潜水艦を探知するには、水中で発生するさまざまな音から、潜水艦特有の音を聞き分ける必要がある。これまで熟練のソナー員が担ってきた音響情報の解析を、AIで支援する技術の開発が進んでいる。

米ロッキード・マーティンは8月5日、対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare)向けの音響情報処理システム「SensorMAX」に関する情報を発表した。従来からある音響情報処理システムと何が違うのか。ASW用の音響情報処理システムだけなら昔からあるが、ここで取り上げるのにはちゃんとした理由がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • SensorMAXの試験に使用したのは、この写真の機体と同型の、米海軍の哨戒ヘリコプター・MH-60R 撮影:井上孝司

    SensorMAXの試験に使用したのは、この写真の機体と同型の、米海軍の哨戒ヘリコプター・MH-60R 撮影:井上孝司

潜水艦の探知はなぜ難しい? 熟練ソナー員が担う音の分析

SensorMAXのキモは、音響情報処理の分野に人工知能(AI : Artificial Intelligence)と機械学習(ML : Machine Learning)を持ち込んだこと。

水中ではレーダーは使えないから、潜水艦の探知に使用するセンサーの主役は音響を用いるセンサー、すなわちソナーとなる。自ら音波を発して探信を行うアクティブ・ソナーなら、方位も距離も把握できるので確実性が高いが、探信しているこちら側の存在が、相手にも知れてしまう。

だから、覚られずに捜索するためにはパッシブ・ソナーが必要だが、音響を聴知したら直ちに「探知が成立」とはいかない。そもそも潜水艦の側も静粛性を追求しているから、発する音響のレベルは小さくなる一方であり、微弱な音響を聞き取らなければならない。

しかも海中には潜水艦以外の音源もあるから、バックグラウンド・ノイズがそれなりにある。その余計なノイズを排除して、敵潜が発する音響だけを拾い上げたい。

そして、単に音が聞こえますというだけでなく、スクリューが発する音などを手がかりにして回転数(≒速力)を推定したり、スクリューの数を推定したり、周波数分布などのデータに基づいて艦のクラスを推定したり、といっためんどくさいプロセスが必要になる。

そして、この面倒なプロセスは基本的に、経験を積んだソナー員の能力に依存している。実際にソナーを使って海中のさまざまな音、各種艦船が発する音などを聴知して、頭の中に「ライブラリ」を構築した熟練のソナー員は、ASWを遂行する場面で重要な“資産”である。

AIは潜水艦の音を聞き分けられるか

では、そのソナー員の経験をAIに学習させることで、代わりを務めさせることはできないか。そんな考えが、SensorMAX開発の動機になっているのではないかと思われる。

高速フーリエ変換(FFT : Fast Fourier Transform)を用いると、時間とともに変わる信号や波形に対して、どのような周波数成分がどれくらい含まれているか、という分解・変換の計算処理が可能だ。

そこで、さまざまな音響データについてFFTで処理した結果を用意して学習させることで、「この時間軸に対してこういう周波数分布を持つ音響であれば、その正体は○○ではないか」といった推論ができるようにしたのであろうか。

ASWに力を入れている国であれば、実際にソナーで聴知した音響データの蓄積があるはずだから、それをトレーニング用のデータとして活用できよう。だから、トレーニングに使える音響データを多く蓄積している海軍は、そうでない海軍と比べると、AIを活用する音響情報処理システムを開発する場面で有利な立場になる。

米海軍の哨戒ヘリで実証、最大8系統の音響情報を同時処理

このSensorMAXは、2026年のリムパック(RIMPAC : Rim of the Pacific)演習に持ち込まれた。搭載する機体は米海軍の艦載哨戒ヘリコプターMH-60Rオーシャンホークだ。

ロッキード・マーティンの説明では、「MH-60Rが投下したソノブイが水中で収集した音響情報データ・ストリームを機上の搭乗員に送り、それをSensorMAXで処理して生成した情報を地上に送る」としている。理屈の上では、陸上の施設だけでなく、水上戦闘艦や空母に送ってもよいはずだ。

  •  P-8Aポセイドン哨戒機の機内で、ソノブイを発射機にセットする搭乗員。(Photo : USAF)

    P-8Aポセイドン哨戒機の機内で、ソノブイを発射機にセットする搭乗員。(Photo : USAF)

ソノブイから上がって来るのは生の音響データだから、それをSensorMAXで解析して、聴知した敵潜のクラス、位置、速力などといった「行動を発起するための判断材料として使える情報」(actionable information)の形にまとめる。それを地上あるいは艦上のASW担当に送れば、攻撃するなり回避するなり、なんらかの意思決定を行える。

そして、SensorMAXを通じて陸上・艦上に送る「処理済みの情報」は、ソノブイから上がって来る生データと比べるとデータ量が少なく、しかも「データ」ではなく「情報」の形になっている。つまり、SensorMAXはAIによるソノブイ・データのエッジ処理を行っているともいえる。

そこでAI/MLを活用することの利点は、再学習とアップデートを行える点にある。実際、SensorMAXでも「迅速な再学習が可能」との触れ込みを掲げており、モデルはOTA(Over-the-Air)アップデートが可能だとしている。RIMPAC演習でも、実際にアップデートを実施したと説明されている。

また、SensorMAXは、最大8件までのソノブイ監視フィードを同時に処理できると説明されている。P-8Aみたいな大型の哨戒機と違い、MH-60Rにはセンサー担当者は1名しか乗っていないから、コンソールもひとつだけ。それでは人力で処理できる能力には限りがある。そこでSensorMAXを持ち込めば、処理能力が増大して、同時に対処できる脅威の数を増やす効果も期待できよう。