米国宇宙開発局(SDA)は2020年10月5日、弾道ミサイルや極超音速ミサイルなどを探知、追尾するための新しい衛星の開発について、防衛大手のL3ハリスと、宇宙企業スペースXと契約を結んだと発表した。

近年、新たな弾道ミサイルや極超音速滑空兵器などの脅威が高まっているのにくわえ、衛星攻撃兵器からの攻撃に対応する必要性も高まっており、米国国防総省は地球低軌道に多数の衛星を配備することで、探知、追尾能力と抗堪性の向上を狙う。

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    SDAによるトラッキング・レイヤーの想像図 (C) SDA

トラッキング・レイヤー・トランシェ0

今回発表されたのは、SDAが「トラッキング・レイヤー(Tracking Layer)」と呼んでいるミサイル防衛システムのうち、その最初の試験段階となるトランシェ0(Tranche 0)の、広視野プログラム(Wide Field of View Program)と呼ばれる計画の開発契約である。

この背景には、北朝鮮が近年、米本土にまで届く大陸間弾道ミサイルを開発したり、ロシアや中国が極超音速巡航ミサイルや極超音速滑空体と呼ばれる新兵器の開発を行ったりなど、新たな脅威が高まっていることがある。これを受け、米国が2019年1月に発表した「ミサイル防衛見直し(MDR)」において、宇宙配備センサーを強化することが明記された。

米国はこれまで、静止軌道に配備した「早期警戒衛星」によって、弾道ミサイルの発射を探知してきたが、トラッキング・レイヤーでは地球低軌道に多数の衛星からなる「コンステレーション」によって、弾道ミサイルの発射時の探知だけでなく、その後の追尾も行うとともに、熱をあまり発しない極超音速巡航ミサイルや極超音速滑空体も探知・追尾し、そして迎撃システムへの指示を出すことを目指している。コンステレーションはまた、衛星攻撃兵器によって衛星が撃ち落とされた場合でも、システム全体への影響を軽微に抑えられたり、他の衛星で即座に代替したりできることから、抗堪性も高くできると期待されている。

この計画はSDAが主導しており、ミサイルの探知、追尾を行うトラッキング・レイヤーと、衛星からのデータを迎撃システムなどに届け、また衛星間の通信リンクも担う「トランスポート・レイヤー」からなる。

また、トラッキング・レイヤーは広視野(WFOV)プログラムと、中視野(MFOV)プログラムから構成されており、前者はSDAが開発するもので、広視野の赤外線(OPIR)センサーを装備し、広い範囲を観測してミサイルを検出、追尾することを目的とする。後者は、米ミサイル防衛局(MDA)が開発を行っており、「HBTSS(Hypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor)」とも呼ばれ、迎撃システムに対し、より具体的な目標の位置データを提供することができる。将来的には両者は一体化したインフラとして運用されることとなっている。

今回、トラッキング・レイヤー・トランシェ0の広視野プログラムの開発業者に選ばれた一社であるL3ハリスは、米国の大手防衛企業で、宇宙向けでは各種センサーやアンテナの開発実績がある。米宇宙専門誌「SpaceNews」によると、バスとペイロードを社内で一貫して製造するとしている。

一方のスペースXは、実業家のイーロン・マスク氏が立ち上げた宇宙企業で、革新的かつ低コストなロケットや宇宙船を運用しているほか、数万機の小型衛星で世界中にインターネットをつなぐ「スターリンク」という衛星システムの構築も進めている。今回の契約では、このスターリンクの実績が評価されたという。なお、衛星は自社で製造するものの、OPIRセンサーは他社から供給を受けるとしている。

契約額はL3ハリスが1億9350万ドル、スペースXは1億4900万ドルで、両社はそれぞれ4機の衛星を製造し、2022年9月までに納入することが求められている。

また、各衛星には、トランスポート・レイヤーの衛星と通信するための、互換性のある光通信装置の搭載も求められている。なお、トランスポート・レイヤーの衛星については、今年8月に、ロッキード・マーティンとヨーク・スペース・システムズとの間で開発契約が結ばれている。

このトランシェ0の下では、20機のトランスポート・レイヤー衛星、8機の広視野と2機の中視野のトラッキング・レイヤー衛星からなるコンステレーションが、それぞれ15機の衛星からなる2つの軌道面に配備されることになっている。その後、より本格的なシステムとなるトランシェ1の開発、構築が進められ、2024年ごろには約150機の衛星を配備。さらに2026年ごろには、トランシェ2によって、約1000機の衛星コンステレーションによるミサイル防衛ネットワークが完成する予定とされる。

また、同計画には日本の防衛省も、コンステレーションを構成する衛星の一部の開発、運用などで参画する意向を示しており、9月30日に発表された2021年度の概算要求では、「ミサイル防衛のための衛星コンステレーション活用の検討」として、「衛星コンステレーションによる極超音速滑空兵器の探知・追尾システムの概念検討」に2億円が、また「高感度広帯域な赤外線検知素子の研究」に15億円が盛り込まれている。

  • スターリンク

    軌道上のスターリンクの想像図 (C) SpaceX

参考文献

SDA Awards Contracts for the First Generation of the Tracking Layer - Space Development Agency
Hypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor (HBTSS) - Missile Defense Advocacy Alliance
SDA Tranche 0 Tracking Layer
L3Harris, SpaceX win Space Development Agency contracts to build missile-warning satellites - SpaceNews
Northrop Grumman Selected for Hypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor Phase IIa Program | Northrop Grumman