「公平・公正な社会の実現」「国民の利便性の向上」「行政の効率化」を掲げたマイナンバー制度が施行されたのは、2015年10月。その後に、通知カードの送付も始まり、2016年1月から「マイナンバーの利用」、税や社会保険の届出書類へのマイナンバーの記載がスタートしました。制度施行から2016年にかけては、企業において従業員からのマイナンバーの収集が進められ、2016年分の給与所得に対する年末調整で、源泉徴収票や給与支払報告書へのマイナンバーの記載が始まり、「マイナンバーの利用」が本格的にスタートしました。

こうしてスタートしたマイナンバー制度施行から、すでに4年が経過しました。今回は、この4年間を振り返ってみたいと思います。

「マイナンバーの利用」は定着したのか

企業や中小企業の委託を受けている税理士は、今まさに年末調整業務を行なっている真最中ということになります。

多くの中小企業や税理士は、2016年の年末調整時には、初めて源泉徴収票や給与支払報告書へマイナンバーを記載することになり、その前まで従業員のマイナンバーの収集を行い、そのマイナンバーの管理に安全管理措置が求められることから、大きな負担を感じながらも、政府の「マイナンバーの利用」に寄与してきました。

その後も、毎年、新入社員からマイナンバーを収集し、引き続きマイナンバーの管理を行いながら、その後追加された社会保険関連の書類へのマイナンバーの記載や、毎年の年末調整での源泉徴収票や給与支払報告書への記載を続けてきました。

そして、今ではこうした「マイナンバーの利用」が話題になることは、ほとんどなくなりました。

では、「マイナンバーの利用」は定着したのでしょうか。

その指標になるのは、実際にマイナンバーの記載が求められる書類への、マイナンバーの記載率になります。残念ながら、従業員のマイナンバーが記載対象となる給与支払報告書などのマイナンバーの記載率は、公表されていません。

マイナンバーの記載率が公表されている所得税の確定申告書では、最新の2018年分の所得税確定申告書で、その記載率は83.1%でした。所得税確定申告書にマイナンバーの記載が初めて求められたのは、2016年分からですが、当初からその記載率は83%程度で推移しており、約17%の所得税確定申告書はマイナンバーの記載のないまま、受け付けられています。

年末調整で、マイナンバーの記載が求められる源泉徴収票や給与支払報告書についても、同じような状況が想定されます。マイナンバーの記載が始まった当初から、マイナンバーの記載がなくても、特に企業や税理士にマイナンバーの記載を促すような指導は、ほとんど行われていません。これは、所得税確定申告書や社会保険関連でマイナンバーの記載が求められる届出書類でも同様です。

では、行政側ではマイナンバーの記載がない場合、どのように対応しているのでしょうか。

行政側のマイナンバー利用は、2017年11月に運用開始された、(図1)のような情報連携により、本格化したとされています。

ただし、以前にこの連載でも書いたように、行政機関が地方公共団体情報システム機構に問い合わせて、マイナンバーを取得することはできていました。

そして、この情報連携によって、行政側では税などの負担を不正に免れたり、給付を不正に受けたりすることを防いで「公平・公正な社会の実現」や「行政の効率化」をはかることができるようになったはずです。

一方、この情報連携で、民間でメリットを受けるのは、個人が行う手続きにおいて添付書類が省略できるなど、その多くは個人なのです。

「マイナンバーの利用」において、個人番号関係事務実施者として従業員のマイナンバーの管理を行わなければならない企業や税理士などには、管理するために大きな負担を負いながら、全くメリットはないことになります。

また、行政手続きの電子化を進める政府は、その原則の一つとして同一の情報提供を求めないワンスオンリーを掲げています。マイナンバーについて、この原則を当てはめるなら、同じ行政機関に提出する書類に一度マイナンバーを記載して提出したら、次回以降はマイナンバーについて、以前提出したものと同様とすれば良いのではないでしょうか。

行政側の「マイナンバーの利用」は、行政機関間の情報連携により、おそらく定着したといえるのでしょう。

一方、民間企業ではマイナンバーを収集・管理している企業と、何もしないまま、現在も、マイナンバー記載対象の書類にマイナンバーを記載しないまま提出している企業が存在する状態で、「マイナンバーの利用」が定着してしまったと思われます。

マイナンバーを収集・管理している企業では、「マイナンバーの利用」でメリットを受けるわけではなく、マイナンバーの管理のみが求められています。経済団体なども、企業におけるマイナンバー管理の負担軽減を求める提言をしています。

マイナンバー制度施行から4年が経過した今、企業や税理士などの従業員のマイナンバー管理については、個人番号関係事務実施者という位置付けも含めて見直ししても良いのではないでしょうか。

「国民の利便性の向上」は実現したのか

「国民の利便性の向上」という意味では、行政機関間の情報連携により、個人の行政手続きで住民票などの書類の添付不要などが実現してきました。

ただし、もともと「国民の利便性の向上」を象徴するものは、マイナポータルだったはずです。そのマイナポータルは、マイナンバーカードの普及率が14%程度にとどまるなか、マイナポータルで利便性を感じている国民は、それほどいないのではないでしょうか。

そのためか、政府はここにきて、マイナンバーカードの普及に力を入れてきました。

このところ話題になっているのは、国・地方の公務員に2019年度中のマイナンバーカード取得を促す動きです。マイナンバーカードの取得を「依頼」するという形をとっているものの、各部署にマイナンバーカードの取得状況を定期的に報告するように求めたりしたため、実質的な強制と受け止め、自治労などの反発を招いています。

マイナンバーカードやマイナポータルは、政府・地方自治体が一体となって進めるマイナンバー制度の柱でもあります。そのため、これらの施策を担当する公務員が自ら進んでマイナンバーカードを取得し、マイナポータルを実際に使用して、より利便性を高めるような改善策を考えるというのは、あるべき姿ではあると思いますが、全ての公務員およびその被扶養者までマイナンバーカードの取得を勧奨するというのは、行き過ぎの感があります。実際に、2019年度中に、どこまで公務員のマイナンバーカードの取得が進むのか、注目していきたいと思います。

また、2020年9月からは、オリンピック後の景気対策として、マイナンバーカードを活用したポイント還元制度の実施が検討されています。自民党がこの還元率を25%にするように提言したことが日本経済新聞などで報じられましたが、マイナンバーカードの普及率が伸びなければ、景気対策としての効果も薄れることになります。そこで、ポイント還元率を上げることで、マイナンバーカードの取得を促す効果もあるとみているようですが、この施策も、マイナンバーカードが普及しない現状の課題を解決するものになり得るかと言えば、疑問符がつきます。

要は、マイナンバーカードが普及しないのは、マイナンバーカードがなくても不自由しないからです。マイナポータルには、度々見にいきたくなるような有用な情報があるかといえば、ありません。個人で所得税の電子申告をする人は、マイナンバーカードが必要だから取得しますが、利用するのは一年に一回だけです。

また、マイナンバーが記載されているために、マイナンバーカードを持ち歩くことが怖いと思っている人たちの懸念に対して、政府から本質的な答えは示されていません。

こうしたマイナンバーカードの普及を妨げている課題に、正面から取り組まないまま、公務員への取得勧奨や、ポイント還元制度で高い還元率を実現するような施策に効果があるとは思えません。

この先、マイナンバーカードの健康保険証としての利用も予定されていますが、それまでにマイナンバーカードの普及を妨げている課題に、きちんと取り組んでいくことが、政府には求められているのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。