スマートフォンを高速化する以上のメリットを打ち出せず、投資が抑制傾向にある5G。その5Gによる収益機会を拡大するため、ネットワーク構築に欠かせない通信機器を提供する企業はどのような施策を打ち出しているのでしょうか。フィンランドのノキアが実施した「Nokia Amplify Japan 2025」から、同社の取り組みを確認してみましょう。→「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の過去回はこちらを参照。

日本の5G通信速度が向上しないのはなぜか

前回、スウェーデンの通信機器大手であるエリクソンが開催した「エリクソン・フォーラム2025」を取り上げた際、5Gの本領を発揮できるSA運用への移行が進んでいない現状について説明しました。そこには現在の5Gが、スマートフォンの通信速度を高速にする以上の価値を提供できておらず、携帯電話会社が投資を抑制していることが大きく影響しています。

そこでエリクソンとしては、5Gのネットワークの機能を、APIを通じて外部の事業者に提供する「ネットワークAPI」による収益化手段を開拓しようとしていましたが、もう1つの通信機器大手、フィンランドのノキアはどのような施策を打ち出しているのでしょうか。2025年10月8日に同社は日本向けのプライベートイベント「Nokia Amplify Japan」を開催しており、その中で5Gの収益化に関する取り組みについても説明していました。

ノキアのストラテジー&テクノロジーフェロー 特別研究員であるハリー・ホルマー氏は、5Gが多くの国や地域で高速なモバイル通信を実現しており、複数の国で5Gの通信速度が300~500Mbpsを実現しているとのこと。ノキアではGDP上位20カ国のうち14カ国で無線機を展開しており、5Gの高速化に貢献しているといいます。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第23回

    ノキアによると、GDP上位20カ国のモバイル通信は5Gで高速化がなされているが、日本の通信速度は伸びておらず改善の余地があるという

しかし、日本のネットワークは、品質は高いものの通信速度のパフォーマンスに改善の余地があるとホルマー氏は話しています。

日本で5Gの通信速度が向上しない背景には、5Gの主要周波数帯である3.7GHz帯が衛星通信と干渉し実力を発揮できない問題や、自然災害の影響から、サイズが大きくなりがちな「Massive MIMO」対応の機器を導入しづらいといった固有の事情が大きいのですが、それに加えて5Gに投資をしても収益を増やす道筋がつけられていないことが、大きな要因となっていることも確かです。

それだけにホルマー氏は、5Gの高速化と収益化につながっている要素の1つとして、モバイル通信を固定通信代わりに利用するFWA(Fixed Wireless Access、固定無線アクセス)の成功を挙げていました。

FWAは日本でも、NTTドコモの「home 5G」やソフトバンクの「SoftBank Air」などが展開されており、一定の支持を得ていますが、より大きな支持を得ているのが米国だといいます。

実際、米国では5GによるFWAが急成長しており、ベライゾン、AT&T、TモバイルUSの携帯大手3社でおよそ1400万の契約を獲得しているとのこと。これによって米国の通信事業者は50億ドル(約7兆6000億円)以上の収益を得ており、しかもモバイル通信ネットワークの50%以上を占めるなど、積極的に利用されているそうで、5Gのネットワークを積極的に整備するモチベーションになっているといいます。

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    5Gによる高速通信でFWAが大きく成長しているそうで、特に米国では通信事業者に50億ドル以上の収益をもたらしているとのこと

収益向上の鍵は「5G SA」と「AI-RAN」

ただ国土が広い米国とは異なり、日本では光ブロードバンド回線が広く整備されているためFWAの需要拡大には限界があります。それだけにもう1つ、ホルマー氏が収益向上のために重要だと話していたのがアーキテクチャの変更で、その1つはやはり5G SAへの移行だといいます。

ノキア 製品管理部門責任者 RAN製品ラインマネジメントであるブライアン・チョー氏は、5G SAが4Gと一体で展開するノンスタンドアローン(NSA)運用と比べ、安定した通信品質を提供できるだけでなく、収益手段を増やす上でも重要な要素となることを説明していました。

同社のイベントによる携帯電話会社へのアンケートでは、今後24カ月以内に現れる収益化手段として有力との声が多いのが、1つにデータプランとコンテンツのバンドル、そしてもう1つがプレミアム接続サービスだったとのこと。

前者はNTTドコモの「ドコモ MAX」や楽天モバイルの「Rakuten最強U-NEXT」など、日本でも複数の事業者が展開しているのでご存じの方も多いかと思います。

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    ノキアが実施したイベントにおける携帯電話会社へのアンケートによると、短期的な収益化手段としてデータプランとコンテンツのバンドル、そしてプレミアム接続が上位にランクしたとのこと

一方、後者はXRなど大容量通信を必要とするサービスの利用者などに対し、より快適に高速通信をできるサービスを提供する施策。日本でいうと、混雑時により快適に通信できる「au 5G Fast Lane」を導入したKDDIの「auバリューリンクプラン」が、ある意味でそれに相当するでしょう。

そしてこうしたサービスを本格的に提供するとなれば、5G SAに移行してネットワークスライシングを導入し、プレミアム接続ユーザー専用の帯域を確保する必要があります。またサービス対象者以外の通信品質が低下しないよう、通信容量を一層増やす必要もあるでしょう。

加えて今後、5Gを高度化する「Advanced 5G」を導入することで、収益化手段はより拡大するとチョー氏は話していますが、現状ではそうした技術の進化に伴うサービスの進化の違いが、消費者に「見える化」できていないとも説明。それだけに今後は、プレミアムなサービスの価値を消費者が明確に体感し、認識できる仕組み作りも必要だと話していました。

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    5Gの収益拡大にはNSAからSA、5G Advancedといった進化を段階的に進めて新しい価値を消費者に提供しながらも、その違いを明確に伝えていくことも大事だという

そしてもう1つ、ホルマー氏が収益向上のため重要だとするアーキテクチャが「AI-RAN」です。AI-RANはソフトバンクと米エヌビディアらが主導して設立し、ノキアも参加している「AI-RANアライアンス」が推進しているもの。

携帯電話の基地局など無線設備に、汎用のサーバーとソフトウェアで構成する仮想化技術が導入されることを見据え、AIを活用したソフトウェアを追加することで、収益化と効率化を図る取り組みになります。

中でも今回、ノキアがアピールしていたのが「AI for RAN」、要は無線設備にAIを導入して運用の最適化を図ることです。今後、5GのNSAからSAへの移行が本格化し、さらに6Gの時代を迎えると、複数のネットワーク技術を同時に扱う必要があるため運用が複雑となり、運用にかかるコストも上昇してくることが見込まれています。

そのためノキアでは「AI for RAN」の鍵となる製品群「MantaRay」を開発。これを無線ネットワークに導入することでAIによる自律的な運用を実現し、コストの効率化を図るとしています。

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    ノキアは「AI-RAN」にも力を入れており、AIで無線ネットワークを効率化する「AI for RAN」の実現に向けた「MantaRay」という製品群を用意しているとのこと

5G SAに移行し新しい技術を導入しなければ収益化手段を広げられないことが、携帯電話会社にとって非常に悩ましいことは確かですが、次々と新しい技術が導入されているモバイル通信では、やはり継続的な投資をしなければ事業成長につながらないこともまた確か。

どのタイミングで5G SAへの移行やAIの導入などを積極的に進めるかが、携帯電話会社の成長と評価を大きく変えることにもなりそうです。