1969年にニューヨーク州ウッドストックで行われた伝説的な音楽&アート・フェスティバル「Woodstock Music and Art Fair」。これは映像でしか見たことがないが、同じウッドストックで1994年に開催された25周年のウッドストックは実体験した。同フェスに対する評論家の評価は芳しくない。だが、グリーン・デイやナイン・インチ・ネイルズ、ロリンズ・バンド、ボブ・ディラン、レッチリがすさまじい演奏を披露し、会場は大盛り上がりだった。
チケットは3日通しで300ドルぐらいだったと記憶している。「高い」という議論があったが、そんなこと関係なかった。というのも、チケットを持った人がゲートを通っていたのは開場から数時間だけ。ニューヨーク市から車で2時間ぐらいかかるのどかな農村に、どこからともなく老若男女が続々と集まってきて、ウッドストック69の時と同じように柵を乗り越えて次々に会場に入っていった。
販売されたチケットは約16万4,000枚だったが、来場者は35万人を超えた。ウッドストック69と同じように豪雨に見舞われ、数十万人の来場者によって会場の食べものはすぐになくなった。「これは夜がコワい……」と思ったが、暴力騒ぎや警察の出動は起こらず、近所の農家からもらってきた食材を料理してふるまう人がいるなど、実に平和的で楽しかった。
ソ連崩壊で冷戦が終結した後、91年に米国が湾岸戦争に乗り出し、そしてロサンゼルス暴動が起こった。当時の米国では正義ではなく不正義がまかり通っていた。そうした状況に疑問を抱く人達の共感を呼んだのがグランジ/オルタナティヴ・ムーブメントであり、"自由の祭典"を求めて数十万人の若者がウッドストックに向かった。同じ思いを持つ人が集まり、知り合ってムーブメントを起こすことに意味があった。だから、ウッドストック94も、オリジナルのウッドストックに劣らない価値のあるフェスだったと思う。
"ウッドストック"を思わせるAIムーブメント
さて、3月31日にサンフランシスコで「Open Source AI meetup」というミートアップ・イベントが開催された。このイベントは「AIのウッドストック」と呼ばれている。
同イベントは、ニューヨークを拠点とするAI企業Hugging FaceのCEO、クレメント・デラングエ(Clément Delangue)氏が3月8日に「3月末にサンフランシスコに行くので、オープンソースのAIミートアップを企画しようと思っています。いいアイデアだろうか? 誰か手伝ってくれない?」とツイートしたことから始まった。
Thinking of organizing an open-source AI meetup while I'll be in San Francisco end of march. Good idea? Anyone wants to help?
— clem 🤗 (@ClementDelangue) March 8, 2023
その時点では数十人、うまく広まったら100人を超える程度の規模という想定だった。ところが、数日のうちにミートアップへの関心は雪だるま式に高まり、あっという間に参加希望者が1000人を超えた。結果、通常のミートアップに使われるスペースでは収まらず、科学博物館施設「Exploratorium」での開催になった。
当日、研究者やエンジニア、プログラマ、投資家、起業家だけではなく、その子供や家族、すでに仕事をリタイアしたエンジニア、学生、そして単にAIに興味を持ち始めた人など、老若男女混ざり合いさまざまな人が途絶えることなくExploratoriumに集まってきて、ミートアップは大規模なショーケースとネットワーキングの機会の場になった。その雰囲気はエネルギーに満ちあふれ、音楽フェスのような盛り上がりだった。
AIミートアップが「AIのウッドストック」になったのは、これがHugging Faceのデラングエ氏の呼びかけによる"オープンソース"AIミートアップだったのが大きな要因である。Hugging Faceは自然言語処理(NLP)分野の生成AIモデルを開発、オープンソースのTransformersライブラリを提供し、多くの開発者や研究者のNLPタスクを支援している。また、NLP技術を活用したさまざまなソリューションやサービスも提供している。昨年春の時点で20億ドルの評価を受けた急成長中のユニコーン企業だ。
また、大規模言語モデル(LLM)とその提供に関する議論が高まり始めたタイミングも追い風になった。対話型AIへの関心の高まりからAIのリスクを人々が許容するようなり、MicrosoftとOpenAI、GoogleなどがクローズドLLMを一気に浸透させようとしている。同時に、その拙速とも思われる動きに対する懸念も広がり始めた。
イベントの3日前には、非営利団体Future of Life InstituteがAIシステムの訓練を少なくとも6カ月間、直ちに一時停止することを全てのAI研究所に求める書簡を公開し、イーロン・マスク氏やスティーブ・ウォズニアック氏、ヨシュア・ベンジオ氏ら多数の業界リーダー、AI専門家や研究者が署名したのが話題になった。
対話型AIの一般への急速な浸透をきっかけに、ここ数週間で新しいAIモデルをプロプライエタリなまま商業化するか、それともオープンソース技術として利用できるようにするべきかという議論が表面化している。オープンソース・コミュニティは、LLMを私的な製品やサービスではなく、公共財や共通資源と見なしている。透明性を確保することでリスクを軽減し、準備が整う前にAIを導入する商業的圧力を減らす。他方で、企業は技術を収益化することでAIのリスクを適切に管理できると主張している。
ChatGPTに「オープンサイエンスと商業化されたAI、どちらがより信頼性の高いシステムを生み出しますか?」と聞いてみた。以下はその回答だ。的を射たまとめになっている。
倫理的なAIを実現するためには、科学的なオープンさと企業の秘密保持の利点を引き出すバランスが重要になる。そのバランスは簡単なことではない。だが、人が歩くのと同じで、タイミングよくバランスを保ちながら進むことが、倒れずに速く進む推進力につながるのだ。