宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月14日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関するオンライン記者説明会を開催し、同探査機の地球帰還日が12月6日に決まったことを明らかにした。初号機と同じく、再突入カプセルはオーストラリア南部のウーメラ地区で回収される予定で、その回収計画についても説明が行われた。

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    小惑星探査機「はやぶさ2」と分離した再突入カプセルのイメージCG (C)JAXA

はやぶさ2で追加される「TCM-5」とは?

はやぶさ2は現在、地球帰還に向けた第2期イオンエンジン運転を実施中だ。イオンエンジンの噴射は8月中にほぼ完了し、9月中旬に軌道修正を実施、これが無事終われば、復路でのイオンエンジンの運転は完了となる。

いよいよ10月からは、進路をウーメラに向ける最終誘導フェーズが開始される。ここで予定される軌道修正の運用「TCM(Trajectory Correction Maneuver)」は全5回。化学エンジンが壊れて使えなかった初号機は最終誘導もイオンエンジンで行ったが、はやぶさ2では計画通り、ここからは化学エンジンの出番となる。

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    最終誘導フェーズの運用計画。化学エンジンによる5回のTCMを予定している (C)JAXA

TCM-1と2では、再突入ギリギリの高度200kmを通過する軌道を狙う。この段階で探査機に異常が無ければ、続くTCM-3で軌道を内側に曲げ、ウーメラに向かうことになるが、万が一トラブルが発生した場合も、TCM-3をキャンセルすれば、探査機は安全に地球を通過できるというわけだ。さらにTCM-4で最後の微調整を行い、カプセルの分離を行う。

各TCMの実施時期については未定だが、参考までに、10年前(2010年)の初号機では以下のようになっていた。

  • TCM-1:5月4日
  • TCM-2:5月27日
  • TCM-3:6月5日
  • TCM-4:6月9日
  • 帰還:6月13日

TCM-4までは初号機と同様の運用となるが、カプセルの分離後、はやぶさ2で追加されるのがTCM-5(地球圏離脱軌道変更)である。そのままだと探査機本体も再突入してしまうため、TCM-5ではTCM-3とは逆に、軌道を外側に曲げて、地球を避ける噴射を行う。

TCM-5はどうしてもカプセル分離後になるため、地球に近い位置で実施せざるを得ない。そのため化学エンジンとしてはかなり大きな噴射量が必要で、噴射時間は分レベルという長さになる見込み。化学エンジンの連続噴射は基本的に最大30秒で、それを超えることはあまり無いのだが、TCM-5は何回かに分けて実施する予定だ。

なお今回決まったのは地球帰還日だけで、実際にカプセルをウーメラに降ろすためには、さらにオーストラリア政府から着陸許可(Authorisation of Return of Overseas Launched Space Object:AROLSO)を得る必要がある。現在は、取得に向けた作業を日豪の宇宙機関で継続しているところだ。

はやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャは、「長い旅の終着点が見えてきた」とコメント。新型コロナウイルスの世界的な流行が続いており、感染拡大を防ぐための様々な対策が追加で必要となっているが、「最後の一歩が当初思っていたより難しくなってしまったが、一歩一歩着実に進んでいる実感がある」と心境を述べた。

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    懸念されるのは新型コロナウイルスによる影響だ。様々な制約が予想される (C)JAXA

ところで初号機はカプセルと一緒に再突入して燃え尽きてしまったが、はやぶさ2の状態は健全で、燃料もまだ十分残っている。地球を通過後、追加の探査ミッションを行うことが考えられており、これについては、7月22日に予定されている次回の会見で、検討状況について説明する予定とのことだ。

カプセルの探索は万全の6段構え

はやぶさ2の大きな目的は、小惑星リュウグウのサンプルを持ち帰って分析することだ。そのためには、再突入したカプセルを地上でなんとしても見つけ出さなければならない。

ただ、カプセルには自律的に目標地点に向けて飛行する機能はないので、どこに着地するかは、当日の風向きによっても変わる。落下予想エリアは広大なため(初号機のときは、進行方向に200km、幅20kmの楕円だった)、もし追跡に失敗して見失ってしまえば、探し出すのは困難となる。

