サイボウズはこのほど医療業界におけるIT活用の課題に関するメディアセミナーを開催し、北九州総合病院の「kintone(キントーン)」活用事例について紹介した。
北九州総合病院は骨折患者のレジストリ(患者の診断内容、治療経過、予後などの臨床データを収集・管理するデータベース)登録業務の負担軽減を目指し、kintoneを基盤とした医療データ登録ソリューション「MEDITAL」を日本メディカル情報サポート(以下、NMIS)と連携し開発した。
kintoneとAI-OCR技術を組み合わせ、従来は1症例あたり最大30分程度かかっていた情報入力作業を、わずか5~6分に短縮した。
電子カルテがあっても手入力、転記作業が現場の負担に
患者レジストリを用いたエビデンス構築は進められているが、日本脆弱性骨折ネットワーク(FFN-J)や日本整形外科学会症例レジストリ(JOANR)など、登録すべきデータベースが分散している。
そのため、データベースに情報を登録する医師クラーク(医師事務作業補助者)の業務負荷が課題となっていた。手入力の作業が多く、入力漏れや入力ミス、同じ情報を何度も転記する作業などが多かったという。
医療現場では電子カルテの導入が進んでいるが、患者の個人情報や医療データが登録された電子カルテは外部のインターネットから物理的・論理的に切り離した運用が求めらている。
そのため、データをデータベースに登録する際には、インターネットに接続されたPCと院内のPCの画面を見比べて情報を転記する作業や、紙に一度データを書き写して、それをインターネットに接続されたPCに手入力する必要がある。
北九州総合病院では、慣れない医師クラークの場合、入力に1症例あたり最大30分かかる場合もあり、年間250症例を処理するための負担が大きくなっていた。
AI-OCRとkintoneで入力時間を30分から5分へ
このような課題を解決するため、北九州総合病院は2024年からNMISと共同で「MEDITAL」の開発に着手。このプロジェクトでは、北九州総合病院が医療現場の課題を提示して実装を検証し、NMISが課題解決と実装技術の開発を担当した。
特にデータ入力の負担軽減に寄与したのは、AI-OCR技術だ。従来は電子カルテの各所に散在する情報を手作業で転記する必要があったが、AI-OCR技術を使うことで電子カルテの画像から必要なデータを自動で読み取り、kintoneに入力できるようになった。
これにより、1症例あたり30分かかっていた入力作業が5~6分で完了できるように。作業時間が約6分の1になったほか、入力ミスや作業者のストレス軽減、登録するデータの質の向上につながった。
北九州総合病院 副院長 整形外科の福田文雄氏は「医療現場には、電子カルテの形式や、医師や看護師など多職種が関わっていること、症例登録の方法など、外からではわからない業務も多い、ITベンダーにはぜひ現場観察を通して、課題を知ってほしい。学会への参加など、異業種の交流をしてほしい」と話していた。
「まず作る、すぐ改善する」が成功の要因に
「MEDITAL」の開発においては、最初から完璧なツールを目指したのではなく、「実装しながらゴールを設定する」開発を進めたとのことだ。
まず最初に、複数のレジストリに重複した内容を登録する手間を省略するため、kintoneで統一した入力フォームを構築した。しかし、そもそも現場では画面にデータを入力する手間が課題となっていたことから、大きな改善にはつながらなかった。
次に、AI-OCRで写真の内容を解析しデータベースに取り込む仕組みを実装。しかし、電子カルテのどこに必要な情報があるのかわかりづらく、医師やベテランの作業者に写真撮影を依頼しなければならず、結果的に医師の業務負担につながったという。
その後、レジストリ用のフォーマットを解析し、AI-OCRで取り込む機能を実装したところ、医師クラークが写真を撮影するだけで作業を完結できるようになり、業務効率化を実現できた。
NMIS 取締役の鈴木孝充氏は「私はIT業界の人間で、医療現場のことを知らなかった。反対に、医療現場はITに精通した方ばかりではない。今回のプロジェクトでは、動くプロダクトを迅速に作り、毎週のように改善しながら現場のフィードバックを受けたことが成果につながった。これは、簡単にシステムを開発できるkintoneを基盤として採用したメリットだ」と話していた。
このような改善を進めた背景には、骨折患者の治療データを継続的に収集・分析するレジストリ登録業務の存在がある。医療の質向上や国際比較を実現するため、日本でも症例データベースの整備が進められているが、その運用には多くの人的負担が伴っていた。
医療の質向上に欠かせない症例登録、現場では電話・FAXも
そもそも、なぜこれほどまでに症例登録業務の効率化が求められているのか。その背景には、日本で進められている骨折患者データベースの整備がある。
FFN-Jでは、医療の質向上や健康寿命の延伸を目的に、国際的なデータベースと共通指標を持つ「日本版-National Hip Fracture Database」の構築を進めている。これにより、病院間や地域間、国際的な比較を行うことで、日本の適正治療の確立や二次性骨折予防の徹底を目指している。
しかし、「日本版‐National Hip Fracture Database」には、手術や入院といった急性期、リハビリを伴う回復期、かかりつけ医に移行した後の生活期のデータ登録が必要だ。急性期であれば、医師だけでなく看護師や薬剤師など多職種でのデータ登録が求められる。
また、回復期・生活期においては、30日、120日、365日それぞれの情報を登録する必要がある。患者が再診に来ない場合には、電話で聞き取る作業が必要となる。
では、なぜこれほど大きな負担をかけてまで症例登録を進める必要があるのか。その背景には、高齢化に伴う骨折患者の増加と、骨折後の寝たきりや要介護状態を防ぐという課題がある。
高齢化で増える骨折患者、医療データ活用が重要に
少子高齢化に伴い、医療機関にかかる患者数は増加傾向にある。中でも、骨密度が低下する骨粗しょう症は、大腿骨などの骨折につながり、寝たきり状態や介護を必要とする状態になりやすく、社会課題となっている。
こうした背景から、高齢者における大腿骨近位部の骨折は、早期の手術・治療と早期の回復を目指すことが世界的な標準的となっている。例えば英国のガイドラインでは「入院日または翌日に手術」、米国では「入院した日に手術」が推奨されている。
しかし日本においては、平均3.65日の手術待機時間が発生しており、ガイドラインでは「なるべく早期に手術」との表記にとどまっている。世界では48時間以内の手術が標準とされる中、日本はギャップが生じている。












