リモートワークやハイブリッドワークが定着した影響で、サンフランシスコのダウンタウンなど、ビジネス地区や商業地区としてニーズが高かった地区で空洞化が起きている。衰退から治安が悪化する「破滅のループ」が指摘される一方で、破滅的な状況から次世代のダウンタウン再編に取り組む動きも見られる。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。

ビジネス地区で進む「ドーナツ効果」

2023年はダウンタウンが回復する年になると期待されていた。しかし、サンフランシスコのダウンタウンとその周辺には空っぽのオフィスビルが目立つ。一方で、中心市街地の外周部や南に広がるシリコンバレーの街は活気を取り戻している。シリコンバレーにあるサンタクララの住宅販売価格の中央値は前年より8%上昇したと報告されているが、サンフランシスコは8%下落した。

これはサンフランシスコだけではなく、他にもニューヨーク、シカゴ、ヒューストン、オースティンなど、コロナ禍前にビジネス地区や商業地区としてニーズが高かった都市において、中心業務地区のオフィス需要が冷え込んだままになっている。この現象をスタンフォード大学の経済学者、アルジュン・ラマニ氏とニコラス・ブルーム氏は「ドーナツ効果(donut effect)」と名付けた。

都市中心部から郊外へと人が移動する現象を指す点では、日本の高度経済成長期からバブル期にかけて起こった「ドーナツ化現象」と同じだが、大きな違いはドーナツの穴の部分、すなわち中心市街地が完全に空洞化していることである。

日本の場合は、人が郊外に移ってもビジネスや商業施設は変わらず機能し続け、通勤してくる人で昼間は人口が増えていた。米国のドーナツ効果はコロナ禍以降のリモートワークやハイブリッドワークの定着によるもので、以前のような昼間の活気を取り戻せていない。

そうなると以前はビジネス街で成り立っていたレストランや小売店などの運営が難しくなり、閉業する店が増え、街としての利便性が下がり、治安が悪化し、商業用スペースの空きがさらに増えるという悪循環である。

  • 閉業した後に入るビジネスがなく、空いたままの商業用スペースが増えるサンフランシスコのダウンタウン

    閉業した後に入るビジネスがなく、空いたままの商業用スペースが増えるサンフランシスコのダウンタウン

カリフォルニア州の都市部では、刑務所にかかるコストを削減するため、軽犯罪の分類を被害額950ドルにまで拡大した「Proposition 47」の影響で、万引きや窃盗が横行し、大手スーパーやドラッグストアが店舗を閉じている。サンフランシスコのダウンタウン地区のようにドーナツ効果で空洞化が起こっている地域でその被害は特に深刻で、店員や他の買い物客の目の前で堂々と窃盗が行われるほどの荒廃が見られる。

米国で都市中心部の空洞化というと、過去には、1970〜80年代の日本車との競争とその後のグローバル化の影響で米自動車産業が低迷し、人の外縁部への移動から中心部が廃墟化したデトロイトの事例がある。その失敗を「思い出すべきだ」と指摘されるほど、今のサンフランシスコのダウンタウンは荒れている。

ドーナツ効果はチャンス?

このようにサンフランシスコを例に挙げると、ドーナツ効果は悪しき変化に映るが、見方を変えるとこれはチャンスとも言える。人が集中しすぎて数十年にわたり整理できずにいた地域が空洞化しているのだ。ダウンタウンを再編することが可能になっている。

たとえば、サンフランシスコでは市内で「Cruise」と「Waymo」が無人タクシーの営業を開始して話題になっている。サンフランシスコのような、道路が運転しやすくない都市でコロナ禍前の賑やかな状況だったら、夜間限定であっても導入は難しかったであろう。

  • 実際に乗車した人たちから「Uberが登場した時のような新たな体験」と評価されている無人タクシー「GM Cruise」

    実際に乗車した人たちから「Uberが登場した時のような新たな体験」と評価されている無人タクシー「GM Cruise」

今の空洞化は、リモートワークやハイブリッドワークを原因とするため、オフィスしかなく、ダウンタウンを中心業務地区としか考えていなかった都市ほど、その問題に悩まされている。その点から、今後の方向性として今最も注目されているのが、2023年のダウンタウンの通行量が2019年比で最も回復しているソルトレイクシティだ(139.1%、ちなみにサンフランシスコは31.9%)。

同市は、ダウンタウンに人を呼び込むためのポップアップ・パークをオープンするなど「グリーンループ」計画を進めている。同計画では最終的にダウンタウン地区を5.5マイルの道路で囲み、ダウンタウンには数多くのレクレーション・スペースや公園を設置する予定である。以前は土地の価格の高騰によりダウンタウン地区に新しい公園を作ることは不可能だったが、今なら実現可能となっている。

  • ソルトレイクシティは、グリーンループ計画で公園や緑がある公共スペースがどのようになり、どのように感じられ、交通にどのような影響を与えるかを実際に体験してもらうために、期間限定のポップアップ・パークを展開した

    ソルトレイクシティは、グリーンループ計画で公園や緑がある公共スペースがどのようになり、どのように感じられ、交通にどのような影響を与えるかを実際に体験してもらうために、期間限定のポップアップ・パークを展開した

ソルトレイクシティのダウンタウンエリアは急成長しており、2022年春には4000戸弱だった住宅が、2025年頃には約8000戸に倍増する勢いだ。さらに、この地域にはオフィス、ホテル、会場があり、常に多くの人が訪れる状態になっている。

週に数回の通勤が主流の時代に、オフィス街のような特定の機能に集中した街は、特定機能の過剰供給になる可能性がある。人がワークライフバランスを重視するようになったことから、ダウンタウンもバランスよく人が集まるニーズを満たす地域になるべきなのだ。

デトロイトの再建を教訓に、シカゴ、ボストン、ピッツバーグ、ワシントンDCではオフィスビルを居住用マンションに転換する際の税制優遇が進められている。クリーブランド、アナーバー、ポートランドなど、徒歩や自転車で15分または20分以内にすべてのニーズが満たされる地域を目指す「15分都市/20分都市」のコンセプトを採用する都市も増えている。

それとともに、より手頃な価格の住宅を促進するためにミネアポリスとポートランドで一戸建てのゾーニング法が緩和され、オースティン、スポケーンなど最低駐車台数規制を撤廃する都市が増えるなど、法律や規制の見直しも進んでいる。新しいダウンタウンの形については一概に正解があるわけではない。今は都市計画、法律や政策、戦略の全てにおいて都市ごとの試行錯誤が続いている状況だ。

この変化は、2010年代にAppleやMeta、Google、NVIDIAなどテック大手がそれぞれのコンセプトで、ミレニアルズやX世代に合わせたキャンパス構築に乗り出した動きを彷彿させる。米国では2024年に、フルタイム労働人口でZ世代(1700万人+)がベビーブーマーを上回り、ミレニアルズ(4950万人)、X世代(4300万人)に次ぐグループになる。仕事の世界だけではなく、都市も同様に若い世代のスタイルや考え方、ニーズに順応していくことが求められる。