44年ぶりに新しい月の石を持ち帰る意味とは?

嫦娥五号のミッションが成功すれば、中国は米国、ソ連(ロシア)に続いて、月の石を持ち帰る3番目の国となる。そして人類は、ソ連が1976年に実施したルナー24ミッション以来、44年ぶりに新しい月の石(サンプル)を手にすることになる。

人類はこれまで、アポロ計画で6か所、ルナー計画で3か所から月の石を手に入れている。これらのミッションで得られたサンプルは、いまから31億年から44億年前のものであることがわかっている。月はいまから約45億前にできたと考えられているため、できて間もないころのサンプルということになる。

一方、嫦娥五号が着陸するリュムケル山は、いまから12~13億年前に起きた大規模な火山活動の結果できたと考えられている。したがって、アポロやルナーが集めたサンプルとは大きく異なる、史上最も若い時代の月の石が手に入ることになる。

いまから30~40億年前というと、太陽系は後期重爆撃期という時代にあたり、地球や月をはじめとする天体に彗星や小惑星が次々と突入していた。月にあるクレーターの多くは、そのときの名残である。そして、このとき彗星や小惑星に含まれていた水によって、地球の海が誕生したのではないかと考えられている。

一方、12~13億年前というと、地球ではすでに多細胞生物が活動していたころにあたる。もしリュムケル山からサンプルを採取し、そして地球の高性能な分析装置で分析することができれば、そのころの月で何が起こっていたのかを理解することができ、そして月の歴史を知り、さらに地球や太陽系の他の世界がどのように進化してきたかを理解するのにも役立つ。

もっとも、リュムケル山周辺が本当に約12億前にできたのかどうかは、まだはっきりとはわかっていない。月のある地域の年齢を判別する際には、「クレーター年代学」という手段がよく使われるが、誤差が多いためである。

クレーター年代学は、クレーターの数や密度からその地域の年代を推定するという方法で、ある場所が古ければ古いほど、よりたくさんのマイクロメテオロイド(小さな隕石)などが降り注いでクレーターが生成されているはずであり、したがってクレーターが多いほどその場所は古い、という考え方に基づくものである。

もちろん、クレーターの数だけを頼りにするのでは誤差が大きいので、実際にその場所の石を分析することで、正確な年代を決定するとともに、クレーター年代学を校正する必要がある。しかし、これまで月においてそれができたのは、アポロとルナーがサンプルを採集した地点だけであり、リュムケル山のようなまだ手つかずの場所、とくにアポロやルナーが降り立った場所よりもはるかに若いと考えられる場所の年代については誤差が大きいとみられている。嫦娥五号が持ち帰ってきたサンプルの分析によって、リュムケル山が作られた年代が正確にわかれば、それだけでも大きな発見であり、また月におけるクレーター年代学にとっても大きな成果となる。

さらに、月は誕生から約10億年までの間は火山活動が活発だったものの、その後は落ち着き、減少したと考えられている。もし、リュムケル山が本当にいまから12~13億年前という、比較的最近の火山活動で作られたとするなら、なぜ全体の火山活動が減少したなかで、この場所だけ噴火が起こったのか。また月ほど小さな、つまり熱が逃げやすい天体で、どのようにして噴火が起こったのか。そしてそのころの月の内部はどうなっていたのか、といったことについて、新たな疑問が生まれることにもなる。

  • 嫦娥五号

    1971年にアポロ15ミッションで撮影されたリュムケル山 (C) NASA

嫦娥計画の未来

嫦娥三号の着陸機、嫦娥四号の着陸機と探査車、そして嫦娥五号と、3つの月探査ミッションを進める中国だが、さらに次の計画もすでに始まっている。

まず2023年には、「嫦娥七号」の打ち上げが計画されている。嫦娥七号は月の南極付近に着陸し、探査を行うとともに、通信を中継する衛星や、探査車などもいっしょに打ち上げられるという。月の南極は水(氷)があると考えられており、そのメカニズムや埋蔵量を把握するなど科学的な価値のほか、また水は資源としても使えるため、将来の有人月面基地の建設や運用にも役立つ可能性があることから、その成果はさまざまな面で大きな意味をもつ。

また2024年には、嫦娥五号の同型機である「嫦娥六号」を打ち上げる計画もあるとされる。着陸場所は明らかになっていないが、月の南極が有力視されている。

さらに2028年には、嫦娥七号の同型機となる「嫦娥八号」を打ち上げ、同じく月の南極に着陸し、探査を行うとされる。

なお、嫦娥七号、八号をきっかけに、月の南極に無人の基地を構築する計画もあるようである。また2030年以降には、有人月探査を行う構想もあるとされるが、正式な計画としてはスタートしていないようで、詳細は不明である。

ただ、月の南極の探査を行うということは、前述の水の存在から、将来的に有人基地を建設することを見据えたものであることは間違いないだろう。すでに、月への飛行に使える新型の有人宇宙船の開発も進んでおり、さらにまもなく大型の宇宙ステーション「天宮」の建設と、中国人宇宙飛行士の宇宙での長期滞在も始まることから、実現に向けた下地づくりは確実に進んでいる。

奇しくも米国や欧州、日本などは、有人月探査計画「アルテミス」を進めている。こうしたなかで、中国はどのような月探査計画を進めていくのか。その動向に今後も目が離せない。

  • 嫦娥五号

    嫦娥五号の想像図 (C) CNSA/CLEP

参考文献

http://www.cnsa.gov.cn/n6759533/c6810554/content.html
http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758844/n6760243/index.html
http://www.nao.cas.cn/xwzx/ttnews/202011/t20201124_5776882.html
China set to bring back rocks from the Moon | Science
Your Guide to China’s Chang'e-5 Moon Mission | The Planetary Society