前々回「マイナンバーカード普及へ 政府の動きが加速?」で、6月4日にデジタル・ガバメント閣僚会議で決定された、「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」の内容についてみてきました。このなかで、「マイナンバーカードの健康保険証利用」などの具体的な工程表などは、8月を目処に公表するとしていました。
そして、9月3日に開かれたデジタル・ガバメント閣僚会議で、マイナンバーカード普及に向けた取組について、健康保険証利用の工程表を始め、様々な取り組みの概要が公表されました。
今回は、9月3日のデジタル・ガバメント閣僚会議で公表された資料をベースに、マイナンバーカード普及がどのように促進されていくのか、みていきたいと思います。
マイナンバーカードの健康保険証利用はどのように進むのか
(図1)は、「マイナンバーカード交付枚数(想定)・マイナンバーカードの健康保険証としての医療機関等の利用環境整備に係る全体スケジュール」という資料から、マイナンバーカードの想定交付枚数と健康保険証利用の全体スケジュールを、合わせて示したものです。
これをみると、来年2020年8月には、「マイナンバーカードの健康保険証利用」の詳細仕様を確定し、医療機関等へシステム提供するベンダのソフト開発を受けて、医療機関等におけるシステム整備を開始するとしています。そして、約半年後の2021年3月末には、健康保険証利用の本格運用で、医療機関等の6割程度での導入を目指すとしています。その翌年の2022年3月末には、医療機関等の9割程度での導入を目指すとし、2023年3月末には、概ね全ての医療機関等での導入を目指すとしています。
このような医療機関等のシステム導入の拡大に合わせて、以下のように、マイナンバーカードの交付枚数の拡大を見込んでいます。
時期 | 医療機関等のシステム導入割合 | カード交付枚数(想定) |
---|---|---|
2021年3月末 | 6割程度 | 6,000~7,000枚 |
2022年3月末 | 9割程度 | 9,000~10,000枚 |
2023年3月末 | 概ね全て | ほとんど全ての住民 |
システム導入割合6割で、カード交付枚数の想定が6,000枚、9割で9,000枚というのは、単なる数合わせにすぎないように見えます。個人が複数の医療機関にかかっている場合、一つでもマイナンバーカードが健康保険証として使用できないのであれば、複数の医療機関に対して、今と同様に健康保険証一つで済むからです。
全体のスケジュールをみると、医療機関等が利用するシステム開発にはそれほど時間がかからないようになっていますので、早め早めに医療機関等へのシステム導入を進め、全ての医療機関等で「マイナンバーカードの健康保険証利用」ができる時期を早めることが大事なのではないでしょうか。
(図2)は、医療機関等のシステム整備の工程表と保険証利用の移行スケジュールを合わせた資料です。
医療機関等で、マイナンバーカードを健康保険証利用できるようにするためには、(図2)の工程表にある通り、大きく分けて3つのシステムを組み合わせて使用することになります。
まず、医療機関等では、マイナンバーカードを読み取り、読み取った個人情報から、健康保険組合に問い合わせて、健康保険証情報を取得するシステム。
上記の問い合わせを受けて、該当する健康保険組合に問い合わせ、健康保険証情報を返すオンラインで資格確認等を行うシステム。
そして、オンラインで資格確認等を行うシステムからの問い合わせに答えて、健康保険証情報を返すための、健康保険組合のシステム。
この3つのシステムのうち、オンラインで資格確認等を行うシステムについては、すでに政府主導で設計・開発のフェーズに入っており、来年度の第一四半期には、運用開始できるようなスケジュールで動いています。
また、医療機関等のシステムは、マイナンバーカードを読み取るカードリーダの導入と、読み取った情報を、上記のオンライン資格確認のシステムを利用して送信、返ってきた情報を確認できるようなシステムになります。このシステムについては、これから仕様を決定し、ベンダへの仕様公開、ベンダによるシステム開発、提供というプロセスを進めていくことになります。予定通りに仕様公開・開発等が進み、医療機関等のシステムとのつなぎ込みがスムーズに進めば、システム対応できることになります。課題は様々な医療機関等がそれなりの費用負担をしてまで、システム導入を進めるのかということになります。 この点については、(図1)の全体スケジュールに、今年10月に「医療情報化支援基金」設置とあるように、医療機関等のシステム導入やシステム改修に関して、補助金等で支援していく体制も用意されるようですので、ある程度スムーズに進むのではないかと、考えられます。
課題は、健康保険組合のシステム対応です。政府が管掌する、協会けんぽや国民健康保険などは、それなりに予算が担保されるでしょうから、システム対応はある程度スムーズに進められると考えられますが、民間の健康保険組合はどうでしょうか。民間の健康保険組合は、約10万事業所(事業主)が加入しており、被保険者数は約2,950万人と言われています。健康保険組合によっては、予算がなくて、システム改修も覚束ないといったところもあると考えられますが、これに対する支援策などは、今回の資料の中には見当たりません。
(調査不足により、このよう記載をしてしまいましたが、健康保険組合には、システム改修に対して、厚生労働省より補助が行われるようです。<9月19日追記>)
