この衝撃を乗り越えられるか

――XPRIZE財団の決定が発表されたのは、会談の翌日ですね。いきなり出てきて驚いたのですが、これは予定通りだったのでしょうか。

袴田:会談のときの話では、プレスリリースはもっと後に出す予定ということでした。それで深夜便の飛行機で帰国の途についたのですが、24日早朝に日本に到着してみると、すでにあのリリースが発表されていて驚きました。米国でリーク記事が出てしまい、急遽発表したらしいですが、ちょっとひどいですよね。

このときも対応について議論しましたが、やはりすぐ発表しようということになって、緊急記者会見をその日の夕方に開催しました。メンバーにじっくり伝える時間も無かったくらいでした。

  • 1月24日に開催されたHAKUTOの記者会見

    1月24日の記者会見。緊急すぎて、ispaceのオフィス内で開催された

参考:「GLXPが3月末でレース終了を決定 - HAKUTOは月面探査への挑戦を継続」


参考:「Google Lunar XPRIZEは終了 - 民間による月面探査は新たなステージへ」

――メンバーの反応はどうでしたか?

袴田:3月末の期限に間に合わないということはすでに分かっていたので、ショックの大きさとしては、そのときほどでは無かったと思います。GLXPに勝利するのがベストではありますが、もし勝者無しで終わるにしても、民間として月面探査を続けていくという我々のスタンスは変わらない。それを断念したわけではありません。

秋元:とはいえ、やはり残念という気持ちもあります。HAKUTOのプロボノには、GLXPでの勝利を大きなゴールにしてきたメンバーもいますし、落胆するのも仕方ありません。しかし、ここで歩みを止めると、次ができなくなる。メンバーには、立ち止まらず、前を向いて行こうと説明しています。

――チーム名がまだWhite Label Spaceだった2013年には、欧州チームが離脱してランダーを失いました。ショックとしては、今回とどちらが大きかったですか?

袴田:ショックとしては今回の方が大きかったと思います。ですが、当時に比べると、我々の組織は大きくなり、基盤も強くなった。大きくても、吸収できないショックではありませんでした。資金調達に成功していて、次のミッションをコミットできる状態だったことも大きい。もしそれがなければ、屋台骨が揺らぐ事態になっていたかもしれません。

――当時と違い、今は多数のパートナー企業もいる。まるでオールジャパンみたいになってますね。

秋元:HAKUTOが1つの入り口となり、宇宙に縁が無かったたくさんの企業が参加してくれました。私が目指していたことの1つなので、これはすごく嬉しいです。そのために、広報やプロモーションはすごく大事にしてきました。

宇宙産業を大きくするためには、新規参入を増やさなければなりません。今までは閉じた世界で自分達のルールでやっていましたが、それだとイノベーションが起きにくい。他産業からいろんなアイデアを持ち込んで実行すれば、新たに面白いことが生まれる。その動きを加速したいし、それが我々のミッションを後押しすることになります。

  • HAKUTOが開発したローバー「SORATO」

    HAKUTOが開発したローバー「SORATO」

今後、HAKUTOの進む先は

――記者会見の直後には、TeamIndusのロケット打ち上げ契約が破棄されたことが明らかになりました。TeamIndusには資金不足という大きな問題もありますが、今後の方針はどうなっていますか。

袴田:記者会見では、我々の選択肢として

  1. 引き続きTeamIndusと協力
  2. 相乗り先を変更する
  3. ispaceミッションに統合

という3つを説明しましたが、現在でもその方針は変わっていません。すべて1回白紙に戻し、フラットに判断するということです。各選択肢の有利な点と不利な点を見極めて、最適な選択をしたいと考えています。

またTeamIndusからは、新しい提案を考えていると聞いています。まだどんな提案なのか聞いていないので何とも言えませんが、提案の合理性と実現性を見た上で、判断することになるでしょう。そんなに悠長に待っているわけにもいかないものの、決断するまでには、もう少し時間がかかりそうです。

秋元:TeamIndusについては、元ISRO(インド宇宙研究機関)のベテランエンジニアや優秀な若手が大勢いるので、技術的にはあまり心配していません。ランダーを作り上げる能力はあると思っています。あとは、今回の原因になった資金の問題をどうするかですね。別のロケットは、本当に調達できるのか。それは我々も慎重に見極めないといけない。

――最後に読者に対してメッセージをお願いします。

袴田:HAKUTOがこういう結果になったのは残念で悔しいですが、ここで立ち止まると今までのことが無駄になってしまう。気持ちを切り替えて次に進みたいと思います。

GLXPで着実に開発を進め、そのあとの事業プランまで作ることができました。ispaceは100億円を超える資金調達にも成功しました。GLXPで確立できたものはすごく大きく、ここで終了となっても、非難するつもりはありません。多大なる貢献をしてもらい、感謝しています。

今後、我々はもっと自立していく必要があります。HAKUTOの進め方についてはこれから判断することになりますが、少なくともispaceの独自ミッションを実行して、月面への輸送サービスをまず確立したい。その中で、日本初の民間月面探査を実現できるよう、全力を尽くします。

秋元:私もGLXPが面白いと思ってこのプロジェクトに参加したので、1つの目標が無くなってしまうのはやはり寂しい。ついに終わるのか、という思いです。でも、一般の人や、パートナー企業から応援してもらっているし、みなさんの期待を裏切るようなことはやってはいけないと強く思っています。

このチームでなければ、民間の月面探査はできないだろうと思っています。これは、自分達がやらなければならないこと。待っていて他の誰かがやってくれることではありません。GLXP自体は終わりますが、自分達がやると言ったことは最後までやり遂げる。それだけは守っていきたいです。