民間による月探査ビジネス化への挑戦

じつは、民間で月を目指しているのは、スペースILだけではない。現在、月探査をビジネス化しようとしている企業は、世界中にいくつもある。

たとえば、スペースILとともにGLXPに参戦していた、米国の「ムーン・エクスプレス(Moon Express)」も、独自に活動を続け、月着陸機を打ち上げる計画を進めている。早ければ今年中にも、「MX-1X」と呼ばれる実験機を打ち上げ、月への着陸に挑むという。

さらに、月に物資や観測装置を送り込んだり、月からサンプルを持ち帰ったりする、大型の探査機の開発も進んでいる。

同じく米国の「アストロボティック(Astrobotic)」も、「ペレグリン(Peregrine)」という月着陸を開発。2020年に打ち上げが予定されている。同社ももともとGLXPに参戦しており、優勝候補とさえ見られていたが、2016年に撤退し、独自に月探査と、そのビジネス化を目指して歩みだした。

そして「マステン・スペース・システムズ(Masten Space Systems)」も、月着陸機「XL-1」を、2021年以降に打ち上げる計画を進めている。

  • ムーン・エクスプレスの月探査機MX-1Eの想像図

    ムーン・エクスプレスの月探査機MX-1Eの想像図 (C) Moon Express

また、NASAもこうした動きを後押しした。たとえば2006年には、米航空宇宙大手のノースロップ・グラマンが主催する、月着陸機の開発を目指した技術レース「ルナ・ランダー・チャレンジ(Northrop Grumman Lunar Lander Challenge)」に資金提供を行い、2009年までに2社に賞金が与えられた。

そして2013年には、民間企業による月への実験機器の輸送を目指し、着陸機の開発を促進するための「ルナCATALYST(Lunar Cargo Transportation and Landing by Soft Touchdown:Lunar CATALYST)」計画を立ち上げ、優れた提案をした企業に対して、技術や知識面での支援を行うことになった。前述したムーン・エクスプレス、アストロボティック、マステンの3社は、このルナCATALYSTで選ばれた企業でもある。

さらに2018年には、実際に民間の宇宙機によって、月にNASAの機器などを運び、科学探査や、水などの採掘などを行うことを目指した、「商業月輸送サービシズ(Commercial Lunar Payload Services:CLPS)」がスタート。その名のとおり、民間企業がNASAからの発注を受け、費用を受け取り、そしてNASAが開発した機器を搭載して月まで飛行し、着陸して探査や採掘を行うことを目指している。

これには、ムーン・エクスプレス、アストロボティック、マステンをはじめ、9社が選定。また、そのうちの一社である「ドレイパー・ラボラトリー(Draper Laboratory)」は、日本のispaceと協調関係にある。

CLPSは、早ければ2021年から輸送サービスが始まる予定となっている。つまり、NASAからの委託で、民間企業が月探査を事業として行う動きが始まることになる。

  • アストロボティックの月探査機ペレグリンの想像図

    アストロボティックの月探査機ペレグリンの想像図 (C) Astrobotic

ビジネス・モデルはどうなるか?

こうした、従来はNASAのような国の機関が行っていたことを、民間に委ねたり、活用したりといった動きは、1990年代から徐々に始まった。

たとえば2000年代には、NASAが国際宇宙ステーション(ISS)への物資や宇宙飛行士の輸送を民間に委ねるという計画を立ち上げ、スペースXなどに発注。これにより、NASAはISSの運用にかかる費用や人員といったリソースを削減し、その分をほかのプロジェクトに割り当てることができた。一方でスペースXなどの民間企業は、NASAから仕事の発注が受けられると同時に、開発した技術や製品を活用して事業を行うことで、自立した宇宙ビジネスを展開することができるようになった。

こんにち、スペースXは世界で最も有名かつ高い技術をもった宇宙企業に成長したが、その地位を築けた要因のひとつが、こうしたNASAの方針であり、それを月探査でも実現しようというのが、CLPSの狙いでもある。

さらに、スペースXや、またジェフ・ベゾス氏率いる宇宙企業ブルー・オリジンも、NASAの計画とは別に、月への物資の輸送や、都市の建設を目指した計画を独自に進めている。

こうした計画が順調に進めば、月探査はかつてないほどのスピードで進み、さらにふたたびの有人月探査、そして月への移住すら実現の可能性が出てくる。もちろん、月より先の天体も視野に入ってくる。

とはいえ、宇宙探査はまだビジネス・モデルが確立されていないという点には注意が必要だろう。ISSへの物資の輸送は、その技術を、通常の衛星の打ち上げにいかすことができた。スペースXのファルコン9が、ISSへドラゴン補給船を打ち上げつつ、まさに今回の打ち上げのように、民間の通信衛星などの打ち上げを行い、利益を生んでいるのがその一例である。

しかし、現時点ではNASAなどの宇宙機関以外に、月への機器の輸送を発注するところはなく、また宇宙探査そのもので利益を生み出すというのも、現時点では難しい。さらに、月へ飛行したり、着陸したりといった技術は、他のことに応用しづらい。

つまり、宇宙探査はいまはまだ、宇宙ビジネスの中でとくにマネタイズが困難な分野である。たとえば、小惑星の採掘をビジネス化しようとし、観測衛星を打ち上げたこともある「プラネタリー・リソーシズ(Planetary Resources)」という企業が、資金難により、2018年10月にブロックチェーン企業に買収されるという出来事も起きている。

月探査をはじめとする宇宙探査をビジネスにするためには、月に人が住んだり、採掘した資源を利用したりできる時代に――すなわち月や宇宙が人類の活動圏、経済圏になる時代を作る必要がある。つまり今後、当面の間は、NASAなどが科学機器の輸送を発注するなどして民間を支える一方、民間は限られた機会の中でうまく舵取りし続けていき、そうした時代をいかに早く実現させるかにかかっている。

ベレシートの打ち上げは、民間でも月に探査機を飛ばせるということを証明した。このことが文字どおり、民間による宇宙探査、そして宇宙探査ビジネスにとっての創世記となるかどうかは、他社も月への打ち上げを予定する、この2019年のうちに見えてくることになるだろう。

  • 月がビジネスの舞台になる日は来るのだろうか

    月がビジネスの舞台になる日は来るのだろうか (C) NASA

出典

NUSANTARA SATU MISSION | SpaceX
SpaceIL Technology
Beresheet | The Planetary Society
Here's (almost) everything you need to know about Israel's Moon lander | The Planetary Society
Commercial Lunar Payload Services - CLPS - 80HQTR18R0011R - Federal Business Opportunities: Opportunities

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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