インフレータブル再突入システム試験機

今回の新世代有人宇宙船の打ち上げでは、二次(相乗り)ペイロードとして「フレキシブル・インフレータブル再突入システム試験機」と呼ばれる試験機も搭載されていた。

従来の宇宙船では、機体の底部などにアブレーターや耐熱タイルなど、"硬い"素材を貼って、再突入時の熱に"耐える"という仕組みが主流となっている。しかし、いかに耐熱素材とはいえ、再突入時の高温に耐えるのは難しく、また機体の形状やサイズも限られるという欠点もある。世界各国が開発する宇宙船の形状がなんとなく似通っているのもそのせいである。

そこで、新たな再突入の技術として世界中で開発が進んでいるのが、空気で膨らむ、すなわちインフレータブルな再突入システムである。浮き輪型だったり、傘型だったり、きのこ型だったり、形状はさまざまだが、基本的には軽量で、大面積の膜のような装置を展開することを目的としているという点は共通している。

これを展開すると、弾道係数と呼ばれる数値をきわめて小さくできる。弾道係数とは、質量を、その面積と空気抵抗係数の積で割ったもので、それが小さいということは、質量の割に大面積で空気抵抗を大きく受けるということを意味する。

一般的に宇宙の境界とされる高度100kmより上にも、わずかに大気は存在する。そこで、このインフレータブル再突入システムを展開すると、そのわずかな大気から大きな抵抗を受けることができ、その結果徐々にゆっくりと速度、高度が落ちていく。これにより、機体が高熱にさらされることなく、ゆるやかに再突入することができる。すなわち、従来の宇宙船のように"硬い"素材で再突入時の熱に"耐える"のではなく、"柔らかい"素材で加熱を"避ける"のである。

これにより、再突入時の安全性の向上やコスト削減が期待できるほか、どんな形状の衛星や宇宙船であれ、大きな膜を広げればいいので、形状に依存しないシステムにできるという特長ももつ。

この技術は地球への帰還・再突入にも役立つが、なにより大気が薄く、また機体などの形状が限られる火星への着陸時に大きく役立つ。これまでもNASAなどが研究や実験を続けており、近い将来の実用化が期待されている。

今回の長征五号Bには、中国航天科工集団(CASIC)が開発した、きのこ型に開く仕組みのものが搭載された。打ち上げの翌日の5月6日に再突入に挑んだが、その最中に故障し、着陸に失敗したという。故障の詳細や今後については明らかになっていない。

長征五号B

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    新世代有人宇宙船試験船を載せた長征五号Bロケットの打ち上げ (C) CNSA

新世代有人宇宙船試験船とインフレータブル再突入システム試験機を打ち上げた長征五号Bは、今回が初の打ち上げだった。

長征五号Bは、大型ロケット「長征五号」シリーズのひとつである。長征五号には、基本形となる2段式のもののほか、3段目を追加したものもあり、前者はたとえば静止トランスファー軌道に大型の静止衛星を送り込む際に使われ、後者は静止軌道に直接送り込めるようにしたり、大型の月・惑星探査機を打ち上げたりする際に使われる。。

一方、今回の長征五号Bは、逆に2段目の機体を取り外し、1段目と液体ブースターだけで飛んでいく。これにより、全体の増速量は落ちるため、静止衛星の打ち上げはできないが、地球低軌道に大質量のペイロードを運ぶことが可能となる。その質量は最大23tで、中国がもつロケットの中で最もパワフルであり、ロシアの「プロトンM」や米国の「デルタIVヘヴィ」などといった他国の大型ロケットにも匹敵する。

長征五号は、2016年に3段式の構成が初めて打ち上げられ、成功。しかし2017年には、2段式の構成が打ち上げに失敗した。原因は、長征五号のために開発された、新型の1段目エンジンにあり、長征五号シリーズはすべてが飛行停止となった。

そして2019年12月、同じ2段式型の打ち上げが成功して復活を果たし、今回が飛行再開から2機目、そして長征五号Bとしては初めての打ち上げとなった。

長征五号は、中国が進めようとしている大掛かりな月・惑星探査や、宇宙ステーションの打ち上げなどといった野心的な宇宙計画を、文字どおり宇宙へ打ち上げるために必要不可欠な存在であり、昨年末の復活と今回の長征五号Bの成功は、まさに土俵際からのうっちゃりのような出来事となった。

中国は今後、長征五号を使い、まず今年7~8月に、周回機と着陸機、そして探査車からなる大型の火星探査機「天問一号」の打ち上げを予定。さらに今年末ごろには、月からのサンプル・リターン(石や砂などの試料の回収)を目指した「嫦娥五号」の打ち上げも予定している。そして2021年からは、天宮宇宙ステーションのモジュールが続々と打ち上げる予定となっている。

そして、こうしたミッションの実現と並行し、新世代有人宇宙船や、残念ながら今回は失敗に終わったインフレータブル再突入システムが実用化されれば、有人月・火星探査の実現の可能性も見えてくるだろう。

今回の一連のミッションは、中国の有人宇宙飛行プロジェクトにとっても、そして中国の宇宙計画全体にとっても、新たな、そして大きな一歩となった。

参考文献

http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758838/c6809491/content.html
http://www.cast.cn/Item/Show.asp?m=1&d=6735
http://www.cast.cn/Item/Show.asp?m=1&d=6729
http://www.calt.com/n689/c17656/content.html
Return capsule of China's experimental manned spaceship comes back successfully_CHINA MANNED SPACE