その名は「ファントム・エクスプレス」(Phantom Express)――。

米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)と、航空・宇宙大手のボーイングは5月24日(米国時間)、スペースプレーンの実験機「ファントム・エクスプレス」を共同で開発すると発表した。

ファントム・エクスプレスは、極超音速で飛ぶ飛行機から使い捨てロケットを発射して人工衛星を軌道に投入することを目指している。機体は再使用でき、人工衛星を低コストかつ迅速に打ち上げる手段の確立を目指す。

開発が順調に進めば、2020年にも試験飛行が始まる予定になっている。実現すれば、これまで数か月から年単位の準備期間がかかっていた人工衛星の打ち上げが、わずか数日という単位でおこなうことができるようになるかもしれない。

今回はXS-1ファントム・エクスプレスの概要や仕組み、そして米軍の狙いなどについてみていきたい。

XS-1「ファントム・エクスプレス」の想像図 (C) Boring/DARPA

打ち上げを待つファントム・エクスプレスの想像図 (C) Boring/DARPA

XS-1

「XS-1(Experimental Spaceplane-1)」は、DARPAが立ち上げた無人のスペースプレーン、すなわち飛行機のように飛べる宇宙ロケットの実験機を開発する計画である。

計画が発表されたのは2013年11月のことで、米国の企業に対して提案の呼びかけがおこなわれた。

おおまかな開発目標として、最終的に3000から5000ポンド(約1361kgから2268kg)ほどの人工衛星を極軌道に送り込めるシステムにすること、また1回の飛行あたりのコストは500万ドル(約5億円)ほどであることという条件が定められている。同じくらいの打ち上げ能力をもつロケットは、現在おおよそ50億円はするので、10分の1を目指すということである。

そして最も挑戦的な目標として、10日間に10回の飛行をおこなえること、という条件も定められている。そのために機体の再使用も求められているが、機体のすべてを再使用する必要はなく、最終的に衛星を軌道に投入する上段は使い捨てでもよしとされた。1段目となる部分も、必ずしも飛行機のような大きな翼をつける必要はなく、目標が達成可能であるなら、胴体そのものが翼になるリフティング・ボディでもよしとされた。

これに応え、いくつかの企業が設計案の提案をおこない、2014年7月には、航空・宇宙大手のボーイング、再使用ロケットの技術に長けた新興のマステン・スペース・システムズ(Masten Space Systems)、そして「グローバル・ホーク」のような無人機の開発で高い実績をもつノースロップ・グラマンの3社が選ばれた。

またこの3社には、それぞれ別の企業がパートナーとして加わった。ボーイングはAmazon創設者ジェフ・ベゾス氏が立ち上げた新進気鋭のブルー・オリジンと、マステンは、当時サブオービタル飛行する有翼宇宙船の開発をおこなっていたエックスコア・エアロスペース(XCOR Aerospace)と、そしてノースロップ・グラマンはサブオービタル飛行をする有翼宇宙船「スペースシップツー」の開発で知られるヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)と、それぞれタッグを組んだ。

ボーイングが提案したXS-1の初期案 (C) Boring

マステン案 (C) Masten Space Systems

ノースロップ・グラマン案 (C) Northrop Grumman

この3チームにはDARPAから研究資金が提供され、さらに検討が進められた。それぞれ細かな部分は違うものの、翼をもった飛行機のようなロケットで宇宙まで飛び、そこで2段目を分離。2段目は衛星を軌道へ送り、一方の飛行機のようなロケット部分は大気圏に再突入して滑走路に着陸するというコンセプトでは共通していた。もっともマステンとエックスコアは、のちにリフティング・ボディのコンセプトに改めている。

2015年にはボーイングとマステンにさらに追加の資金が与えられ、そして今回、DARPAは最終的にボーイングの案を選び、ファントム・エクスプレスの開発が始まることになった。

ファントム・エクスプレス

ファントム・エクスプレスは、当初の案と比べ、細かな部分では変わっているものの、おおむねそのままで、翼をもった第1段ロケットと、使い捨ての第2段ロケットからなる、ちょっと変則的な2段式ロケットである。

全長は約30m、翼の端から端までの長さは約19mで、小型のジェット旅客機、あるいは大型のビジネス・ジェット機ほどの大きさをしている。構造には複合材を多用し、軽くて丈夫、さらに熱にも強い機体を目指すという。

打ち上げは他のロケットのように垂直におこなわれ、宇宙空間まで上昇する。このとき、機体は高度こそ宇宙に達しているものの、軌道速度は出ておらず、弾道飛行の状態にある。DARPAによると、最大速度はおおよそマッハ10くらいになるという。

そこで第2段を分離し、第2段はさらに加速して衛星を軌道へ運び、一方の第1段は大気圏に再突入し、翼で滑空して滑走路に着陸する。第1段はその後、整備や推進剤の補給をおこない、新しい第2段と衛星を搭載してふたたび打ち上げられる。

ファントム・エクスプレスは翼をもつものの、通常のロケットと同じように垂直に打ち上げられる (C) Boring/DARPA

第1段は宇宙空間に到達後、背中に背負った第2段と衛星を分離する (C) Boring/DARPA

XS-1計画の責任者を務めるDARPAのJess Sponable氏は「XS-1は従来の航空機とも、ロケットとも異なる、両社を組み合わせたまったく新しい乗り物になります」と語る。

第1段が軌道に乗らないということは、軌道離脱のための逆噴射をする必要がなく、また大気圏再突入時に受ける熱の負荷も軽くて済むため、スペースシャトルほど大規模な耐熱システムもいらない。つまるところXS-1は、スペースプレーンとはいってもSF映画に出てくるような"宇宙飛行機"というよりは、"翼の生えたファルコン9ロケット"とでもいったほうが近い仕組みになっている。

また、同じくボーイングやDARPAが開発したもうひとつのスペースプレーンである「X-37B」と比べると、ファントム・エクスプレスは打ち上げ手段、X-37Bは宇宙での材料や機器の実験や試験の手段と、その役割は大きく異なっている。

ファントム・エクスプレスの開発が順調に進めば、2019年には搭載するロケット・エンジンの燃焼試験を10日間に10回おこない、実際にそれだけ高頻度の飛行に耐えられるかどうかの実証がおこなわれる。続いて2020年からは実際に飛行する試験に移り、まずは人工衛星を載せない状態で、第1段をマッハ5程度で飛ばすという。続いて第1段をマッハ10で飛ばし、実際に人工衛星を軌道まで送り届けるところまで実施するとしている。

第1段は大気圏に再突入し、滑走路に着陸する (C) Boring/DARPA

第1段は整備や推進剤の補給などをおこなったのち、新しい第2段と衛星を積んでふたたび打ち上げられる (C) Boring/DARPA

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