CPUの業界人にとってはよく知られた、米国のかなりディープなハードウェア愛好者のサイトをなんとなく眺めていたら、興味深い記事に行き当たった。
「Intel、人気のRaptor Lakeチップを値上げ:最新のAI PCチップに需要なく旧製品を10%値上げ」、というタイトルのごく短い記事であったが、旧製品の値上げという内容になんとなく興味を惹かれて、Intelが置かれる現状について思いが至った。
IntelがRaptor LakeシリーズCPUを10%値上げ
ごく短い記事ではあるが、概要は以下のようなものである。
- Raptor Lakeは、2022年9月にリリースされた第13世代Intel CoreブランドのPC用のCPU製品である。
- 高性能コア(Pコア)と省電力コア(Eコア)を組み合わせたハイブリッドアーキテクチャーでバランスの取れた性能をもつ。発表後3年も経ち、値段もこなれてきたので多くの低/中価格帯のPCに採用され、Intel製品としてはかなり人気のCPUであるが、今回、Intelは概ね10%の値上げを決定したらしい。
- Intelは現在、新製品Core Ultra製品ブランド(Meteor Lake/Lunar Lake/Arrow Lake)をエッジノードでAI処理が可能な「AI PC」として売り出しているが、市場受けがいまいち良くない。この事実はIntelのCEO、Lip-Bu Tanも認めるところである。
Pat Gelsingerから現在のLip-Bu Tanへと、突然のCEOの交代を経た最近のIntelの動きに首をかしげるのは、私だけではないような気がする。往年のIntelを知っている業界人にとっては、最近の動きには「Intelらしさ」が決定的に欠けているようにも映る。
製造部門の問題が大きく影を落とす現在のIntel
前任のPat Gelsingerが着任早々高らかに打ち上げたIntel Foundryの構想は、未だに実現されていない。Gelsingerの突然の辞任後、CEOに就任したLip-Bu Tanのもっぱらの関心事は「バランスシートの改善」である。確かに、大赤字を抱える現在のIntelを預かるCEOとして、財務の改善は「焦眉の急」の問題である。そのためには、米政府の投資も受けるし、競合NVIDIAとの協業もいとわない。しかし、こうした前代未聞のIntelの動きには製造部門の問題が大きな影を落としていると感じる。
通常、旧世代の製品群を値上げするというマーケティングは、旧製品の終息とともに、新世代製品への移行促進を目的とする場合が多く、その際は思い切った値上げで顧客にその意図をはっきり示す事が必要となる。しかし、今回のRaptor Lake値上げの10%という数字は、いかにも中途半端な値上げ率である。
これには以下の事情があるのではないかと感じる(あくまでこれらは私の完全な憶測である)。
- Raptor LakeはIntelの自社製造ラインのIntel 7で製造されている。出だしはいろいろ問題があったが、歩留りも上がり製造コストはこなれてきている。
- x86市場では、PC/サーバーのほとんどの分野でシェアを着実に奪取するAMDに対抗する有効な手立てとして、市場の引きが強いRaptor Lakeを存続させつつ、少しでも利益率を高めたい。
- 新世代製品群のCore Ultraは「AI PC」と高らかに打って出たものの、未だにエッジノードのAI機能を有効に活用するアプリケーションが現れない。
- Lunar LakeなどCore Ultraブランドを構成するCPU製品は新しいタイル(チップレット)構造で、現在TSMCにそのほとんどを製造委託している状態で、コストが高い。
- 以前のIntelであったら「AI PC」を前面に押し出すマーケティング・キャンペーンを張って強引に市場を牽引しただろうが、現在のIntelにはそんな余裕はない。
以上は、完全に私の憶測に基づくもので、邪推の域を出ないかもしれないが、どちらにしても現在のIntelの営業部門が大変な苦労を負っている事は確かだろう。
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Core Ultraシリーズ1ことMeteor Lake(開発コード名)は、CPUだけから構成されるコンピュートタイルはIntel 4を採用したが、GPUのグラフィックスタイル、NPUやコントローラを搭載したSOCタイル、IO関連を搭載したIOタイルはTSMCが担当している。Core Ultraシリーズ2のArrow Lake(開発コード名)は、コンピュートタイルがTSMCの3nmプロセス(N3)に変更された以外、構成がほぼ同じ (編集部撮影)
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Core Ultraシリーズ2であるLunar Lake(開発コード名)はベースタイルがIntelの22nmだが、コンピュートタイルがTSMCのN3B、プラットフォーム・コントロール・タイルがTSMCのN6プロセスをそれぞれ採用している (編集部撮影)
合従連衡が予想される今後のIntelの周辺
ごく最近、「IntelがAMDと協業か?」という、俄かには信じられない噂話が業界を飛び交った。キャッチーな記事を出したい業界誌の記事はすべて「噂話に過ぎないが……」という但し書きで始まっているが、読んでみると正確には「AMDがIntelの製造ラインを検討か?」ということらしい。
これでも私には「充分に信じられない」が、昨今のトランプ政権の動きと不気味な中国の沈黙を考えると、Intelの周辺ではこうした合従連衡はまったくありえない話ではないだろう。その場合、Intelという企業をx86 CPUの設計企業と見るか、x86 CPUを含めた先端半導体製造企業と見るかははっきりさせないと、大きな混乱が生じる。トランプ政権が捉えるIntelは製造企業だろうし、NVIDIAが捉えるIntelはx86 CPUの設計企業である。
CEOのLip-Bu TanはこれからのIntelをどこへ導くだろう?