10月1日、マイナポータルの「ぴったりサービス」に、「就労証明書作成コーナー」が開設されました。

就労証明書は、子供の保育所等の入所を申し込む際に、親が働いていることの事実を証明する書類として、添付が必要になるものです。就労証明書が必要となるのは、企業で働く従業員などですが、証明書を作成するのは企業の担当者です。

マイナポータルは、個人がマイナンバーカードでログインして使用するものですが、今回の「就労証明書作成コーナー」では、マイナポータルにログインしなくても使用できるために、企業の担当者でも利用できるようになっています。

マイナポータルの新たな活用法となるか、新たに開設された「就労証明書作成コーナー」についてみていきながら、マイナポータルのこれからを考えてみましょう。

「就労証明書作成コーナー」とは

従業員などが、保育所等の入所を申し込む際に必要となる「就労証明書」は、様式の統一が進められてはいますが、市区町村ごとに様式や名称が異なるままになっているところも多くあります。そのため、現状は、提出までには以下のようなフローが必要となります。

  1. 従業員などが市区町村のホームページなどで様式を入手、紙に印刷
  2. 従業員などは企業に紙の様式へ必要事項の記載を依頼
  3. 企業の担当者は、各市区町村の様式に応じて、必要事項を記載
  4. 必要事項を記載した就労証明書へ会社印を押印して従業員などに交付
  5. 従業員などは、紙の「就労申請書」を、保育所の入所申請書とともに、市区町村へ郵送または窓口に提出

これが、「就労証明書作成コーナー」では、(図1)のように変わることになります。

(図1)の左側”BEFORE”では、上記の1~5のフローが図示されています。そして、右側”AFTER”に図示されているのが、「就労証明書作成コーナー」を利用する場合のフローです。”AFTER”の図の右側にメリットがまとめられています。

「就労証明書作成コーナー」で就労証明書を作成する場合は、必要項目を入力するだけで、各市区町村の様式に反映されますので、従業員など申請者本人が様式を取得する手間が無くなります(メリット① かんたん入手)。

また、企業の担当者はインターネットにつながる環境があれば、パソコンで入力することで、就労証明書を作成することができます(メリット② らくらく作成)。各市区町村の様式に応じて、手書きで作成することに比べると、随分楽になるのではないでしょうか。

メリット③の「すすっと電子申請」は、注意が必要です。(図1)の右のフローでは、フローの④で、「打出・押印・交付」とされています。つまり、企業の担当者が作成した「就労証明書」は、紙で交付されるのです。では、どのようにして従業員など申請者は、電子申請するのでしょうか。

(図2)は、内閣府のホームページの『「就労証明書作成コーナー」のご紹介』という資料で、「メリット③ すすっと電子申請」を説明したページです。

この(図2)の通り、電子申請するためには、企業から交付された紙の就労証明書を写真に撮って、アップする必要があるということです。また、現在電子申請できる市区町村は約3割とのことですので、申請者の全てが電子申請できるわけではありません。

このメリット③は、まだまだ不十分と言わざるを得ませんが、企業にとってみると、メリット①と②が得られるだけでも、十分利用価値はあるのではないでしょうか。 もともと、マイナポータルは、マイナンバーカードを持っている個人が、マイナンバーカードでログインして、子育てで必要となる電子申請など、個人が利用するものとして、これまで機能が用意されてきました。

今回の、「就労証明書作成コーナー」は、子育てで必要となる電子申請に関連して、企業が作成、従業員などに交付する書類を作成できるようにすることで、企業側の負担も軽減しようとする意図がみてとれます。そして、企業が利用できるようにするために、この「就労証明書作成コーナー」は、(図3)の通り、マイナポータルへのログイン不要で、利用できるようになっています。

国税庁では、個人の納税者向けに、所得税申告書作成コーナーを、随分以前から開設し、多くの納税者に利用されています。給与所得者が医療費控除や寄附金控除のために申告する場合、このコーナーで申告書を作成し、そのまま電子申告することもできますし、紙に印刷して税務署に提出することもできます。電子申告する場合は、マイナンバーカードが必要になりますが、紙に印刷して税務署に提出する場合は、マイナンバーカードは不要です。

今回の「就労証明書作成コーナー」は、個人向けと企業向けとの違いはありますが、この国税庁の所得税申告書作成コーナーに似た仕組みということができます。このコーナーは、従業員などが市区町村などに提出するために、企業に作成、交付を依頼している書類について、マイナポータルのホームページに、ログインなしで企業が作成できるコーナーを用意し、企業の手間を軽減できるようにしたもの、ということになるのではないでしょうか。

