2月14日の日本経済新聞朝刊に、「マイナンバー(カード)を健康保険証の代用可能で普及加速へ」((カード)は筆者が追加)という記事が掲載されました。そして、翌日2月15日には、菅官房長官が、デジタル・ガバメント閣僚会議で、マイナンバーカードを健康保険証として利用可能にする準備を進めるよう指示し、さらにマイナンバーカードの普及に向けて様々な対策を打つ考えも示した、と報じられました

その後、マイナンバーカードを健康保険証の代用可能にするための健康保険法改正案が閣議決定され、現在開かれている通常国会に提出されました。

今回は、マイナンバーカードがどのような仕組みで健康保険証を代用することになるのか、またこの政策でマイナンバーカードの普及に弾みがつくのか、みていきたいと思います。

マイナンバーカードと健康保険証をめぐるこれまでの動き

(図1)は、内閣府のホームページに掲載されている「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」の、マイナンバーカードのパートのみ切り出したものです。

このロードマップ(案)は、2019年1月現在として更新されていますが、2020年度からの「医療保険のオンライン資格確認システム整備等」の本格運用について検討するとしていることや、2020年度から「健康保険証としての本格運用開始」するという内容は、以前からも、このロードマップ(案)記載されていた内容です。

そのため、健康保険分野の主管官庁である厚生労働省では、以前から、マイナンバーカードで健康保険証の代用ができるように準備を進めてきました。

(図2)は厚生労働省保険局の「オンライン資格確認等について (2018年5月25日)」という資料のなかの、導入スケジュール(イメージ)を示したものです。

  • (図2)オンライン資格確認等の導入スケジュール(イメージ)

これを見ると、「オンライン資格確認システム」や、オンライン資格確認にマイナンバーカードを使用するために、必要となる個人単位の被保険者番号に対応するシステム改修などについて、それぞれ2017年度から検討が開始されていたことがわかります。

現在の健康保険証は扶養親族を含む世帯単位で発行され、被保険者番号も世帯単位となっています。一方、マイナンバーカードは、個人単位で発行されるものですから、個人単位で情報をマッチングできるようにするために、被保険者番号を個人単位にすることも、この計画のなかで行われます。基本的には、世帯単位の被保険者番号に個人を識別するための番号(2桁)を追加することになるようです。

(図2)のスケジュールで、「新被保険者番号(個人単位の被保険者番号)システム改修・準備」が、「オンライン資格確認等システム設計開発」と同時進行で進められるようになっているのは、このためです。

そして2019年度から2020年度にかけて、システムが開発され、2020年度の後半に、「オンライン資格確認システム」が運用開始されることとなっています。

つまり、マイナンバーカードを健康保険証の代用可能とする構想は、マイナンバー制度の施行(2015年度)前後から検討され、施行後の2017年度には、実現に向けて動き始めていたことになります。

この施策に関する、このところの報道を見ていくと、政府では、この施策をマイナンバーカードの普及策のように位置付けられているようです。

しかし、当初この施策が構想されていた当時は、マイナンバーカードの普及が、現時点で10%程度にとどまっているとは考えていなかったのではないかと思われます。なぜなら、せっかくシステムを構築しても、利用されない可能性が高いからです。

マイナンバーカードによるオンライン資格確認の仕組み

(図3)は、マイナンバーカードによるオンライン資格確認の仕組みとメリットが示された資料です。

  • (図3)オンライン資格確認導入によるメリット 厚生労働省保険局「オンライン資格確認等について」より

オンライン資格確認は、(図3)の上部の図で示されている通り、病院等の窓口に設置された読み取り機でマイナンバーカードの情報を読み取り、健康保険の資格情報を一元管理する支払基金・国保中央会にオンラインで照会、健康保険の資格情報を取得するといった仕組みで行われることになります。

この仕組みについて、この資料では、以下のように説明されています。

※マイナンバーカードの資格確認対応の医療機関・薬局では、保険者が変わっても、マイナンバーカードのみで受診等が可能(保険証を持参する必要がない)。
※マイナンバーではなくICチップの電子証明書により照会。ICチップに医療情報や資格情報は入れない。
※オンライン資格確認を実施しない医療機関・薬局の場合、現在の事務手続き等が変わるということはない。

マイナンバーカードに健康保険の資格情報を入れるのではなく、マイナンバーカードの個人情報から資格情報をオンラインで取得する仕組みであることから、医療情報などがマイナンバーカードによる運用で、漏洩することはないとされています。また、そのような仕組みから、資格確認対応の医療機関・薬局には、マイナンバーカードを持参すれば、保険証を持参しなくても良いことになります。

ただ、その一方で、「オンライン資格確認を実施しない医療機関・薬局の場合、現在の事務手続き等が変わるということはない。」とされています。ということは、オンライン資格確認ができるようになっても、健康保険証はなくならないということです。

健康保険証はどうなるのか?

