月の縦孔の探査計画を進める日本

今回、実際に地下空洞があることがわかるよりも前に、日本では縦孔と地下空洞を探査する「UZUME」計画が立ち上げられている。UZUMEとはUnprecedented Zipangu Underworld of the Moon Exploration(古今未曾有(ここんみぞう)の日本の月地下世界探査)の略で、日本神話に登場する女神「アメノウズメ」にもかかっている。

まだJAXAの正式なプロジェクトとなったわけではなく、また探査機の開発なども始まっていないが、2020年代中の実現を目指しているという。

また、これとは別に、月の地表の狙ったところに、ピンポイントで着陸できる探査機の開発も進んでいる。

従来の月探査機は着陸精度が悪く、広い平地などの"降りやすいところに降りる"ことしかできなかった。しかし、もし月の縦孔を探査しようとした場合、縦孔の中や、縦孔の周辺にピンポイントで着陸させる必要がある。

そこでJAXAは現在、"降りたいところに降りられる"着陸を目指した探査機「SLIM」(スリム)の開発を進めている。SLIMは着陸誘導制御技術や画像処理技術などの新しい技術を駆使し、着陸地点に向けて正確かつ、自律的に降りることを目指している。実現すれば、月の縦孔をはじめ、科学者らが探査したいと考える、科学的に魅力的な場所などを狙った着陸が可能になる。

SLIMは現在のところ、2019年以降の打ち上げが計画されている。着陸地点は、まさに今回取り上げたような月の縦孔の周辺も候補のひとつになっているようだが、そのほかにも地質学的に興味深い場所と考えられている、深くえぐれたクレーターのふちや、崖に挟まれた谷底なども候補になっており、まだどこになるか、正式には決まっていないという。

順調にいけば、SLIMによる着陸技術の実証を経て、UZUME計画が本格的にスタートし、2020年代中に月の縦孔と地下空間にたどり着ける日が来るかもしれない。

いっぽう、米国や中国などの国の機関や民間企業も、これから数年のうちに活発な月探査を行うことを示しており、こうした他の探査機が先に訪れ、探査する可能性もある。

もちろん、月は誰のものでもなく、縦孔も日本が発見したからといって日本のものになるわけではない。また、どこの誰が探査しようが、その成果や意義が変わることはなく、一日も早い探査が行われることに越したことはない。

しかし、日本が最初に発見し、これまで調査を続け、探査計画も立ち上げつつある以上、日本として今後、どのような計画で探査を進めていくのかを明確に打ち出す意義は十分にあるだろう。また、他国との協力などの道を模索していく必要もあろう。

JAXAが開発中の、"降りたいところに降りられる"着陸を目指した探査機「SLIM」の模型。この技術が、将来の縦孔探査にも活かされるかもしれない

月基地・都市としての活用の可能性も膨らむ、ただし欠点も

さらに将来の話として、月の地下空洞は、有人の月基地や都市の建設場所にも活用できると考えられている。

前述のように、月の表面には隕石やメテオロイドが多数降り注いでおり、さらに強い放射線や紫外線も降り注いでいる。そのため、月面に基地を建設して人が暮らす場合と、そうした隕石などの襲来に耐える頑丈な建物が必要になり、あるいはいくら頑丈にしても事故が起こる危険性がつきまとう。それを防ぐために、月にトンネルを掘るとか、あるいは建物の屋根に月の砂をかぶせるといったアイディアはあるものの、いずれにしても大変な土木工事が必要になる。

しかし地下空洞の中に基地を建設すれば、空洞の天井が天然の防護壁となり、隕石や放射線から人や機器を守ることができる。

さらに、月には大気がないため、昼夜の寒暖差が大きく、昼は110℃、夜は-170℃にもなるが、空洞内なら温度が比較的安定している(赤道付近なら約-20℃)ため、機器の設計や環境制御がしやすくなるという利点もある。また、空洞の壁や底はガラス質で覆われていて、密閉性が高いと考えられるため、密閉すればそのまま、人が住むのに適した空間になる可能性もある。

NASAが1988年に作成した、月の溶岩チューブの探査の想像図。この光景が実現する可能性が出てきた (C) NASA/JSC

はたして私たちは将来、この縦孔の中で暮らすことができるのだろうか。その実現の鍵を握るのは、月の水があるかどうか、そして電力をどうやって作り出すかという問題だろう。

