オープニングではSales SVPがフェラーリに乗って登場

Steve Zelencik (出典:「THE SPIRIT OF ADVANCED MICRO DEVICES」)

8時きっかりに全体会が始まると、ホスト役のSales SVP・Steve Zelencikが登場する。世界中の営業を束ねる幹部だ。営業の間では"Z"で通っている。契約書、社内文書のサインも"Z"一文字で、ちょっと古いが怪傑ゾロのようで格好がいい。スポーツカーマニアで、ド派手な爺さんだ。登場の仕方も凝っていて、ある年は表舞台の向かいの裏扉から、ビキニのブロンドお姉さまが運転するハーレーのバイクの後部座席に乗って両手にピースサインで登場したり、ある年は舞台のそでから大音響とともに本物のフェラーリに乗って大音響とともに登場したりといろいろと趣向を凝らす(あれは本当にびっくりした…)。

Sales Conferenceは毎年テーマが決まっていて、全体会ではZのオープニングプレゼンの後、各国のSales VP、各製品部門の担当VPらが次々と登場し個性豊かなプレゼンを展開する。私は、最初の年から日本のSales VPのプレゼンの準備をする仕事にかかわったので、前の日からホテルに入り、舞台裏でも準備をする機会もあったため、いろいろな人と会ったし、各プレゼンの準備に居合わせたこともあって、さまざまなプレゼンテーションを見てきた。大変よい経験であった。というのも、最近の日本ではもう常識になったプレゼンテーションスキルの重要性をこの時代から目の前で勉強できたからだ。アメリカの会社においてプレゼンテーションの機会を与えられるというのは大きな特権であって、その機会を活かせるかどうかがその人のキャリアに大きく影響を与えるというのを実際に経験できたのは貴重であった。

日本人はともすれば、プレゼンは内容が重要なのであって、どう見せるかは二の次だと考える傾向がある。そのせいで、いろいろな国際会議で見る日本人のプレゼンは、内容はいいのだが、いかにもアピールの仕方がつたないという場合が多くある。アメリカの場合は内容も重要だが、どう見せるかがその個人の能力の大きな要件の一つとなっている。その人が持っている個性を重視するからだ。これはアメリカだけでなく、万国共通の要件であることは明らかである。そういう意味で、AMDのSales Conferenceで各責任者が何を、どういう形で伝えるかということには大きな意味があって、その分各人とも周到に準備と練習をして本番に臨んでいる。本番でメッセージがあいまいであったり、伝え方が弱いとそれなりの評価が下ってしまうので、各責任者も真剣である。しかも、最前列でCEOとその取り巻きが陣取って、世界中から集まった600人の聴衆の前でのプレゼンなのでなおさらだ。

ある年などは、日本チームは"あるAMD営業の一日"というショートビデオを作成して持ち込んだ。実際の営業員を登場させ、その一日を追うというルポルタージュ風のビデオで、私がスクリプトも、ナレーションも担当して(さすがに撮影はプロに頼んだが)、東京山手線の満員電車の通勤の様子や、お客とのかしこまったやり取りとか、当時は珍しかったカラオケのシーンなど、多分に大げさに表現して外人受けするビデオを見せるとかなり評判がよかったのを覚えている。

全体会ではゲストスピーカーも登場する。私がおぼえている有名どころでは、アメリカ商務省で日米貿易交渉の米側責任者を務めたクライド・プレストウッズ、"Built To Last"という本で有名なコンサルタントのジム・コリンズ、ジェミニ8号に乗り込み奇跡の生還を果たした宇宙飛行士ニール・アームストロングなどが招かれて、大変に面白い話を聞かせてくれた。

会議の様子 (出展: ADVANCED INSIGHTS)

"ジャパン・サムライ、ストロング!!"