はやぶさ2におけるカプセルの探索も、初号機の方法を踏襲している。まず基本となるのは、カプセルがパラシュートで降下中に発信するビーコン信号から、位置を割り出す方法である。落下予想エリアの周囲5カ所に、アンテナを配置。各局からのビーコンの方向が分かれば、その交点上にカプセルがあるというわけだ。

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    ビーコンによる方向探索。携帯電話も通じないため、衛星電話で報告するという (C)JAXA

ビーコンによる追跡がうまくいけば、着地範囲はかなり絞られるため、カプセルを無事発見できる可能性はぐっと上がる。カプセルの着地後は、地上のアンテナではビーコンを受信できなくなるため、ここからはヘリコプターを飛ばし、ビーコンを受信しながら、上空から目視で探して位置を特定する。

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    初号機での探索時に、ヘリコプターから撮影したカプセル (C)JAXA

ビーコンさえ出れば、初号機のときのようにカプセルはあっさり見つかるかもしれないが、ビーコンは6年間、軌道上で一度もテストできないため、不具合で動作しない可能性も考慮する必要がある。

ビーコンが出なかったときのバックアップとなるのが、光学観測による探索である。カプセルは再突入時、秒速12kmという超高速のため、空力加熱によって明るく発光する(初号機ではマイナス5等、金星に匹敵する明るさだった)。今回の再突入も夜間になるため、この光跡を複数地点で観測すれば、軌道と着地点を推定できる。

はやぶさ初号機の地球帰還の様子

初号機の帰還の様子。今回はカプセルだけになるが、カプセル自身も明るく光っていることが分かる

現地は砂漠なので基本的に雨が降る確率は小さいのだが、悪天候で地上から観測できない場合に備え、航空機による観測も実施する。この観測には、今回も米国NASAが協力している。

以上は初号機と同様の探索だが、さらに、はやぶさ2では、2つの新たな方法を追加した。まず降下中は、4カ所に配置したマリンレーダーを使う。マリンレーダーは、パラシュートで反射する電波を利用するため、もしビーコンが出ていなくても、カプセルの方向を調べることが可能だ。

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    マリンレーダー。落下予想エリア全域はカバーできないため、中央部に絞って探索する (C)JAXA

もう1つは、ヘリコプターが飛べなくなったときのバックアップとなるUAV(無人航空機)だ。UAVは、決まった範囲を隙間無く連続撮影するのに適している。撮影した画像は自動で処理され、カプセルを認識することができるという。

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    UAVも投入する。UAVや画像認識は、この10年で特に進化した領域と言えるだろう (C)JAXA

カプセルの回収を担当する中澤暁サブマネージャによれば、「初号機の回収は順調だったので、何か問題があったから拡充したわけではない」という。しかし順調すぎたため逆にトラブル時の対応に不安があったそうで、「回収方法を洗い直し、現在の技術を使うとこういうことができる」という観点から追加したとのこと。

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    カプセルの探索方法。3つのフェーズそれぞれでバックアップが用意されている (C)JAXA

また今回は、有機物や水が期待できるC型小惑星のサンプルのため、カプセル内に揮発性の成分が入っている可能性がある。そのため、地球の大気成分と混ざらないように、はやぶさ2では、まず現地でガス採取と簡易解析まで行う。

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    カプセル発見後の流れ。安全化処理のあと、ガス採取と簡易解析を行ってから日本へ (C)JAXA

その後、カプセルは厳重に梱包され、日本へ輸送される。詳細な輸送方法は検討中だが、目標としては、100時間以内にJAXA相模原キャンパスのキュレーション施設まで届けたいとのこと。こちらも参考までに、初号機の時のタイムラインを以下に添付しておこう。

  • カプセル再突入:6月13日22時51分
  • カプセル着陸:6月13日23時8分
  • カプセル発見:6月13日23時56分
  • カプセル回収:6月14日16時8分
  • 羽田に到着:6月17日23時23分
  • 相模原に到着:6月18日2時15分