もし、月に水があれば、地球から持ち込む必要がなく、移住して生活することがずっと簡単になる。また、また水は電気分解すれば水素と酸素になるため、ロケットの推進剤としても利用できる。

もちろん国際宇宙ステーション(ISS)のように、補給船で定期的に水を補給し、なおかつ使用した水を再生して使いまわすということは可能ではあるだろう。しかし月はISSよりも遠く、同じ量の水でも持っていくのに多くのエネルギーが必要になる上に、もし数十人規模の基地や、あるいはいつか都市を造ることを考えると現実的ではない。そのため月に水があるかどうかは、こうした構想の実現を左右する鍵になる。

しかし、月に水があるかどうか、まだその答えは出ていない。

たとえば今年7月には、米国ブラウン大学を中心とする研究チームが、月の火山性堆積物の中にガラス粒子に含まれた状態の水があり、さらにその堆積物が月の広い範囲に分布しているという研究成果を発表した。これが事実なら、月の広い範囲で水が、それもこれまで考えられていたより多くの量があるということになる。しかし、地球の海や川のように液体の状態で広がっているわけではなく、それを取り出して利用できるかどうかはわからず、さらに100gの岩石あたり0.05gほどしか含まれていないため、取り出せるとしても一苦労となる。

ところがその翌月の8月には、カリフォルニア大学サンディエゴ校のスクリップス海洋研究所が、アポロ計画で持ち帰られた月の石を詳しく分析したところ、月の内部は乾燥している可能性が高いという結論が得られた、という発表をしている。つまりまだ誰でも正確にはわかっていない状況にある。

月の水をめぐっては、以前より月の極域に氷の状態で埋蔵されているのでは、ともいわれてきた。月の自転軸は傾きが小さいため、月の北極や南極にあるクレーターの中は、永久に太陽の光が当たらない"永久影"が生じる。とくに南極にある「シャックルトン」クレーターの底や、その地下には、氷が眠っているのではないか、といわれ続けている。

これまでの観測では、シャックルトン・クレーターを含む月の極域に氷があることを示唆するデータもあれば、ないことを示すデータもあり、またあるとする場合でも量については不明瞭だったりと、はっきりとしたことはわかっていない。ただ、もし氷の状態であるならば、前述の岩石の中から取り出すよりは楽に水が利用できる。

また月の極域は、電力を作り出す点で大きな利点がある。月は昼が15日、夜も15日と、15日周期で昼と夜を繰り返しているため、太陽電池を使う場合は巨大なバッテリーに充電しておいて夜を耐えるか、あるいは原子力発電のような、太陽光に頼らない発電方法が必要になる。

いっぽう、前述のように月の自転軸は傾きが小さいことから、極域のクレーターのふちには、1日のほとんどで太陽光が当たり続けることになる。ここに太陽電池を設置すれば、夜でも発電できる時間は大きく増えることになる。

米国の民間企業「ブルー・オリジン」が構想している、月の南極にあるシャックルトン・クレーターの探査の様子。クレーターの底に水(氷)がある可能性があること、クレーターのふちは夜でも太陽光が当たる場所があることなどから、いまのところ探査や開拓の第一候補となっている (C) Blue Origin

今回の地下空洞の発見は、科学的に大きな意義があるだけにとどまらず、月面基地や月移住といった未来に向けても大きな意義があることは間違いないが、この発見を受けて、すぐに人類の月進出が始まるわけでも、あるいは月基地や都市建設の最有力候補となったわけでもない。

しかし、月の内部に大量に水が存在し、なおかつ容易に取り出せるのなら、あるいは地下空洞の溶岩に水がガスなどの状態で眠っているのならば、そして電力などの問題の解決の目処がつけば、最有力候補となる可能性はあり、なにより空洞そのものが居住空間になることなどから、基地や都市の建設、そして移住開始が早く進む可能性もある。

いずれにしても、科学的な調査のためにも、そして月面基地や都市の実現に向けた可能性を探り、さらに広げるためにも、今後早いうちに、さらなる探査、それも直接縦孔や地下空洞に訪れての探査が行われることに期待したい。

参考

月の地下に巨大な空洞を確認 | 宇宙科学研究所
マリウスヒルの縦孔 | UZUME Project
月周回衛星「かぐや(SELENE)」 - 観測ミッション - LRS
Scientists spy new evidence of water in the Moon’s interior | News from Brown
Analysis of a “Rusty” Lunar Rock Suggests the Moon’s Interior Is Dry

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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