何かと話題である軍事関連のCOTS(Commercial Off-The-Shelf:既存民生品)の事例。前回はコンピュータ本体をはじめとするハードウェアの話が中心だったので、今回はソフトウェアの話をしよう。「軍用のパッケージ・ソフトウェア」にも触れてみたい。

OSの活用は、もはや日常

まず、Windows、Linux、商用UNIXといったオペレーティング・システムの利用だが、これはもはや「日常」であり、殊更に特筆するような話ではなくなっている。もちろん、すべての軍用コンピュータが民生品と同じオペレーティング・システムを使っているというわけではないが、使えるものなら民生品で済ませてしまえ、という話である。

そもそも、民生品を活用するメリットとは何か。すでにモノがあるのだから、オペレーティング・システムを新規に開発してテストする手間がかからない、というところは容易に想像がつく。展開後のバグ修正、セキュリティ脆弱性対処、といった辺りの事情も同じだ。

それだけでなく、開発環境が充実している利点も無視できないと思われる。民生品のオペレーティング・システムでは、開発環境を充実させて、開発者に対するさまざまな支援プログラムを用意することが、結果としてオペレーティング・システムの普及を後押ししている。

その状況は、軍用のアプリケーション・ソフトウェアを開発する際にもメリットになる。開発環境はすでにあり、技術情報もそろっているわけだから、あとはアプリケーション・ソフトウェアの開発に専念できる。その分だけ開発に要する期間やコストを抑えられるし、リスクも減る。

市販アプリケーション・ソフトの活用

では、オペレーティング・システムではなく、アプリケーション・ソフトウェアの分野はどうか。

もちろん、軍用でしか出番がない分野のソフトウェアは、新たに開発しなければならない。流用元になる民生品が存在しないのだから。しかし、作戦任務に関わるものはそうなるとしても、そういうソフトウェアばかりでもない。

軍事組織といえども、人事、経理、各種事務処理などの仕事は民間企業と同様に存在するし、むしろ民間企業より煩雑になっているかもしれない。そういう分野で利用するソフトウェアについては、民生品で済ませている事例が多々ある。

例えば、米国防総省の契約情報でしばしば名前が出てくるところだと、SAPなどのERP(Enterprise Resource Planning)ソフトウェアがある。単にERPソフトウェアを導入するだけでなく、ERPの手法を活用して兵站業務を改善するという話が出たこともある。

また、Oracleのデータベース製品やVMwareの仮想化製品も、米国防総省が販売代理店に発注契約をかけた事例を確認している。探せばまだまだ、なじみの市販ソフトウェアを導入している事例は出てくるだろう。

電子メール、ワードプロセッサ、表計算、プレゼンテーションなどの分野については「いわずもがな」。外部向けの公開が許可されているプレゼンテーション資料が、PowerPointのファイルだったり、PowerPointで作られたと思われるスライドをPDF化したものだったり、という話は日常茶飯事である。

以前、米国防総省のメール配信サービスで受け取ったメールのヘッダを調べてみたら、送信元のサーバがMicrosoft Exchange Serverだった、なんていうこともあった。ちなみに、今は別のメールサーバに変わっているようだ。

そういえば、2017年9月に「アメリカで、政府機関のコンピュータからロシアのカスペルスキー製品を撤去するよう指令が出た」とのニュースがあった。裏を返せば、それまでは政府機関でカスペルスキー製品を使っていた事例があったわけだ。国防総省や軍のコンピュータで使用事例があったかどうかは不明だが、さて真相やいかに。

軍用ソフトウェアのパッケージ化

厳密にいうとCOTSの話ではないのだが、COTS的な発想ということで、御容赦いただきたく。

それが何の話かというと、軍用ソフトウェアをパッケージとして売り出している事例があるのだ。こうなるともう、民生品の企業向けソフトウェアと変わらない。

その典型例が、デンマークのシステマティック社(Systematic A/S)が手掛けている指揮統制支援ソフトウェア「SitaWare」。いわゆるBMS(Battle Management System)の機能を実現する製品だ。BMSとは、従来は紙の地図を使って行っていた戦闘指揮の任務をコンピュータ化するもの、と考えていただければよい。

司令部レベルで使用する「SitaWare Headquarters」、前線部隊で使用する「SitaWare Frontline」、個人レベルで使用する「SitaWare Edge」といった具合にさまざまな製品があり、これらを組み合わせて使用する。上級司令部で使用するものならデスクトップPCを使うだろうし、個人レベルならタブレットPCやスマートフォンになる。

参考 : SitaWare製品情報

  • 「SitaWare Headquarters 6.6」の画面

  • 「SitaWare Frontline 2.0」の画面

昔なら、無線電話や有線の野戦電話を使って、各所から彼我の状況、戦況に関する情報を集めて、それを紙の地図の上に重ねたトレーシング・ペーパーにグリース・ペンシルで書き込んだり、駒を置いたりして状況認識の手段としていた。指揮官や幕僚は、それを見ながら意志決定して指令を飛ばすわけだ。

BMSは、その機能をコンピュータ化する。データはコンピュータ・ネットワークを通じてシステムに入ってきて、それをコンピュータが整理した上で、画面上に状況図(picture)として表示する。

こういう機能を実現するソフトウェアは、どこの国の軍隊でも必要としている。軍隊が戦闘指揮を行う際の仕事のやり方が、国によってべらぼうに異なるわけではないから、共通性はそれなりに高いだろう。

そうなると、新規開発のための資金や時間を持ち合わせていない中小国の軍隊では、独自にBMSソフトウェアを開発・配備・メンテナンスするより市販品で済ませるほうがよい、という考えが出てきても不思議はない。

といっても、さすがにこの業界になると「相手構わず」というわけにはいかないから、同盟国ないしはそれに近い関係の国が相手になる。SitaWareはデンマークの製品だから、いわゆる西側諸国が主な販路となる。具体的な導入事例としては、本家本元のデンマーク以外に、アメリカ、スロベニア、ニュージーランドがある。