マイナンバーカードによるオンライン資格確認を実現するために、個人単位の被保険者番号が発行されることになるわけですが、それに応じて、個人単位の被保険者番号が記載された保険証が、現行の保険証を切り替えて、発行されることも、計画されているようです。

(図4)は、この個人単位の保険証についての資料です。

  • (図4)個人単位の番号付き保険証様式案 厚生労働省保険局「オンライン資格確認等について」より

被保険者番号が個人単位になることで、個人単位で医療情報が管理できるようになり、将来、マイナポータルなどで個人の医療情報を確認できるようになることなどが、メリットとして想定されているようです。

マイナンバーカードが健康保険証の代用可能となるシステムができる一方で、新たな健康保険証が発行されるのであれば、二重にコストをかけることになります。

マイナンバーカードが健康保険証の代用可能となるシステムでは、病院などの医療機関にマイナンバーカードの読み取り機が必要となります。読み取り機導入などの補助金も検討されているようですが、システム稼働時に、全ての医療機関に読み取り機が導入されているとも思えません。

医療機関が、マイナンバーカードで健康保険証の代用可能となるシステムを活用すれば、窓口で今行われている保険証の確認作業がなくなり、医療機関にもメリットがあります。

(図3)の資料では、「資格過誤に起因する保険者の事務負担は年間約30億円程度、保険医療機関等の事務負担は年間約50億円程度と試算される。保険証の回収の徹底が困難な保険者では未収金も発生しており、事務コストをかけて資格を追跡しても不明なケースが少なくない。資格確認の導入によってこうしたコストの解消につながる。」とメリットを挙げています。窓口で日常的に行われる保険証の確認作業のコストが解消されることも合わせると、社会的には相当のコスト削減が見込まれるはずです。

ただし、システムにより、上記のようなコスト削減が実現するためには、受診する個人がマイナンバーカードを持っていなければなりません。また、マイナンバーカードを持っている個人が、病院などで受診する際に、保険証ではなく、マイナンバーカードを持参しなければなりません。

(図3)には、「マイナンバーカードの資格確認対応の医療機関・薬局では、保険者が変わっても、マイナンバーカードのみで受診等が可能(保険証を持参する必要がない)。」ということが、個人にとってのメリットのように記載されています。マイナンバーカードと保険証を比べると、保険証は必要になった時のことを考えて持ち歩く人は多いと思われますが、マイナンバーカードを持っている人でも、普段からマイナンバーカードを持ち歩く人は少ないのではないでしょうか。券面にマイナンバーが記載され、マイナンバーカードをなくすこと=マイナンバーの漏洩になると考えると、怖くて持ち歩けないという人が多いためです。

マイナンバーカードを持っている人でさえ、オンライン資格確認のシステムができても、病院で診療を受ける際にマイナンバーカードを持参するとは限りません。このように、マイナンバーカードを持っている人でも、このシステムを利用するかどうか分からないのに、実際にシステムを利用できるマイナンバーカードの所有者が国民の10%足らずしかいないということを考えると、病院等医療機関が読み取り機を導入するモチベーションは低いのではないでしょうか。

マイナンバーカードが健康保険証の代用可能となるシステムが、最初に構想された当時は、システムが実現する時期にはマイナンバーカードが相当数普及していて、先に見た健康保険組合や医療機関等のコスト削減に資するシステムとして考えられていたと思われます。

ただ、現状は個人レベルで、マイナンバーカードを持つメリットが見出せないから、マイナンバーカードは普及していません。マイナンバーカードがなくても、個人の生活で困ることはないのです。 この現実を深掘りして考えることなく、マイナンバーカードが健康保険証の代用可能となることで、マイナンバーカードの普及に弾みがつくという考えは、主客転倒した考え方ではないでしょうか。

マイナポータルや、今回取り上げたマイナンバーカードが健康保険証の代用可能となるシステムのように、マイナンバーカードが前提となるシステムに、これ以上コストをかける前に、マイナンバーカード普及の妨げになっている課題を深堀りし、その解決を図るべきではないでしょうか。そうしなければ、システム開発にかけたコストに見合うだけの、利用がないまま、推移してしまう可能性は高いと考えられます。

政府は、マイナンバーカードが健康保険証の代用可能となることが、マイナンバーカードの普及に弾みをつけるなど、安易に考えるのではなく、足元でマイナンバーカードの普及が進まない現実に、もっと眼を向けるべきではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。