとは異なる月の石を手に入れるため、中国は月探査機「嫦娥五号」を打ち上げた。なぜ、いま新しい月の石が必要なのか。どのようにして石を集め、地球に持ち帰るのか。その先に何を見据えているのか。嫦娥五号ミッションの全貌に迫る。

  • 嫦娥五号

    嫦娥五号を載せた長征五号ロケットの打ち上げ (C) CNSA/CLEP

嫦娥計画

嫦娥五号は中国国家航天局や中国空間技術研究院などが開発した月探査機で、中国の月探査計画「嫦娥」の第3期の幕開けとなる探査機である。

2003年から始まった嫦娥計画は、当初から「巡」、「落」、そして「回」の3つの段階を踏んで行われることが定められていた。巡は月のまわりを回ること、落は月面に着陸すること、そして回は月の石を回収することを示している。

この計画に沿い、まず2007年10月24日に初の月探査機「嫦娥一号」の打ち上げに成功。2009年3月1日まで順調にミッションをこなした。

続く「嫦娥二号」は、嫦娥一号のバックアップ機を改良した機体で、2010年10月1日の打ち上げられた。世界で最も詳細な月面全体の画像を取得したほか、地球からの通信が直接届かない月の裏側で、自律的に軌道変更する技術を実証。さらに運用後期には月から離脱し、小惑星のフライバイ探査も行うなど、将来の月・惑星探査につながる大きな成果を残した。

2013年12月2日には、「嫦娥三号」の打ち上げをもって嫦娥工程の第2期が開始。嫦娥三号は月の表側の北西にある「雨の海」への着陸に成功し、探査車「玉兎号」が月面を走り回った。月への探査機の着陸に成功したのは、ソ連の「ルナー24」以来37年ぶり、さらに月に探査車が送り込まれたのは、ソ連の「ルノホート2」以来じつに40年ぶりのことだった。玉兎号はすでに運用を終えているが、着陸機はいまなお探査活動を続けている。

また2018年12月8日には、嫦娥三号を改良した「嫦娥四号」が打ち上げられ、史上初となる月の裏側への着陸に成功。探査車「玉兎二号」による探査も行われた。着陸機、玉兎二号ともに、現在も探査活動を続けている。

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    2019年1月3日、月の裏側への着陸に成功した「嫦娥四号」の着陸機(探査車「玉兎二号」から撮影) (C) CNSA/CLEP

嫦娥五号

今回打ち上げられた嫦娥五号は、これらに続く新たな月探査機にして、嫦娥計画の第3期の始まりを告げるもので、月の石や砂などのサンプルを地球に持ち帰る使命を帯びている。

嫦娥五号は打ち上げ時の質量が8.2tもある大型の探査機で、さらに周回機(オービター)、回収カプセル、着陸機、上昇機の4つのモジュールから構成された、複雑な機体でもある。

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    嫦娥五号の想像図。下から、周回機、回収カプセル、着陸機、上昇機で構成されている (C) CNSA/CLEP

打ち上げ後、まずは周回機のスラスターを使って軌道修正したのち、月に接近。そこでスラスターを噴射して月の周回軌道に入る。そして11月29日ごろ、着陸機と上昇機が分離し、エンジンを逆噴射させながら月面に着陸する。着陸場所は、月の表側の「嵐の大洋」にあるリュムケル(リュンカー)山に設定されている。山とはいっても、実際には火山活動によって隆起した結果形成された領域で、約70kmにわたって周囲よりも1kmほど高くなっている、広大な台地のような場所である。

着陸機には可視光・赤外線カメラとレーダーが装備されており、着陸場所の地質などを分析。とくに月の土壌に水が含まれているのか、あるとすればどれくらい含まれているのかは大きな観測テーマの1つである。

そして、サンプル採取のために装備されたドリルを使い、地中深さ2mまで掘り、サンプルを採取する。また、それとは別にスコップのような装置をもったロボット・アームも装備しており、地表のレゴリスも採取する。採取できるサンプルの量は2kgほどとされる。ちなみにソ連のルナー探査機が持ち帰ってきたサンプルは約100g程度だったため、桁違いの多さとなる。

採取したサンプルは上昇機へ移され、そして11月30日ごろに、上昇機のみが月から離陸する。上昇機は打ち上げ後、月の周回軌道を回っている周回機・回収カプセルと自律的にドッキングする。

嫦娥五号は太陽光発電のみで動くため、とくに着陸機と上昇機は、月が夜の間は活動することができない。そのため、リュムケル山が昼の間、すなわち約14日間の間に着陸し、サンプルを採取し、そして離脱する必要がある。

その後、上昇機から回収カプセルにサンプルを移送。そして上昇機を投棄し、周回機のスラスターで月の周回軌道を離脱。地球に近づいたところで周回機から回収カプセルを分離する。カプセルは大気圏上層部で水切りの石のように跳ね、空力加熱を抑えつつ少しずつ速度を落としたのち、内モンゴル自治区の四子王旗にある草原地帯に着陸する。帰還は12月15日か16日ごろに予定されている。

嫦娥五号の機体やミッションの複雑さは、まるで「人が乗っていないアポロ計画」のようなもので、月への着陸と離陸だけでなく、月周回軌道上での自律的なドッキングや、月から地球への回収カプセルの再突入などは技術的に大きなハードルとなる。

これに備え、中国は2013年に打ち上げた「試験七号」などを通じて、無人の衛星同士のドッキング技術を実証する試験を行ったほか、2014年には「嫦娥五号試験機」も打ち上げ、回収カプセルを月から地球の大気圏に再突入させる技術の実証も行っている。また、月への着陸は嫦娥三号、四号で成功した実績もある。

とはいえ、嫦娥五号のミッションにおける大きなハイライトとなることは間違いなく、ミッション期間が約3週間と短いこともあって、緊張の続く張り詰めた毎日となろう。

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    嫦娥五号の想像図 (C) CNSA/CLEP