電通は今年の4月、競技プログラミングコンテストサイト「AtCoder」を運営するAtCoderに対し、 第三者割当増資により出資し、AtCoderは電通の関連会社になった。

広告ビジネスを行う電通が、なぜプログラミングコンテストを行う会社に出資したのか? その狙いをAtCoderプロジェクトのリーダーである電通 ビジネス共創ユニット プロデューサーの小林煌宇氏に聞いた。

世界トップ3の競技プログラミングコンテストサイト「AtCoder」


設立日:2012年6月20日
代表取締役:高橋直大
資本金:100,000,000円

・日本で唯一、競技プログラミングコンテストを定期的に開催・運営。Codeforces(ロシア)、 TopCoder(米国)と並び競技プログラミングコンテストサイト世界トップ3の一角を担う。
・登録者数は国内で60,000名、全世界で110,000名が登録。毎週開催されるコンテストでは、毎回約4000名の日本人と、海外から1000人程度のプログラマーが集う。
・参加者は、学部生・院生50%、中高生20%、社会人30%の割合で、理系の中でもコンピューター・情報系を専攻する学生が多く参加。
・国際情報オリンピックの日本人入賞者全員がAtCoderの参加者だったこともあるなど、AtCoderには、高度なプログラミングスキルに必要不可欠な数学的素養を持ち合わせた優秀なプログラマーが集う。

AtCoderの社長を務める高橋直大氏は、大学在学中にMicrosoft主催のプログラミングコンテスト「イマジンカップ 2008」のアルゴリズム部門において、世界3位実績を持っているほか、同氏がNASAのコンテストで書いたプログラムはスペースシャトルの航行で利用されていた。

コンテストマネージャーの副島氏も、国際数学オリンピックを満点で優勝した実績をもつプログラマー。副島氏をはじめとするAtCoder社員の優秀なプログラマーたちが作成する問題の質は高く、ユーザーがAtCoderに集まる大きな要因になっている。

AtCoderは「高度IT人材」が集まる場所

AtCoderとのプロジェクト推進の背景を小林氏は、「日本の産業競争力の強化には、優れたソフトウェアに裏付けされたサービスとハードウェアとが融合した独自のビジネスモデルの構築が必要。日本には、そこで求められる先端的な予測・最適化アルゴリズムを設計・実装できる高度IT人材が絶対的に不足している。

高度IT人材は55万人不足する一方で、従来型IT人材は2030年に10万人余るという報道がある。その不均衡を埋めるためには、初等教育におけるプログラミング学習の必修化などの取り組みだけでなく、高度なアルゴリズム開発ができる人材を創出する継続的な場が必要」と考えている。

「AtCoderの魅力は、そこに集うプログラマーたちのポテンシャル。自らアルゴリズムを考え、実装できる一流プログラマーたちの人材プールは他に類を見ない圧倒的な武器。当初は人材ビジネスを中心に考えていたが、教育や検定サービスなどさまざまな事業が展開できると考えている」(小林氏)

  • 電通 ビジネス共創ユニット プロデューサーの小林煌宇氏

そんな優秀な人材が集まるAtCoderに、IT人材不足に悩む大手企業も多数参加している。 実際にPreferred Networksは、AtCoder経由でAI人材を獲得しているほか、AtCoderが作成した問題や評価システムを採用試験で導入。ウェザーニューズやヤマト運輸(今後実施予定)では、コンテストを自社事業のプログラム開発に活用している。

競技プログラミングを起点にした「IT人材創出基盤」へ

「AtCoderはすでに日本最大の競技プログラミングサイトで、Preferred Networksなど高度IT人材へのニーズが強い企業との取り組みを始めています。今後、プログラミングスキル世界一を決める大会を主催するなど、さらに規模を拡大し、国や上場企業に認められ、資金を提供してもらえるようになりたいという目標を持っています。また、産業界、教育界、行政から競技プログラミングの価値を認めてもらうことで、AtCoderがもっと活発に利用され、ユーザーを増やし、ゆくゆくは日本発のビジネスモデルとして、海外展開したいという狙いもあります」(小林氏)

  •  AtCoderレーティングの構成

また同氏は、コンテストの参加者にも、単に楽しむために参加するという側面だけでなく、ビジネスや就職に役立つという世界観を持てるようにしていくことも重要だと指摘する。 そして両社は、AtCoderを企業や社会の課題を解決するようなIT人材を創出する「IT人材創出基盤」としたい考えだ。

プログラマーの活用方法がわからない、採用担当者が自社に必要なITスキルがわからないといった、企業のIT人材活用の課題解決と、競技プログラミングのスキルを、企業・社会の課題解決に結びつけていくための、AtCoderと企業・社会との接点づくりを、AtCoderが担っていく。

小林氏は、「これが日本再生の切り札になると思っています」と語る。

より具体的には、関係省庁などに働きかけTOEICのような公式検定の仕組みを導入し、個人のプログラミングスキルの検定サービスと、検定試験の教育事業を展開していく。この検定サービスは今秋ローンチを目指してサービス開発を進めている。

また、小中学校でのプログラミング教育用のコンテンツ提供を通じて、子供たちのプログラミング能力開発をサポートしていく。さらに、教育支援活動を通じてプログラマーを子供たちのあこがれの職業にすることで、プログラマー自体の価値を上げていく取り組みも行っていくという。

電通がAtCoderと描く未来

電通はなぜAtCoderに投資したのか? これについて小林氏は、「電通自体が広告ビジネスから新しい領域にビジネスを広げようとしている中で、社会課題を解決してくビジネスをAtCoderとともに、電通のプロデュース能力を活かしながら、クライアントニーズに沿った形での事業を拡張していくことで、互いにWIN-WINの関係で発展していければと思っています」と説明する。

それに向け両社は今後、高度な社会課題解決型のコンテストであるマラソンコンテスト(長時間かけてPDCAを回し、プログラムを最適化していくコンテスト)や企業課題解決型コンテストを増やし、ブランディングや採用支援のほか、検定・教育商材も販売していくことを考えているという。