パーカー・ソーラー・プローブの誕生

ところで、太陽風と太陽コロナ加熱問題という2つの問題には、長い歴史とともに、ある共通点がある。

太陽風の存在が理論的に予測され、なおかつこの現象に太陽風(Solar Wind)という名前がつけられたのは、いまから60年前の1958年のこと。そして太陽コロナ加熱問題にナノフレア加熱説が提唱されたのは31年前の1987年のことだった。

そして、これらの成果を成し遂げたのは、ユージン・ニューマン・パーカー氏(1927年~)という、ひとりの宇宙物理学者だった。今回打ち上げられたパーカー・ソーラー・プローブの名前は、彼にちなんでいる。

パーカー・ソーラー・プローブのように、太陽に直接触れるような探査機の打ち上げが計画されたのは、ちょうどパーカー氏が太陽風の研究をしていた1950年代のことだった。

もちろん当時は技術的に実現不可能だったが、太陽を本当によく知るためには、地上の望遠鏡や、人工衛星を使って観測するだけではなく、直接訪れる必要があるというのは当時からの共通認識だった。ちなみに世間にも広く認識されていたようで、たとえば1965年には、SF作品『サンダーバード』で、太陽に接近する有人探査船の救出劇を描いた『ロケット"太陽号"の危機』という話が放送されている。

そしてパーカー氏がナノフレア加熱説を提唱した直後の1990年代、NASAで「アイス&ファイア」(Ice & Fire)と呼ばれるミッションの構想が立ち上がった。これは複数の探査機を使い、冥王星や木星の衛星エウロパ、さらに太陽そのものも探査しようというもので、氷に覆われた冷たい天体から、炎を吹き出す熱い太陽まで網羅的に探査するという意味で、アイス(氷)&ファイア(炎)と呼ばれた。

これらの構想はその後、計画変更などの紆余曲折を経て、冥王星探査は「ニュー・ホライゾンズ」として実現。エウロパ探査は「エウロパ・クリッパー」の開発が進んでいる。

そして太陽探査も、まず「ソーラー・オービター」[*1]という計画として立ち上がったあと、「ソーラー・プローブ」という計画に変わり、さらに低コスト化した「ソーラー・プローブ・プラス」として実現に向けて動き出した。構想からじつに半世紀以上、パーカー氏の太陽研究の進展とともに温められ続けてきた"太陽に触れる探査機"が、ようやく造られ始めたのである。

そして2017年には、パーカー氏の功績をたたえ、「パーカー・ソーラー・プローブ」と改称された。ちなみにNASAの宇宙機に、存命の人物の名前がつけられるのはこれが初めてである。

  • ユージン・ニューマン・パーカー氏

    パーカー・ソーラー・プローブの打ち上げを見つめる、ユージン・ニューマン・パーカー氏 (C) NASA/Glenn Benson

太陽に盾突く人類最速の小型探査機

パーカー・ソーラー・プローブの開発はNASAとジョンズ・ホプキンズ大学の応用物理研究所(APL)が手がけた。

太陽に近づく探査機にとって、最も大きな敵となるのは、その太陽から発せられる熱である。そこでパーカー・ソーラー・プローブは、探査機の先端に「サーマル・プロテクション・シールド」と呼ばれる、大きな盾を装備する。この盾は厚さ11.43cm、幅2.4mの炭素繊維複合材でできており、太陽に向いている側の表面は約1400℃にもなるものの、その熱が内部にほとんど伝わらないようになっている。

さらに、太陽電池パドルも折りたたみができるようになっており、太陽から離れているときは開き、近づいたときは熱を受けないように閉じるなどして、温度と発電力がちょうどいいバランスになるようになっている。

また、観測機器などにも、熱に強い特殊な金属が使われていたり、もうひとつの敵となる強い放射線にも耐えられるよう対策が施されていたり、。

  • 先端に装着した大きな盾を使い、太陽の熱に耐える

    パーカー・ソーラー・プローブは、先端に装着した大きな盾を使い、太陽の熱に耐える (C) NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben

