本連載では日本ヒューレット・パッカード(HPE)のさまざまな社員の「こぼれ話」を綴ります。→過去の「マシンルームとブランケット」の回はこちらを参照。

自慢の「1億円サーバー」が売れなくなった

2008年に、当時HP(現日本ヒューレット・パッカード、HPE)で最も高額な部類のサーバー「HP Superdome」の日本での製品担当となり、「実機体感センター」を開設し、システムが止まったら新聞沙汰となるような鉄道や航空会社の運航管理、携帯電話の通信制御など、日本の社会のインフラを支える多くのシステムに採用いただいておりました。

  • マシンルームとブランケット 第27回

    2010年に発表された「HP Integrity Superdome 2」(写真右側の筐体、名称は当時)

しかし、2011年ごろから風向きが変わり始めます。AWS(Amazon Web Service)や、Microsoft Azureといったパブリッククラウドの台頭です。

HP Superdomeを継続的に購入いただき、定期的に製品説明会など行っていたお客さま担当の営業から「もうクラウドに出しちゃったから、ハコの話は不要なんだよね、と言われちゃいました」との報告が……。

実機を見て「HPの技術力はスゴイね、だから安心なんだよ!」と感動いただいたお客さまや、時には障害が発生しご迷惑をおかけしたときも、保守エンジニアとともに一生懸命に原因分析や対策を実施し「HPのエンジニアの方のスキルはすごいね」とおっしゃっていただき、その後も弊社製品を継続的に採用していただいたようなお客さまが、すごい勢いでパブリッククラウドに移って行かれました。

「もうシステムの管理したくないのだよね」「会社でまずはクラウドを検討する、クラウドファーストという戦略が決まってしまって」……。

そりゃそうですよね。1億円のサーバーを買うには、経営陣の決済が必要になる。その説得には、情報システム部の皆さまは膨大な手間と時間をかける必要がある。

しかも購入した後は自分たちで管理をしなければならない。それに比べて、パブリッククラウドは、クレジットカード1枚で利用開始ができる。数万円レベルからスタートできるので、経営陣の決済を取らなくても素早く開始ができる。しかも自分たちでシステムの管理をしなくてもいい。

実機をお見せして、他社との目に見えにくい差を実感いただくという、入社以来自分が得意としていた戦い方が、まったく実機を見ることもできないパブリッククラウドに完敗。ドミノ倒しという言葉がぴったりな状況でした。

「焦るな。待ってろ!」

本当にたくさんのお客さまがオンプレのシステムをやめて、パブリッククラウドに移られました。ただ、最後まで残っていたのは、非常に保守的な文化を持つ金融業界でした。データを外に出す、ということに心理的な抵抗はかなり強かったようです。

しかし、それも時間の問題でした。2017年に、日本で最大の銀行である三菱東京UFJ銀行(当時)を含む三菱UFJフィナンシャルグループがパブリッククラウドへの移行を表明したのです。メガバンクの方針は、他の銀行の方針に大きな影響を与えます。この動きが決定的となり、最後の砦であった金融業界もパブリッククラウドに一気に流れ始めました。

2018年にAntonio Neri(アントニオ・ネリ)が新たにHPEのCEOに就任しました。私は、「この状況を打破するために、きっとHPEは自社の製品を利用してパブリッククラウドを提供するに違いない」と、勝手に考えていました。しかし、待てど暮らせど新CEOからは「パブリッククラウドを提供する」といった発表がされませんでした。

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    「Discover 2023」でプレゼンテーションを行う現CEOのAntonio Neri(アントニオ・ネリ)氏

その当時、Antonioから社内外に向けてさまざまなメッセージが出されましたが、私なりの解釈は「焦るな。待ってろ。パブリッククラウドに行ったお客さまは必ず戻ってくる。そういったお客さまが喜ぶオンプレの製品を開発、販売するんだ」というものでした。

Antonioは「現在の戦略は前任CEOであるMeg Whitmanとともに、数年かけて作り上げたものだ」と、その当時よく話をしていました。となると、この状況はMegが就任した2011年あたりから予想されていたことのようです。とはいうものの、私自身内心本当に不安でしょうがありませんでした。

  • マシンルームとブランケット 第27回

    前CEOのMeg Whitman氏(2016年当時の写真)

「4個目」の選択肢

その戦略の結果ですが、日本“以外”の国では効果が出始めました。さまざまな理由でパブリッククラウドからオンプレに帰ってくるお客さまが増え始めたのです。コストやデータ保護の観点など、さまざまな要因がありますが、確かにしっかりと戻り始めたのです。 HPEは上記で書いた「クラウドから戻ってきたお客さまが喜ぶオンプレの製品・サービス」を徹底的に提供し続けています。例えば、利用期間・ストレージの容量・速度について「松竹梅」などと住所を書けば、その住所のスペックに合ったストレージを設置するサービス(HPE GreenLake for Block Storage)を提供しています。

使った容量にあわせて月額請求、使い終わったら1年でも返却可能、ストレージ自体の管理もすべてインターネット上の専用コンソールから行えます。まさにパブリッククラウドに慣れ親しんだユーザーにとって便利な、オンプレのソリューションです。

そういった観点からシステム構築時、Amazon Web Services(AWS), Microsoft Azure, Google Cloud Platform(GCP)といった、主要3クラウドの選択肢に加えて、HPE GreenLakeをオンプレで動くクラウドといった捉え方で4個目の選択肢に入れていただけるお客さまが増えてきました。

ただし、上記で書いた通り、まだまだ日本“以外”のお話です。日本はまだ、パブリッククラウドに移行中、もしくはこれから移行するというお客さまが多く「クラウドから戻る」お客さまをターゲットとしたビジネスは始まったばかりです。

しかし、着実に手応えは感じ始めており、われわれの歴代CEOの戦略は正しかったのだと実感しています。もうHPEが潰れるとは思わなくなりました。

日本ヒューレット・パッカードの社員によるブログをぜひ一度ご覧ください。製品やソリューションの紹介だけではなく、自身の働き方や日々のボヤきなど、オモシロ記事が満載です。