グーグル電子図書館がもたらすもの

前回に引き続き、全米著作権協会の顧問弁護士、ジャン・コンスタンチン氏のインタビューをお送りする。同氏は、3年余りにわたり争われたグーグル ブックス訴訟で協会弁護士を務め、和解にこぎつけた。和解案に対する評価とともに、裁判を通じて付き合ってきた"グーグルという会社"に対する考えについても伺った。

インタビューに応じるジャン・コンスタンチン氏(写真奥)

──それにしても今回の和解ではプラットフォーマーであるグーグルに譲り過ぎた内容という批判が絶えません

ジャン・コンスタンチン グーグルと私たちの論点を整理してみましょう。グーグルは図書館蔵書のデジタル化は (1)万人の利益 (2)絶版蔵書の再活用 (3)検索結果にはスニペット(検索内容の前後2~3行)しか表示しない──のでフェアユースであると主張しました。

これに対し私たちは著者の許可を受けずスキャンすること、たとえスニペットしか表示しなくてもグーグルは全文をスキャンしているのだから著作権を侵害している、と訴えたわけです。

合意では著者にオプトアウト(拒否を表明する権利と、同時に表明しなければ受諾したことになる)の権限を与え、著作権をコントロールする権利を守った。確かに、これは従来のオプトイン(個々に使用者が著作権者に許諾を要求する)からの変更です。しかし、インターネット時代に合わせた対応(の変化)は著作者にも出版社にも求められている。

公平に見てグーグルが行っている図書デジタル化のプラス面も評価するべきだ。絶版になって閲覧が難しかった本を容易に読むことができるようになる、ヒマラヤの小さな村で育つ子供たちでもミシガン大学図書館のすべての書籍にアクセスできる世界が実現することは素晴らしいこと。また音声化が容易なデジタル情報化は視覚不自由者への福音でしょう。私たちはグーグルのこうしたミッションには賛成している。

──でもフェアユースで得たデジタル書籍データの版権はグーグルに移る。また検索ページに表示される広告販売権の独占には他のIT企業からも批判が強いですよ

ジャン・コンスタンチン グーグルは、すでに1,200万~1,300万冊をスキャンしました。マイクロソフトも、かつて同じようなプロジェクトを始めましたが3万冊をスキャンした段階で、コスト上の理由から断念した。世界の出版史上かつてない事業に投資、実行できるのはグーグルだけなのです。

グーグルはスキャンにしてもページの真ん中が黒くならない技術も開発した。情報セキュリティの問題、海賊版への対策にも多額の投資をしている。私たちはグーグルを拒否するのではなく、彼らにたづなをつけて(harnessing Google)共生しなくてはならないのです。

──3年間、裁判を通じて付き合ったグーグルという会社をどのようにご覧になっていますか

ジャン・コンスタンチン あなた達が"グーグルの問題"と言っていることの多くは、実はインターネットの問題なのです。キンドルで本を途中まで読み、次の朝起きてiPhoneを見たら、昨晩読みかけのチャプターに関係する広告メールが入っている、という時代に生きているわけです。IT社会では情報が独占される、あるいはリンクされることによって常にプライバシー侵害の問題とかかわりあってゆかねばならない(このことから完全に逃れることはできない)。

グーグルは非常にスマートな集団。また自分たちの使命を強く認識し、ビジョンを持っている。グーグル電子図書館が実現することで読者、作家、出版界も最終的には恩恵を受けることができると考えます。

──しかし和解案には米司法省も疑義を投げかけていますね

ジャン・コンスタンチン 米司法省はクラスアクションの適用に関して異議を唱えている。私たちは司法省の考え方は間違っていると考えています。連邦政府の介入は、米著作者協会とグーグルの和解を妨げ、電子図書館の実現および読者、著者、出版社が受けるべき利益を遅延させることにしかならない。

課金に揺れる新聞業界、Eブックを巡る出版業界

――あなたはルパート・マードック氏の「ニュース・コーポレーション」社で18年間、法律顧問を務めましたね。あなたが見るマードック氏はどんな人でしたか。また同氏が進めるニュース・コンテンツの課金化の成否については、どのように見てますか

ジャン・コンスタンチン マードック氏は真にジャーナリズムを愛し、メディアに対する情熱とビジョンのある人です。しかし「料金の壁(Pay Wall)」の導入は遅すぎましたね。特殊な経済情報などを除いて課金制は難しいでしょう。ネット・ユーザーは無料の情報提供に慣れてしまっているから。

マードック氏のNYポストはわずか25セントだった(ほぼニューヨーク・タイムズの四分の一=筆者注)。この値段では全くペイしないが、安さで読者を増やし、それによる広告収入の増加で経営を支えてきた。トラフィックを増やして広告収入を得るという仕組みではウェブ・ビジネスと同じモデル。ただ新聞は広告が激減して、そのビジネス・モデルが成り立たなくなったのです。

──最後にキンドルなど電子端末が出版業界に与える影響についてどう見ていますか

ジャン・コンスタンチン Eブックは価格設定に問題がある。アマゾンは、店頭29ドルのベストセラーを9.99ドルで販売し、損をしてもシェアを確保する戦略に出た。アマゾンにすれば、キンドル端末の売れ行きが好調でこの利益を充当しているといわれる。

しかしこの政策は出版業、書店には打撃だ。そこで(教科書出版大手の=筆者注)マクミラン書店は、「出版側がEブック価格を決定する。それをアマゾンが飲まないなら"Windowing"(ハードカバーを出版してからEブックを発売するまでの期間)を延長する」と交渉し最終的に価格決定権を取り戻した。しかし交渉期間中、反発したアマゾンはサイト上のマクミラン出版物につては、「購入ボタン」を外すという対抗策に出た。我々はこれに抗議してキャンペーンを展開した。キンドルがEブック市場を独占しているとこういうことが起こる。その意味でiPadやソニー・リーダーが参入して市場競争が生まれることは作家、出版界にとって望ましいことだ。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。