並行して進められるマイナンバーカードの取得促進策と課題
今回公開された資料のなかに、「保険者におけるマイナンバーカード取得促進策等」がありますが、民間の健康保険組合であれ、協会けんぽであれ、マイナンバー取得促進に向けた取組として、「事業主(企業)と加入者(従業員等)向けに、順次、オンライン資格確認に関する周知広報及びマイナンバーカードの取得要請を行う」ことが促されています。 健康保険組合に対して、なぜ被保険者のマイナンバーカード取得に力点が置かれているかというと、被保険者がマイナンバーカードを取得し、健康保険組合のシステムに初回登録つまりは保険証としての登録([図2]の保険者等の工程表参照)まで済ませておかないと、「マイナンバーカードの健康保険証利用」ができない仕組みだからです。
民間の健康保険組合のなかには赤字の組合も多いため、健康保険組合のシステム構築が、すべての組合できちんと進むのかどうか、不安を感じざるを得ませんが、それよりも、事業者を通して従業員にマイナンバーカードの取得を促すための広報などに、予算が投じられるようです。
また、国家公務員や地方公務員には、率先してマイナンバーカードを取得するように促していくようです。公務員に対するマイナンバーカードの取得促進は、かねてから言われてきたことではありますが、現状の交付枚数が2019年7月1日現在で、約1,727万枚(人口に対する交付率13.5%)ということからすると、国家公務員や地方公務員およびその家族のマイナンバーカードの取得も、まだまだ進んでいないため、今回もその共済組合を通した取得促進策が、改めて施策として取り上げられたものと思われます。
こうしてみてくると、「マイナンバーカードの健康保険証利用」を契機に、個人が所属する健康保険組合等を通して、マイナンバーカード取得を促すことで、マイナンバーカードの普及を進めようという、政府の意気込みを感じます。
ただし、「マイナンバーカードの健康保険証利用」に関するネットの記事などをみていると、前々回私も書いたように、マイナンバーカードを持ち歩くことの「怖さ」を語る人たちが多いのも事実です。この点が払拭できないと、「マイナンバーカードの健康保険証利用」のためのシステムが整っても、マイナンバーカードの普及は進まない可能性も大きいのではないでしょうか。「マイナンバーカードの健康保険証利用」ができるようになっても、健康保険証がなくなるわけではないため、マイナンバーカードか健康保険証か選択できるのであれば、マイナンバーカードを持ち歩くことに「怖さ」を感じる人たちは、健康保険証を選ぶのではないでしょうか。
こうした健康保険組合による取得促進策に呼応するように、9月3日、内閣府のマイナンバーサイトに、マイナンバーカード広報ポスターやリーフレットが新たに公開されました。
以下の6点のポスターやリーフレットが公開されています。
・ポスター「これからは手放せない!マイナンバーカード」
・つくってみよう!マイナンバーカード
・こんなときあってよかった!マイナンバーカード
・マイナンバーとマイナンバーカード この2つの違いは?
・持ち歩いても大丈夫!マイナンバーカードの安全性
・つかってみよう!マイナポータル
(図3)は、「持ち歩いても大丈夫!マイナンバーカードの安全性」のリーフレットです。
このリーフレットは2面に渡って、内容が展開されています。
この2面目に、「マイナンバーを知られても、あなたの個人情報を調べることはできません!」と説明されています。その一方で、すぐ下には、「マイナンバーを悪用した場合には厳しい罰則があります!」としています。
マイナンバーを悪用できるのであれば、やはり、マイナンバーを知られてはいけないと思うのが、普通の感覚ではないでしょうか。
マイナンバー制度施行当初に、ニュースなどでマイナンバーの悪用に対する厳しい罰則が強調されたため、「マイナンバーを知られてはいけない」「マイナンバーが記載されているマイナンバーカードを持ち歩きたくない」といった感覚を、今も多くの人が抱いています。このことを前提に、もっと踏み込んだ施策を取らないと、マイナンバーカードの健康保険証利用も、政府の描くようなマイナンバーカード普及の目玉政策としての効果を、発揮できないことになりかねないのではないでしょうか。
「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」の冒頭に書かれている通り、マイナンバーカードは、「国民にマイナンバー制度のメリットをより実感していただけるデジタル社会を早期に実現するため、安全・安心で利便性の高いデジタル社会の基盤」となるものです。ところが、「メリットをより実感していただけるデジタル社会」の実現が眼に見える形で、進んでいるとなかなか実感できない状況が続いているのが現実です。マイナンバーカードが普及しないからデジタル社会が実現できないのか、デジタル社会が実現できないからマイナンバーカードが普及しないのか、ということでは、確実に後者のはずです。
「マイナンバーカードの健康保険証利用」も単なるマイナンバーカード普及のための施策ではなく、よりメリットのあるデジタル社会の実現につながる施策になっているのか、という点も大事なポイントになってきます。 マイナンバーカードを持ち歩くことに「怖さ」を感じることの解消と、よりメリットのあるデジタル社会の実現が見えてこないと、マイナンバーカードが本格的に普及していくことは難しいのではないでしょうか。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。