前回、紹介したジャーナリズム・オンラインのゴードン・クロビッツ氏らペイ・ウォール派(ニュース・コンテンツ課金)の主張を単純化すればこういうことになるのであろう。

「ニュース・コンテンツの発掘、裏付け作業には手間も人手もかかる。サイト上の広告売り上げでは、到底そのコストをまかなえない。従って読者は、記事の有料化を受け入れて欲しい。質の高い、正確な情報提供は読者の利益でもあるのだから」。

この理屈は、ニュース製造、送り手側からすればもっともであろう。しかし、消者サイドから見れば「都合の押しつけ」に映る。3月31日付のpaidContent:UKは、昨年12月から課金制に移行したイギリス地方紙の惨憺たる結果を伝えている。3ヶ月間の購読5ポンド(約700円)に設定したJohnston Press傘下6紙電子版の申し込みは「せいぜい二桁の下、もしくは一桁」という結果に終わった。無料に戻るのは時間の問題である。

このデータとの比較で面白いのはiPad発売後2週間で同端末を通じてウォール・ストリート・ジャーナル(以下、WSJ)電子版を購読した人が3,200人いたという記事(ブルームバーグ・ニュース4月16日)だ。この購読者数を多いと見るかどうかは分かれるところだろう。しかし、より興味を引くのは以下の点だ。WSJサイト上で申し込んでラップトップやオフィスPCで見る購読者が月約8ドル、紙と電子版の両方を購読しても月9~14ドル(サービス期間などで変動)。これに対してiPad版WSJの月極め値段は17.29ドルと倍以上する。

新発売のiPadには「おためし購読期間」が設けられている、あるいは会社の経費で落としている人が多い、といった見方が強いが、それだけだろうか。同じことはキンドル上でも起きている。PC上で無料閲覧できるワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズだが、キンドル購読者は月15ドル前後の購読料を支払っている(ニュース提供サービスに若干の差がある)。

電子ブックリーダー市場へのiPad参入で電子書籍料金も多様化した。出版側の価格設定権に配慮したiBook Storeでは14ドル台が多いがシェア拡大に全力集中するキンドルは同じコンテンツでも9.99ドルにこだわり続ける。新規参入のグーグル・エディションも新価格体系を導入するだろう。一方で、同じ本が書店では29ドル前後する。もっともアメリカでは再販制がないからベストセラーといえども1カ月くらいたてば20~30%の値引きはザラではあるが。

こうした二重、三重価格が共存する中で消費者の購買行動が一番安いキンドルに集中しているか、というとそうでもない。

アップルによると、4月末の集計でiPad向け電子書籍販売は150万件を突破している。O'Reilly Radarのデータではその中身は「フィクション、小説」がトップで約30%、価格帯も8~14ドルと幅広い。

これらの結果から言えるのは、要は消費者のライフスタイルや好み、利便性が数ドル単位(数百円)の価格差に優越している、ということだ。無論、手に取れる"実物"の手触り、背表紙にこだわるアナログ読者も多く残っている。

こうした傾向を、現状ではキンドル、iPad利用者が比較的高所得で中年層に多いという事情に支えられているからとみることも可能だろう。

しかし本コラム読者も体験しているように手帳代わりの携帯で情報をひろえるなら消費者は課金に応じているのである。

これに関連して先日、慶應義塾大学SFC研究所 プラットフォームデザイン・ラボの主催で行なわれた「電子書籍ビジネスの未来」というシンポジウムは、日本における電子書籍の今後を占う意味で大変参考になった。

パネリストは『Twitter社会論』の津田大介氏、電子出版、Discover 21の干場弓子社長、著作権法の専門家である福井健策弁護士や民主党、自民党の議員、メディア関係の学者の方々。私もパネリストの一人として招かれたが、この中で既成メディアの代表者という位置づけであった。

ディスカッションの様子は次号で伝えるが、全員の意見が一致したのはキンドルやiPadの出現によって、これまでの編集 → 原料用紙の購入 → 印刷 → 取次 → 書店 → 消費者という流れの中で編集と消費を除いた中間部分は、いずれ中抜きされて行くだろう、という点であった。

無論、この過程で著作権の扱い、また日本独特の問題として末端小売価格をメーカーが指定できる再販制度をどうするか、といった問題がある。もっとも電子図書には再販制度が適用されない。だからアメリカと同じように「電子媒体と紙の本との価格差は、あって当たり前」が常識化する日は意外と早いのではないだろうか。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。