差動アンプ

「単純なオペアンプを使って計装アンプを設計できるのではないか」という疑問を持たれるかもしれません。一言で言えば可能です。ただし常にトレードオフが伴います。まず、単純な差動増幅回路(図1)について考えます。この回路は減算器とも呼ばれます。

図1:差動アンプ回路

この非常に単純な回路は、差動ゲインとある程度のコモンモード除去比を備えています。これらは正に計装アンプに求められる機能です。しかしこの回路には2つの問題があります。1つ目の問題は入力インピーダンスです。入力インピーダンスは抵抗値(100kΩ程度)で決まり、この回路では比較的低い値です。また、2つの入力のインピーダンスが等しくないため各入力回路に流れる電流量に差が生じ、コモンモード除去比が低下します。この非常に単純な回路の2つめの問題は、抵抗のマッチングが必要な事です。この回路のコモンモード除去比は、オペアンプ自体ではなく主に抵抗ペアのマッチング度合いによって決まります。これらの抵抗ペアのミスマッチによってコモンモード除去比が低下します。この差動アンプのコモンモード除去比は以下のように計算できます。

例として、R1=R2=R3=R4(ユニティゲイン)、抵抗ミスマッチ率=1%の条件を想定します。上式から以下が求まります。

この例で分かるように、この単純な回路で達成可能な性能は大幅に制限されます。抵抗のマッチングを手作業で行っても、66dBを超えるコモンモード除去比を達成する事は困難でしょう。さらに、ここでは温度による抵抗値の変化を考慮していません。抵抗ごとに温度係数が異なる場合ミスマッチはさらに増加し、コモンモード除去比はさらに悪化します。これらの要因と制限を全て考慮すると、高性能が要求されるアプリケーションにはモノリシック差動アンプが最善のソリューションであると言えます。

上記の差動アンプ回路は技術的には計装アンプではありません。しかし、高速が求められるアプリケーションやコモンモード電圧レベルが高いアプリケーションでは便利です。高精度アプリケーション向けには、多くの場合計装アンプが最善の選択です。計装アンプ向けに一般的に使われる回路には、2個のオペアンプを使う型と、3個のオペアンプを使う型があります。ここでは両方の回路について詳しく説明します。これらの基本回路は標準的なオペアンプを使って設計できますが、これらは今日のモノリシック計装アンプの多くに用いられている回路コンセプトです。

図2:2個のオペアンプを使った計装アンプ回路

図2に、一般的によく用いられる2個のオペアンプを使った計装アンプ回路を示します。この回路の総ゲインは、抵抗RGによって以下のように決まります。

この回路構成の制約の1つは、ユニティゲインをサポートしないという事です。ほとんどの計装アンプは増幅用に使われるため、この制約は致命的ではありません。しかし、アプリケーションによっては、コモンモード除去のためだけに計装アンプを使う事があります。従って、アプリケーションによっては計装アンプをユニティゲイン構成で使う必要があります。2個のオペアンプを使った計装アンプのもう1つの制約は、入力のコモンモードレンジが制限されるという事です。特に単電源オペアンプを低ゲインで使った場合に顕著です。図2の左側のアンプは、非反転ノードで入力信号をのゲインで増幅する必要がある事に注意してください。このため、入力信号のコモンモードが高すぎると、出力のヘッドルームを使い果たしてアンプが飽和します。ゲインが高いとアンプのヘッドルームが増加するため、入力信号のコモンモードレンジは拡がります。

先に説明した単純な差動アンプ回路の制約の1つは、入力インピーダンスが低い事でした。図2に示した2個のオペアンプを使った計装アンプ回路を使うと、この問題は解消します。なぜならば、2つの差動入力信号を直接各アンプの入力ピンに接続するためMΩレベルの入力インピーダンスが生じるためです。しかし、2つの入力の信号経路長が異なるため差動入力信号の遅延に差が生じ、ACのコモンモード除去比が悪化します。これは計装アンプの仕様としては深刻な問題です。差動アンプ回路と同様、DCのコモンモード除去比は抵抗比のマッチングによって制限されます。

この2個のオペアンプを使ったモノリシック計装アンプを使うと、ディスクリートソリューションよりも優れた抵抗マッチングと温度トラッキングが得られます。これは、シリコンベースの抵抗は0.01%レベルのマッチングが可能であるためです。しかし、2個のオペアンプを使った計装アンプ回路にも制約が存在します。

もう1つ一般的に用いられる計装アンプ回路は、図3に示すように3個のオペアンプを使います。この回路の後半部は、既述の差動アンプと同じです。3個のオペアンプを使う計装アンプ回路は、フロントエンドに2個のオペアンプバッファを使う事で、良好にマッチングが取れた高インピーダンス信号源を提供します。これにより、単純な差動回路が持つ大きな問題の1つが緩和されます。回路の最後にある3個めの差動アンプは、コモンモード成分を除去します。

図3:3個のオペアンプを使った計装アンプ回路

この回路のゲインは、抵抗RGの値によって設定します。入力段を構成する2個のオペアンプは、差動ゲイン(RGで設定)に関係なくコモンモード信号をユニティゲインでしか増幅しません。従って、この回路はゲインに関係なく幅広いコモンモードレンジに対応可能です(最初の2個のアンプのヘッドルームに制限される)。これが、前述の2個のオペアンプを使った計装アンプに対する優位点です。コモンモード成分は、この後の差動アンプによって除去します。前述のアーキテクチャと同様、コモンモード除去比は抵抗比のマッチング度合いによって決まります(下式参照)。

コモンモード成分は常にユニティゲインでしか増幅されないため、3個のオペアンプを使った計装アンプのコモンモード除去比は差動ゲインに比例して増加します。

この3オペアンプ回路コンセプトを採用したモノリシック計装アンプは各種存在します。モノリシックソリューションは、非常に良好にマッチングが取られたアンプを提供すると共に、精密にトリミングされた抵抗が使えるため、良好なコモンモード除去比とゲイン精度を達成します。比較的最近になって、モノリシック計装アンプのこの基本アーキテクチャはさらに改善されました。例えば電流モードトポロジは、精密な抵抗マッチングを必要とせずに高いコモンモード除去比を達成しています。オペアンプとディスクリート素子を使ったディスクリートソリューションの方が高コストであり、性能も劣ります。