「想像してみてください。もし、空から600万ドルが降ってきたとしたら。そしてそれが海に落ちようとしていたら。あなたはどうしますか? もちろん、捕まえますよね」

米国の宇宙企業、スペースXを率いるイーロン・マスク氏は2017年5月、記者会見でこう問いかけた。キツネにつままれたような話だが、それから約1年後、彼は本当に、空から降る600万ドルを捕まえるために動き出した。

マスク氏が目をつけたのは、ロケットの先端にある、衛星を大気などから守るための「フェアリング」と呼ばれる部品。これまでは打ち上げごとにみすみす海に捨てていたが、製造コストは600万ドルと、ロケット全体のコストの約10%にもなる。もし回収し、再使用できれば、打ち上げコストの低減につながる可能性がある。

そして2018年2月22日、スペインの地球観測衛星などを積んだロケットの打ち上げにおいて、このフェアリングを捕まえるための前代未聞の挑戦が始まった。

  • スペースXのフェアリング回収船「ミスター・スティーヴン」

    スペースXのフェアリング回収船「ミスター・スティーヴン」 (C) SpaceX/Elon Musk

フェアリングとは

スペースX(SpaceX)の主力ロケット「ファルコン9」(Falcon 9)は、ロケットの第1段機体を打ち上げごとに使い捨てずに、何度も再使用できることで知られる。まるでSF作品『サンダーバード』のように、ロケットがエンジンを噴射しながら着陸する様は、いつ見ても圧巻である。同社はこれにより、ロケットの打ち上げコストの大幅な低減を目指している。

ロケットの着陸・回収は2015年12月に初めて成功し、昨年3月には回収した機体をもう一度打ち上げる再使用打ち上げにも成功。これまでに5回の再使用打ち上げを行い、そのすべてが成功している。

また、超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」(Flacon Heavy)でも同様に機体の回収、再使用が可能で、先日行われた初打ち上げでも、ブースターは以前ファルコン9として一度飛んだことのある機体の再使用品で、さらに再回収にも成功している。

  • 着陸するファルコン・ヘヴィのブースター

    着陸するファルコン・ヘヴィのブースター。この2機はかつて、ファルコン9の第1段機体として打ち上げられた経験をもつ (C) SpaceX

今回のファルコン9の打ち上げでも、昨年8月に打ち上げ、そして回収した機体が再使用された。しかし今回、新たに別の部品の回収にも挑んだ。ペイロード・フェアリングである。

フェアリングはロケットの先端にあり、ロケットの飛行中に、大気との抵抗や熱、音などから、内部にある衛星を守る役目をもつ。ファルコン9のものは、全長約13m、直径5.2mの大きさをもち、宇宙空間に到達して役目を終えた段階で、桃太郎の桃のように真っ二つに割れて分離される。

分離されたフェアリングは、海上や陸上に落ち、そのままゴミとして打ち捨てられる。しかし、スペースXはこのゴミ――というにはあまりにも高価なものに目をつけた。

  • ファルコン9のフェアリング

    ファルコン9のフェアリング (C) SpaceX

空から降る600万ドルを捕まえろ!

フェアリングは、ロケットの部品の中では比較的製造コストは安い。それでも高価なカーボンを使っていることもあり、マスク氏曰く、ファルコン9に使用しているフェアリングは600万ドル(約6億円)もするという。うまく回収し、再使用ができれば、打ち上げコストをいくらか下げられる可能性がある。

また、ロケットが宇宙空間に到達し、フェアリングを分離する段階では、ロケットはまだ軌道速度に達しておらず、それほど速度は出ていない。そのため大気圏再突入もそれほど難しくなく、また質量も軽いのでパラシュートで十分減速できることから、比較的回収もしやすい。さらに飛行の早い段階で分離されるため、パラシュートなどの回収に必要な装備が、打ち上げ能力に与える影響も少ない。

スペースXやマスク氏が、フェアリングの再使用について明らかにしたのは2016年4月のことだった。ただ、実際の開発や試験はそれ以前から行われていたことがわかっている。

そして昨年3月、ファルコン9初の再使用打ち上げで、フェアリングの回収に挑戦したことが公式に明らかになった。このときは、パラグライダーなどで使用される、パラフォイルと呼ばれる翼型のパラシュートを開き、GPS制御であらかじめ設定した海域に着水、その後船で回収することになっていた。

しかし、打ち上げ後の記者会見では「2つに分かれたフェアリングの片方が、予定の海域に着水したことを確認した」ということのみ発表され、たとえば無事に回収できたのか、再使用できる状態なのか、もう片方はどうなったのか、といったことについては明らかにされなかった。

  • 分離直後のファルコン9のフェアリングから撮影された写真

    分離直後のファルコン9のフェアリングから撮影された写真。背景に地球が見える (C) SpaceX

フェアリングを捕まえる「ミスター・スティーヴン」

次に大きな動きがあったのは、2017年の年末のことだった。カリフォルニア州の港に停泊する、スペースXの船「ミスター・スティーヴン」(Mr. Steven)の後部に、空を抱くように広がった4本のアームが取り付けられたのである。

その直後から、このアームに網を張り、落ちてきたフェアリングを受け止めるのではと噂されていたが、実際にそのとおりで、今回の2月22日の打ち上げ直前になって、マスク氏は「フェアリングを捕まえるための船だ」と明らかにした。ちなみにまだ1隻しかないので、2つに分かれるフェアリングのうちの片方しか回収できないという。

もともと船で捕まえることを考えていたのか、それともこれまでの試験を通じて、海上で回収するのは難しいと判断したためなのかは不明だが、いずれにしても着水すると、海水を洗い流すなどの手間が必要になるので、再使用に不向きなのは間違いない。

いっぽう、フェアリングもまた、回収、再使用のための改良を施した「フェアリング2.0」が開発され、今回の打ち上げで初めて導入された。

そして2018年2月22日23時17分(日本時間)、スペインの地球観測衛星と自社の宇宙インターネットの試験衛星、そしてそれらを包み込むフェアリング2.0を搭載したファルコン9が打ち上げられた。ミスター・スティーヴンはこの打ち上げに先立って出港。フェアリングが落ちてくるであろう海域に陣取り、待ち構えた。

マスク氏によると、フェアリングは順調に宇宙空間から大気圏に舞い戻り、そしてパラフォイルを展開した。しかし、捕獲には失敗し、フェアリングはミスター・スティーヴンから数百mのところの海に落ちてしまったという。

ただ、フェアリングはほぼ原型をとどめており(再使用可能かは不明)、また今後は、捕まえやすくするため、パラフォイルを大型化して降下速度を落とすことを考えているという。次の回収試験は来月以降に行うとのことで、マスク氏は「今後6か月以内に回収を成功させることができるだろう」と発言している。

  • 船での捕獲に失敗し、着水したフェアリング

    船での捕獲に失敗し、着水したフェアリング (C) SpaceX/Elon Musk