東京大学(東大)は、通気性と伸縮性を両立させることで、皮膚に貼り付けてもかぶれや皮膚アレルギーなどの炎症反応が起きない生体適合材料ベースのナノメッシュセンサを開発したことを発表した。

同成果は、東京大学 大学院工学系研究科の染谷隆夫 教授(理化学研究所 染谷薄膜素子研究室主任研究員、同研究所創発物性科学研究センターチームリーダー)、ならびに慶應義塾大学医学部の天谷雅行 教授(理化学研究所統合生命医科学研究センターチームリーダー)らによるもの。詳細は、2017年7月17日(英国時間)付けでに英国科学誌「Nature Nanotechnology」(オンライン速報版)にて公開された。

説明を行う東大の染谷教授。左手の甲に貼り付けられているのが、今回開発された金ナノメッシュによる配線

染谷教授の研究グループは、これまでにも皮膚にセンサを貼り付けて生体データを取得する、といったことの実現に向けた研究として、2013年に厚さ2μmで重さ3g/m2、限界折り曲げ半径5μmを実現した有機トランジスタ集積回路を用いたタッチセンサを作製していた。しかし、同センサの場合、フィルム状であるため、当然ながら、そのフィルムを貼り付けた部分の皮膚は皮膚呼吸ができず、発汗などによるかぶれなどが生じ、定期的に貼りかえる、といった作業が必要となるなど、実用化、という面では課題があった。

そこで今回、生体に対して親和性の高い金をベースにエレクトロスピニング法を用いて300nm-500nmサイズのナノメッシュ構造の繊維状ファイバー(ナノファイバー)を、土台のポリビニルアルコール(PVA)のフィルム上に作成。PVAは親水性が高いため、フィルムを皮膚に貼り付けた後、水を吹きかけると、数秒ほどでPVAが溶け落ち、ナノメッシュ構造の金配線(ナノファイバー)が皮膚に貼り付くという仕組みを考案した。メッシュというくらいなので、各ファイバー間には隙間が存在するが、これにより、水蒸気などが通りやすくなる。

生体適合型の金ナノメッシュの形成イメージ (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

具体的には、PVAは完全に水に溶けてなくなってしまうのではなく、ナノファイバーの下部に糊の代わりに若干存在しており、これが皮膚との接着を助けている。また、金の被膜自体は数10nm-100nm程度の厚みであり、高い表面追従性を発揮することができるという。

実際に天谷教授が20名のボランティアの協力のもと、1週間の間、金ナノメッシュ、シリコーン、パリレンを腕に貼り付けて、装着部の皮膚症状を国際基準に準じて判定したところ、皮膚炎評価として、シリコーンやパリレンでは弱陽性反応が認められたが、金ナノメッシュには認められず、かつ装着中の違和感やかゆみ、刺激感、乾燥症状といった不快感も他の材料に比べて低いことも確認したとする。

また、水蒸気の透過性比較実験を行ったところ、水蒸気透過性はリファレンス(100%)と比較して、ナノメッシュが96.5%、シリコーン(10μm厚)が77.5%、PET(1μm厚)が4.6%とほぼリファレンスに近い状況であることを確認。この高い透過性が皮膚炎症を抑える大きな理由となっていると考えられると研究グループでは説明している。

皮膚科医である天谷教授が行った生体適合性評価の結果。パリレンは2013年の研究の際に用いられた材料 (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

研究グループはさらに、電気デバイスへの実応用に向けた実験も実施。指関節にナノメッシュ電極を貼り付け、1万回の曲げ下ろし運動を行っても、伸ばしたときの抵抗変化はほぼ変化がないことを確認。再現性が高い配線として実際に利用可能であることが示されたとする。

ただし、実用化には大きく3つの課題があると研究グループでは説明している。1つ目は「機械的な耐久性の向上」で、現状はシャワーで洗い流すと簡単に落ちてしまう程度の耐久性であり、「こすっても取れないことが求められる場合がある」(染谷教授)とのことで、素材の強度を増すなどで対応は可能であるが、そうすると、装着時のストレスも増すため、最適な部分の模索が必要となるとする。2つ目は、今回のナノメッシュはあくまで電極/配線部分であり、それ以外の電子部品や機能をナノファイバーメッシュで実現しないと、デバイスとしての用をなさないこととなる。「エレクトロスピニング法は、さまざまな材料に適用可能であるため、すでに電子機能を実現する研究が各所で進められている」(同)とのことであり、この問題については解決の道筋が見えている模様だ。そして3つ目が「システムの構築と周辺技術」の開発。現状、電力の供給はシート状のリチウムイオンバッテリなどを用いてデモを行っているが、デバイス部分を含めて、フレキシブルな電子部品を実現していく必要があるという。

とはいえ、皮膚科医である天谷教授の視点からすれば、「皮膚バリアの研究をしている立場から見ると、これを活用すれば、皮膚の水分蒸散量や角層pHなどの調査が生活の中で行うことが可能となる。例えば、アトピー性皮膚炎の診断も日常的に行っているが、寝ている間、無意識に引っ掻くという行動の監視は従来、ビデオで撮影していた。これが貼り付けても安全なセンサに置き換えることができれば、患者のメリットになる」と、実現場での活用が期待できるレベルに来ているとする。

なお、染谷教授は「ナノメッシュを採用することで軽量薄型化に成功し、不快感を無くすことができたと言っているが、素材として毒性のないものを使うのは当然だが、皮膚呼吸も可能になり、とうとうネガティブな炎症反応も出ないことが確認された。しかも、実際にボランティアの人たちに協力してもらって、人で大丈夫、ということが明らかになった。こうした実際の知見として大丈夫であることが示された意義は非常に大きい」と、今回の研究の意義を強調。今後については、天谷教授と協力して、皮膚の状態観察などを実際に行う段に進んでいければ、と実用化に向けたステップアップに期待を寄せていた。

金ナノメッシュシートの実物。下段はシート状のリチウムイオン電池を電源に、指先につけたLEDを金ナノメッシュ配線を経由して電力を供給し光らせている様子。曲げても変わらずに光ることが見てとれる