今回はサイン会についてである。

今まで私は3回ほどサイン会を開催し、どの回も定員割れせず行うことができた。喜ばしいことだが、ギャグ作家としては、人が全く来ないというのもおいしいものである。と言いたい所だが、はっきり言って普通にへこむし、それが原因で漫画家を辞めるどころか、部屋から出て来られなくなる可能性が高い。なので、来てくれる人にはいつも感謝だ。

思慮の浅いコミュ障

私は日々、こういったコラムやエッセイなどで「コミュ障である」と言っているし、実際そうである。ならばなぜそんな人間がサイン会など開くのだ、と思われているかもしれない。しかし、コミュ障にも思慮が深い方と浅い方がおり、私は圧倒的に浅い方なのである。

「思慮の深いコミュ障」とは、自分のコミュ障ぶりをよく理解し、孤立するとわかっている会合には一切出ず、どうしても出なければいけないものは、何も期待せず出席し、粛々と時間経過を待って帰ることにより、コミュ障ゆえに受ける心のダメージを極力減らすことができるコミュ障である。

では逆に、「思慮の浅いコミュ障」がどんなものかというと、一言で言うと「悪い意味でポジティブ」なのである。「自分はコミュ障だけど、この飲み会では潜在能力的なものが開花し、楽しく過ごせるかもしれない」と何故か思い、アウェイな場に出ていき、やはり孤立、という愚行を何万回と繰り返すのだ。

また、こういったタイプの人間は、「友達が一人もいなかったクラスの同窓会」という、思慮の深い方なら絶対欠席するだろう集まりにも参加してしまったりするのである。「あの当時は友達ができなかったけど、今ならできるかも」と思ってしまうのである、冷静に考えれば、1年一緒のクラスにいて会話すらほぼしなかった人間と、10年後突然会って仲良くできるわけがないのだが、何せ思慮が浅いので行ってしまうのだ。

なので、サイン会も思慮の深いタイプなら「いえ、自分は人前とか苦手なので」と断るところを、「このサイン会では潜在能力的なシックスセンスや第三の目が開き、読者と楽しい交流が出来るかもしれない」と思い、OKしてしまうのである。しかし、現実はどうかというと、そのような能力が覚醒することはない。

カレー沢氏のサイン会の様子は?

漫画家のサイン会というのは、単行本にサインと簡単なイラストを描く形式が多い。イラストの内容に関して、私の場合は読者のリクエストを受けるのだが、中にはジョジョや進撃の巨人、島耕作を描いてくれと言って、長い列に並んでバッタモノの絵をもらって帰るという猛者もいる。

一人あたりにかけられる時間は長くて3分。しかもこちらは絵とサインを描かなければいけないので、会話できる時間はごくわずかなのだが、はっきり言ってそれすら持たない。むしろ絵に集中するフリをして、目を合わさないようにしているぐらいであり、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

同窓会とサイン会の違いは、来る人間がほぼ100%自分に会いに来ているという点にある。自分に会いに来たはずの人間が全員私を無視して、その場で酒盛りや王様ゲームをやり始めたというなら話は別だが、そうしてもらった方が楽なぐらい、何も話せないのである。

では、読者は単行本と空(くう)を交互に見つめ続ける作家から、無言でサイン本を受け取るしかないかというと、そうではない。ここで助け舟を出すのが担当である。サインを描く作家の隣には、大体担当が控えている。漫画の編集とは、漫画家をあることないこと口手八丁でなだめすかして漫画を描かせるという心のない人間ぞろいだが、こういう時には役に立つ。作家がサインに集中(するフリを)している間、「どこから来たんですか?」など、当たりさわりない会話で間をもたせてくれるのである。

しかし、個人的にはこの「どこから来たんですか」という質問はやめてほしい。なぜなら、ものすごく遠方から来た人が発見されてしまうからだ。こちとら、読者と交流するはずが全くできていないので、中盤になる頃には完全に卑屈をこじらせている。そこに遠方からわざわざ来てくれた人が現れると、もう「腹を切ろう」という気分になってくる。「一旦ここで陰腹を切った上で、サインを続けよう。そうでもしないと、申し訳が立たない」と思ってしまうのである。

ちなみに、「サイン会にはどんな人が来るのか」とよく聞かれるが、皆さん良い意味で普通であり、悪い意味でエキセントリックな人は今までひとりもいなかったと記憶している。しかし、何せこちらが全く読者の顔を見られていないので、中には全裸に乳首ピアスで来てくれた人もいたのに、見逃していたという可能性もある。次回はもうちょっとちゃんと読者の顔を見るつもりなので、そうした方がいたのなら、今度もぜひ全ピ(全裸乳首ピアスの略)で来ていただきたい。

このようにサイン会とは、たくさんの人に来てもらえて嬉しいと思う反面、「もう少しもてなせたのではないか」、「やはり自分のような人間は表に出るべきではなかった」という後悔も大きいのである。しかし、思慮の浅いコミュ障の最大の特徴は、こういう苦い体験をすぐ忘れるという点にある。

よって、すでに次回のサイン会を今年夏をめどに準備中である。前回は上手く話せなかったが、今度こそ私の中に眠っている48の人格が目覚め、皆様を楽しませる予定なので、ふるってご参加いただきたいと思う。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。