水上艦や民間の船舶で、なにかまずいことがあって沈没してしまった場合。一瞬にして爆沈あるいは轟沈すれば話は別だが、沈むまでに時間があれば、その間に脱出する時間的余裕はあるかもしれない。ところが、もともと海中を行動している潜水艦だと、事情が違ってくる。

DSRVとは

潜水艦が沈没した場合、どうするか。現場の水深が大きく、耐圧殼の強度限界(に安全率を乗じた数字)を超えてしまっていれば、圧壊して一巻の終わりとなる。しかし、水深がそれほどでもなければ、圧壊せずに着底する可能性が出てくる。それなら、艦内の酸素供給が切れる前に、なんとか乗組員を救出できないか。

当初は、沈没現場の真上に救難艦を持って行って、海中にレスキュー・チェンバーを降ろすやり方が用いられた。しかし、海面から海底までチェンバーを降ろして、それを潜水艦の甲板上にあるハッチと接続するのは難しい。海が荒れていればなおさら。

ということで考え出されたのが、深海潜水救助艇(DSRV : Deep Submergence Rescue Vehicle)。レスキュー・チェンバーと違ってDSRVは自航式だから、着底した潜水艦のところまで自力で出向いて、ハッチの真上に陣取る操作ができる。

DSRVの下面にはスカートが付いていて、それをハッチにかぶせてから中の海水を抜き取ることで、DSRVと潜水艦の間の行き来が可能になる。そして、潜水艦の乗組員をDSRVに移乗させて救出する仕組み。

DSRVは、専用の母艦に載せて現場に展開するのが基本的なやり方で、海上自衛隊もそうした艦を保有している。米海軍では、原潜の背中に背負わせるやり方も用いていた。

  • 海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちよだ」。円津の向こう側に物々しい構造物があるが、ここにDSRVの格納・発進・回収用の設備がある。ちなみに艦番号は「404」だが、ちゃんと存在している 撮影:井上孝司

    海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちよだ」。煙突の向こう側に物々しい構造物があるが、ここにDSRVの格納・発進・回収用の設備がある。ちなみに艦番号は「404」だが、ちゃんと存在している

  • かつて米海軍が運用していたDSRV「ミスティック」。専用の母艦を使う方法以外に、こんな風に潜水艦の背中に載せることもできた。DSRVの下部に、潜水艦のハッチと接続するためのスカート部が見える 写真 : US Navy

無人救難艇の登場

ところが最近、そのDSRVの無人バージョンが登場している。それが米海軍のSRDRS(Submarine Rescue Diving and Recompression System)で、DSRVの退役に伴い、後継機として開発された。水深2,000ft(約600m)まで対応できるという。

もともと、オーストラリア海軍が先に同種のシステムを使用していて、それを米海軍でも導入した次第。救出用の潜水艇(PRM : Pressurized Rescue Module)に加えて、潜水病治療用のチェンバーや、PRMの発進・回収に使用するクレーン装置などで構成する。

潜水艇が沈没・着底した潜水艦のところに出向いていって、乗組員を救出する、という動作の根幹は有人DSRVと同じ。DSRVと違うのは、母船の船上からPRMを遠隔操作すること。

自律航行だと測位という課題が加わってしまうが、遠隔操作なら、基本的には母船から「あっちに行け」「こっちに行け」と指示するだけで済む。海中では無線通信は使えないから、当然、有線である。

沈没・着底した潜水艦は水平とは限らないし(PRMは45度までの傾斜なら対応できる)、潜水艦のハッチの上に精確に占位してドッキングするという微妙な操船を求められるから、無理しないで遠隔操作にする方が確実であろう。

参照 : 米海軍のファクトシート

まず、救難ではなく調査用のROV(Remotely Operated Vehicle)を送り出して、沈没した潜水艦の状況を調査・確認する。これはScorpio (Submersible Craft for Ocean Repair, Position, Inspection and Observation)という品物だが、バクロニムくさい名称である。

位置と状況を確認したら、救出を担当するPRMを送り出して、乗組員を救出する。一度に救出できる人数は16名だ。潜水病の治療が必要になった場合には、母船の船上に用意したSRS-SDS(Submarine Rescue System - Submarine Decompression System)を使用する。

これらの機材一式は、輸送機に乗せて空輸できるようになっている。前任のDSRVも空輸できたが、それと比べるとSRDRSのほうがコンパクトにまとまっているようだ。

専用の母艦あるいは原潜を必要とするDSRVと異なり、SRDRSはしかるべき要件を満たしたフネなら何でも母船にできる点が異なる。といっても、発進・回収用のクレーンを船尾に据え付けなければならないので、後部に広い甲板を備えた、かつ定位置保持の機能を備えたフネでなければ使えないだろう。

では、なぜ無人のSRDRSを導入したのか。無人化しても、母船の側にオペレーターが必要になるから、省人化が目的というわけではなさそうだ。考えられるのは機材の小型化。オペレーターが救難艇に乗り込まなければ、その分だけ救難艇をコンパクトにできる。

  • 軍用海上輸送司令船商船「HOS Dominator」にSRDRSを設置している様子 写真 : US Navy

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。