マイナポータル 今後の課題

上記のように「就労証明書作成コーナー」をみていくと、このコーナーがマイナポータルにある必然性はないように思えます。総務省が、市区町村共同ページのようなサイトを作り、そこにコーナーを開設しても、できることは同じことになります。

では、なぜマイナポータルに「就労証明書作成コーナー」を開設したのでしょうか。

マイナポータルは、マイナンバーカードを有している個人が、アカウントを取得して利用するのが、本来の使い方です。そのマイナンバーカードの交付数は、7月1日現在、約1,472万枚、人口に対する交付率では11.5%に留まっています。マイナポータルのアカウントの取得数は、公表されていませんが、マイナンバーカードの交付数を下回っていることは、間違いありません。

(図4)は、内閣府のホームページで、マイナポータルでできることを説明したページで、図示されているマイナポータルの画面イメージです。

(図4)に振られている番号のサービスを列記すると、以下の通りです。

1.民間送信サービスとの連携
2.公金決済サービス
3.自己情報開示(あなたの情報)
4.お知らせ
5.よくある質問/問い合わせ登録
6.サービス検索・電子申請機能(ぴったりサービス)
7.情報提供等記録表示(やりとり履歴)
8.もっとつながる(外部サイト)
9.代理人
10.マイナンバーカードのパスワード変更

6.の「ぴったりサービス」では、子育てに関するサービスを検索して電子申請ができるようになっており、政府は、これを「子育てワンストップサービス」と呼んで、マイナポータル開設当初からアピールしてきました。ただし、実際に電子申請が可能な市区町村数は、10月1日現在359団体に留まっています(「ぴったりサービス サービス検索・電子申請の対応状況」より)。

こうした現実から、マイナポータルのアカウントを取得している人でも、本当に便利さを実感できるように利用できているのは、ほんの一部の人にとどまるのではないでしょうか。私も、マイナポータルのアカウントを取得し、時々ログインしてみますが、自己情報開示くらいしか提示される情報もなく、ほとんど利用価値がないといった状況です。

政府は、今後、子育てワンストップサービスだけでなく、引っ越しワンストップサービスなどの機能も「ぴったりサービス」として追加していくとしています。ただし、引っ越しなどは、一人の個人や一家族にとって、それほどの頻度で行うわけではありませんので、引っ越しワンストップサービスの機能追加が、マイナポータルの利用促進につながるとも思えません。

こうしてみてくると、今回の「就労証明書作成コーナー」を、マイナポータル上に開設したのは、改めてマイナポータルの存在を認識させるための施策というように考えられます。

企業が、この「就労証明書作成コーナー」で、就労証明書を作成し従業員に交付することで、従業員にマイナポータルの存在をアピールする、そのような狙いがあるように思えます。ただし、紙で交付された就労証明書を写真に撮らないと電子申請できないこと、この電子申請に対応している市区町村が3割程度しかないことを考えると、マイナンバーカードを持っていない従業員が、マイナンバーカードを取得してまで、マイナポータルを利用しようというモチベーションにはならないのではないでしょうか。

「就労証明書作成コーナー」で作成した就労証明書は、印刷するためにPDFでダウンロードできますが、同時にXMLデータとしてもダウンロードできるようになっています。理想的なフローとしては、企業が「就労証明書作成コーナー」で作成した就労証明書のXMLデータに電子署名して、従業員のマイナポータルに送信。従業員は保育園の入所申請書に、就労証明書データを添付して電子申請といったことができれば、この「就労証明書作成コーナー」の開設を機に、マイナポータルを利用しようとする個人も増える可能性はあります。

ただし、先ほどみた「ぴったりサービス サービス検索・電子申請の対応状況」が改善されない限り、マイナポータルの利用が一気に進むことはないのではないでしょうか。マイナポータルの課題は、市区町村の電子申請に対する統一的な対応ということになりますが、残念ながら現状、そのような動きはみられません。

今回取り上げた「就労証明書作成コーナー」は、企業にとっては手間を軽減できる仕組みになっています。このコーナーが利用されていけば、企業が従業員に交付し、従業員が市区町村など行政機関に提出する書類については、今後同様のコーナーが開設される可能性があります。まず、企業がこのコーナーを利用し、より良いサービスにしていくための要望を上げていくなかで、企業が利用する「作成コーナー」と、個人が利用するマイナポータルが有機的に結びつけていく仕組みができていくようになれば、企業にとっても、個人にとっても本当に便利な仕組みができることになります。

この「就労証明書作成コーナー」が、そうした動きの先駆けになるのかどうか、今後の利用状況などをみていきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。