前回のお話で、高僧ナーガセーナは自分のことを「実体のないものです」と語っていました。自己紹介をする時に「自分は実体のないものです」と話す人はなかなかいないと思いますが、あなたは自分について語る時、どんな話をするでしょうか?

「自分の本当の姿」を表す禅宗の言葉に、「本来の面目」というものがあります。さまざまなとらわれや善悪の価値観すら取り払った時に現れてくる、「真実の心」のようなもので、自分で自分の心を探究し、本来備わっているはずの真実の心をその人自身の中から体験する(己事究明)ことが禅の目指す境地であるとされています。

名前・肩書き・国籍・趣味嗜好・価値観・思想など、その人がどのような人物であるかを表す要素はたくさんあります。しかし、それらはその人本来の姿ではなく、その姿を覆う後付けの要素に過ぎない、といったように考えるわけですから、前回の「実体がない」と同じようになかなかつかみ所のない話です。

中国の詩人・蘇東坡は、自然の中の景色から「柳は緑 花は紅 真面目」(やなぎはみどり はなはくれない しんめんもく)と詠みました。

「柳が緑色で花が紅色であるように、そしてその中で自分だけが違う色になってやろうと躍起になる柳の葉や赤い花がないように、ありのままの姿がそれだけで真実を表している」という意味の通り、「その人らしさ」というものは、同じ括りの集まりの中でもそれぞれの自然体の中に滲み出てくるものなのかもしれません。

「個性的であろう」とか、逆に「○○らしく」「周りに合わせよう」とふるまっても、それが自分の自然体と逆のことであればいずれは苦しくなってしまいます。

そんな苦しさを感じたら、自分の心を点検して、平常心や自然体のような何気ないふるまいの中に、自分らしさの答えを探してみてはいかがでしょう。

■こむぎこをこねたもの、とは?

■著者紹介

Jecy
イラストレーター。LINE Creators Marketにてオリジナルキャラクター「こむぎこをこねたもの」のLINEスタンプを発売し、人気を博す。その後、「こむぎこをこねたもの その2」、「こむぎこをこねたもの その3」、「こむぎこをこねたもの その4」をリリース。そのほか、メルヘン・ファンタジーから科学・哲学まで様々な題材を描き、個人サイトにて発表中。

「週刊こむぎ」は毎週水曜更新予定です。