2月2日の朝刊各紙には、法務大臣の諮問機関である法制審議会の戸籍法部会が取りまとめた「戸籍法の改正に関する要綱案」に関する記事が掲載されました。各紙の見出しは、様々ですが、日本経済新聞の紙版では「戸籍証明書提出不要に 結婚や年金受給など マイナンバー活用」(電子版)となっています。

要は、戸籍情報とマイナンバーを紐付け、戸籍証明書の提出が必要な届出について、マイナンバーを提示すれば、戸籍証明書の提出が不要になるということです。

この「戸籍法の改正に関する要綱案」は、2月14日に法務大臣に諮問され、その後、戸籍法改正案として今国会に提出、改正が成立すれば、2023年度に施行されることとなっています。

戸籍情報とマイナンバーの紐づけに関するこれまでの動き

(図1)は、内閣府のホームページに掲載されている「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」の、マイナンバーのパートのみ切り出したものです。

このロードマップ(案)は、昨年8月現在のものですが、これ以前のロードマップ(案)でも、時期の明示はなくても「戸籍」に関する記載はありましたので、戸籍情報とマイナンバーの紐付けは、政府の意向として早くから示されていたことになります。

そして、法制審議会戸籍部会が「戸籍事務へのマイナンバー制度導入」を課題として検討し始めたのが、一昨年の10月で、その後11回の会議を行い、今回の「戸籍法の改正に関する要綱案」に至っています。

マイナンバーはもともと住民基本台帳をベースに付番され、住民票で示される個人4情報(氏名、生年月日、性別、住所)と結びついています。これに対して戸籍は親族関係情報など、個人にとどまらない機微な情報も含まれるため、マイナンバーを紐づけることには異論もありましたが、漏えいに対する罰則規定を設けるなどで、この「戸籍法の改正に関する要綱案」としてまとめられたようです。

ただし、法制審議会戸籍部会が「戸籍事務へのマイナンバー制度導入」を検討していた昨年8月に示されたロードマップ(案)で、2023年度「戸籍情報の情報連携開始」と明示されていることから、法制審議会での検討が、こうした政府の意向ありきで進められていたと思わざるをえません。

政府としては、マイナンバーの利用範囲を広げることで、マイナンバー制度のメリットを示したいのでしょうが、マイナンバー制度にメリットを感じられない現状を大きく変えるほどのものになり得るのでしょうか。

(図2)は、法制審議会に提出された資料による、戸籍証明書の交付請求目的についての資料です。

このなかで、「銀行等、民間機関への提出」がどのようなケースかは、分かりませんが、これを除けば、全てが公的機関への提出です。また、ここに示されている戸籍証明書の添付が必要な届出は、住民票が必要とされる届出などに比べると、一人の個人としてみれば、そう何度もあるものでもありません。

そう考えると、住民票の添付省略に比べると、戸籍証明書の添付省略がもたらすメリットは、小さいと言わざるを得ません。ただし、戸籍証明書の取得が住民票に比べると手間がかかることを考えると、いざ戸籍証明書が必要なシーンでは、メリットを感じることもありえます。

コンビニ交付の現状と戸籍情報とマイナンバーの紐付け

戸籍情報を管理しているのは本籍地の市区町村であり、戸籍情報の電子化は個々の市区町村で進められてきました。ただし、それぞれの市区町村ごとに電子化が進められたため、これらの電子化された情報を直接連携することは、困難だとされてきました。今回のマイナンバーと戸籍情報の連携は、災害など不測の事態に備えて戸籍情報の副本を電子データで管理している法務省が、この副本データとマイナンバーを紐付けるシステムを構築し、市区町村が必要に応じて照会できるようにするものです。この情報連携により、市区町村に提出された戸籍証明書が必要な届出で、戸籍証明書の添付が不要になるということです。

また、これまで戸籍証明書は本籍地の市区町村に交付請求する必要がありましたが、今回の要綱案では、最寄りの市区町村でも入手できるようにする案も盛り込まれています。 一方、マイナンバー制度で、すでに提供されているサービスの一つである、マイナンバーカードを利用したコンビニ交付でも、本籍地の戸籍証明書を取得することができます。