午後は、Break-out セッションと言って、各製品のマーケティングの責任者が50分の講義を行う。各責任者たちは、自分の製品を世界の営業に売り込もうといろいろな工夫を凝らす。大抵セッションの最後にクイズがあり、正答者にその製品部特製のTシャツがもらえる。中には結構いいデザインのものもあって、私もTシャツ欲しさに積極的に質問したり、手をあげたりしていた。このようなセッションが午後に4~5つスケジュールされ、夕方になるとチームイベントだ。

チームイベントでは、各国営業、各製品グループが10チームくらいに分かれて、ホテルのプライベートビーチでいろいろなスポーツイベントが行われるのである。ある年などは、チアリーディングコンテストなどもあり、各国が大げさな衣装で恥ずかしいような応援を披露する。

ビーチバレーボール、競泳、カヌー競争、障害物競走、毎日行われるこれらの競技の各チームの総得点が次の朝の全大会の始まりに発表される。普段すましているVP連中も各チームに振り分けられ、チームリーダーとして活躍する。どうせ楽しみのためにやるものなんだからそんなに本気にならなくてもと思うのだが、各チームともやる気満々である。特にアメリカ、ヨーロッパのチームの連中はConference期間中も朝の5時に起きてジムに行ってから会議に臨むというようなアスリートタイプの奴らが多く、バレーボールなどやろうものならそれでなくとも上背の差があるのに、しなる体から繰り出してくるスパイクなどは、正直言って怖いものがあった。やはり、競争になったらどうしても勝ちにこだわるというカルチャーの違いを感じた。

あくまでレクリエーションだが、各チームとも本気だ (出展: ADVANCED INSIGHTS)

私が参加し始めたのは1986年からであったが、その1~2年前に腕相撲大会があって、そこで日本チームの技術サポートのAさんが、筋骨隆々の各国の猛者たちをなぎ倒して、見事優勝したことがあり、その模様は日本から来たサムライとして伝説になっていた。何人かの人が腕の筋肉を示しながら、"ジャパン・サムライ、ストロング!!"などと言われたのを思い出す。

腕相撲大会が開かれたことも (出展: ADVANCED INSIGHTS)

毎朝8時からの全体会、Break-outセッション、その間に行われる個別のMeeting、ビーチでのスポーツ大会、半日の自由行動、など盛りだくさんの3日半を過ごすと、最終イベントであるCEOのJerry SandersのClosing Speechとなる。時には1時間にも及ぶJerryのスピーチはいつも機知に富んでいて、力があり、やる気を起こさせるものであった。1995年のイベントの逸話については第3シリーズに書いたとおりである。

晩餐会では昇格人事が発表されることも

最後の晩は、全員そろっての晩さん会である。最後の晩は、パートナーの同伴が許されるので、それに合わせて駆けつける奥様達、ガールフレンド、ボーイフレンド、中には社員同士のそういう関係の人、がちょっとおしゃれをして集まるのである。

最初は会場の前でカクテルが振舞われる、それまでにかなり調子を上げてきている者もいて、パーティー会場には大きな声が響き渡る。いろいろな人たちがガヤガヤと出会って、話して、握手して、ネットワークの輪が広がってゆく。こういう経験はなかったので、最初のころはかなり気おされてしまったが、次第に雰囲気にも慣れてきて積極的に輪の中に入って楽しむことにした。

晩さん会のドアが開くと、各自が10人くらいの丸テーブルに着席、すぐワインのサービスが始まりDinnerのスタートである。700人の集団を同時にサポートするのだからホテル側も大変だったろう。しかしいつも思い出すのは、ウェイトレス、ボーイたちの笑顔である。晩さん会のクライマックスは表彰式。成績の良い営業チーム、営業員、技術サポート、スポーツイベント優勝チーム、ベストプレゼンターなどである。時には、突然ある部長クラスの人のVPへの昇格が発表されたこともある。表彰された者は握手攻めにあったり、日本チームは胴上げをしたりで最高潮に達してお開きである。その後も、ホテル中のバーが貸し切りになり、気の合う仲間とそちらのほうへ流れてゆく。外資系でないと経験できないイベントであるが、私にとっては楽しい思い出としていつまでも記憶に残っている。AMDのSales Conferenceは私が覚えているだけでも(Tシャツの数を調べればわかる)、10年くらいは続いたが、その後予算の関係とか、CEOの交代でなくなってしまった。

(次回は8月31日に本編を掲載する予定です。)

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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