パーカー・ソーラー・プローブは全長3m、最大直径2.3m。打ち上げ時の質量は685kgと、宇宙機としては小型に入る。にもかかわらず、打ち上げには世界最強のロケットのひとつである「デルタIVヘヴィ」が使われた。それだけ、太陽に近づくためには莫大なエネルギーが必要になる。

ちなみに、もしこのエネルギーを地球から外側に向かうように使ったとすると、太陽系から脱出できてしまうくらいになるという。それほど、太陽に近づくのは難しい。

さらに、デルタIVヘヴィの性能だけでも不十分で、金星の近くを通過(フライバイ)し、重力を使った軌道変更も行う。

ミッション期間は7年後の2025年までの予定で、それまでに金星フライバイによる軌道変更を7回行い、太陽へは24回も接近する。太陽への最接近距離はあとになればなるほど近づく。

これまで太陽に最も太陽に近づいた探査機は、1976年にNASAと西ドイツが打ち上げた「ヘリオスB」の約4320万kmだったが、パーカー・ソーラー・プローブの最後の接近時の距離は約600万kmにもなり、ヘリオスBの約7倍、史上最も太陽に近づく探査機となる。

さらに、このときの速度は時速約70万km(秒速約192km)にもなり、人類史上最速の乗り物にもなる。

  • 組み立て中のパーカー・ソーラー・プローブ

    組み立て中のパーカー・ソーラー・プローブ。人と比べるとその小ささがわかる (C) NASA/Johns Hopkins APL/Ed Whitman

8月19日の時点で、パーカー・ソーラー・プローブはアンテナや観測機器の展開に成功し、順調に航行を続けている。

このあと軌道修正などを経たのち、今年10月3日に最初の金星フライバイを実施。11月6日12時27分(日本時間)にも、最初の太陽への最接近を果たす。

夏が終わり、秋が訪れても、パーカー・ソーラー・プローブは機体も期待も、熱い日々が続く。

他国の太陽探査計画

パーカー・ソーラー・プローブ以外にも、現在世界各国で、新たな太陽探査計画が進んでいる。

たとえばインドは、2019年の打ち上げを目指し、「アディティアL1」(Aditya-L1)の開発を進めている。太陽がつねに見渡せる太陽・地球系のラグランジュ1のハロー軌道に投入され、太陽そのものや、太陽コロナ、磁場、飛んでくる粒子などの観測を行う。

欧州宇宙機関(ESA)では、2020年の打ち上げを目指して「ソーラー・オービター」(Solar Orbiter)を開発している。パーカー・ソーラー・プローブほどではないものの、それでも太陽まで約4000万kmにまで接近し、観測を行う。またESAでは、同じ2020年に、地球を周回する太陽観測衛星「プロバ3」(PROBA-3)の打ち上げも計画している。

  • ESAが開発中の太陽探査機「ソーラー・オービター」の想像図

    ESAが開発中の太陽探査機「ソーラー・オービター」の想像図。パーカー・ソーラー・プローブほどではないものの、太陽の近くに接近して観測を行う (C) ESA - C. Carreau

そして日本でも、2006年に打ち上げられ、多くの成果を残している「ひので」に続く新たな太陽観測衛星として、「SOLAR-C」の検討が進んでいる。SOLAR-Cは、「ひので」で観測された磁気構造を、太陽の光球からコロナまでの全域で詳しく調べるとともに、彩層の磁場測定を通して太陽活動の起源を明らかにすることを目指している。

現在はその実現のための前段階として、小型衛星の「Solar-C_EUVST」を打ち上げる提案が行われている。また、観測ロケットや気球などを使った基礎実験や技術開発も行われており、これらで培った成果を踏まえて、2030年代以降にSOLAR-Cを打ち上げる方向で計画が進んでいる。

脚注

*1: 欧州宇宙機関(ESA)が現在開発中の太陽探査機「ソーラー・オービター」とは、また別の計画。

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参考

NASA, ULA Launch Parker Solar Probe on Historic Journey to Touch Sun | NASA
Parker Solar Probe Press Kit - August 2018
Eugene Newman Parker | NASA
Parker Solar Probe: Humanity’s First Visit to a Star | NASA
Parker Solar Probe Marks First Mission Milestones on Voyage to Sun - Parker Solar Probe

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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