(図3)は、コンビニ交付をアピールするために設けられたホームページで、戸籍証明書のコンビニ交付について説明したページです。

ここにもある通り、本籍地の市区町村がこのサービスに対応していないと、このサービスを利用することができません。

実際に、市区町村でコンビニ交付に対応している市区町村は2019年2月3日時点で581にとどまっています。また、このなかで、本籍地以外の市区町村からのコンビニ交付で、戸籍証明書の交付が可能な市区町村の最新情報は、上記のホームページで「サービス提供の市町村」のリストで確認するしかありません。 法制審議会戸籍法部会では、本籍地以外の市区町村で戸籍証明書を交付できる仕組みを「広域交付」と呼んでいます。(図4)は、法制審議会戸籍法部会に提出された、広域交付とコンビニ交付を比較した資料です。

これによると、住所地と本籍地が同一ではない場合でも、戸籍証明書のコンビニ交付が可能な市区町村は、昨年10月1日時点で249となっています。この時点で、コンビニ交付に対応している市区町村の52%程度しか対応しておらず、現時点でも300前後くらいと思われます。

広域交付は、市区町村が戸籍情報を電子化していることが前提となりますが、この資料では、ほとんどの市区町村で「戸籍事務を電子情報処理組織で取り扱う」ことができており、広域交付に対応可能とみているようです。また、この資料の「対象となる証明書」や「ターゲットとなる行政手続」で示されているように、広域交付では、市区町村の窓口で対応することで、コンビニ交付よりも、細かな対応も可能となるとして、コンビニ交付よりもメリットのあるサービスとして考えているようです。

では、ここまでコンビニ交付に対応するため、システム投資を進めてきた市区町村はどうするのでしょうか。まだ、本籍地以外からの戸籍証明書のコンビニ交付に未対応だった市区町村は、広域交付ができればコンビニ交付への対応は不要ということで、これ以上の対応は行わないのでしょうか。

これらについて、法制審議会戸籍法部会の審議過程では、特に言及はされていませんが、広域交付を可能にするために、新たなシステム投資が必要なことを考えると、コンビニ交付との二重投資を避けることは、きちんと考えて欲しいと思います。

デジタルファーストの視点から考える

今回の「戸籍法の改正に関する要綱案」が目指すのは、戸籍情報とマイナンバーを紐付けることで、これまで戸籍証明書の添付を必要としてきた手続きにおいて、添付を不要とすることです。ただし、手続きそのものの電子化までは考慮されておらず、これまでよりも手間は減りますが、一気に便利になるというわけでもありません。

また、コンビニ交付と、サービスとして競合する広域交付は、戸籍情報に限ったこととはいえ、システム投資の面からは、どうしても二重投資にみえます。コンビニ交付にしても、広域交付にしても、戸籍証明書は紙での交付です。コンビニ交付で、主に利用されていると思われる住民票や印鑑証明書にしても、紙での交付です。

政府が掲げるデジタルファーストの方向性では、手続きそのものを電子化し、添付書類はマイナンバーの活用などにより廃止していくのが本筋だと考えると、コンビニ交付にしても、広域交付にしても、あくまで過渡的なサービスで終わってしまうのではないでしょうか。

そもそも、デジタルファーストを掲げる政府が、デジタルが原則、紙は特例とすると言いながら、その目指すところを具体的にロードマップとして示せていないこと、そして省庁や国と市区町村などの枠を超えて、全体を統括して進めていく体制ができていないことが、問題なのではないでしょうか。

国にしても市区町村にしても、限られた予算でシステム構築していくことが強いられています。そのなかで、個人にとっても企業にとってもメリットがあり、社会的なコストを削減できるような行政手続きの電子化を優先的に進めていくべきではないでしょうか。そして、そうしたプロセスで、マイナンバー制度を有効活用するようにしていくべきではないでしょうか。そうしないと、デジタルファーストやマイナンバー制度のメリットで語られてきたことが、いつまでも実現できないことになってしまいます。

戸籍情報とマイナンバーを紐づけることで、戸籍証明書の添付が不要になることは、マイナンバーの新たなメリットではあります。しかし、2023年度までシステム構築に時間がかかる、それだけのコストをかけてまで、今取り組むべきことなのかという点では、疑問を感じてしまいます。

今国会にはデジタルファースト法案が提出されるといわれています。この法案が成立したのちは、デジタルファーストを本当に実現するために、必要なことのみに絞って、システムの優先順位を考えていくことが、大事になってくるのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。