どこの業界にもありそうな話だが、「競争原理を導入すれば、価格低下や品質向上に効果がある」という考え方がある。航空機の分野でも、同じパーツやコンポーネントを複数のサプライヤーが手掛けているケースはいろいろある。
複数のサプライヤーが関わっている事例:F-35のタイヤ
いきなりこんな話ですかといわれそうだが、例えば「F-35のタイヤ」。2016年9月にフォートワースで見た航空自衛隊向けのF-35A初号機はミシュラン製のタイヤを履いていたが、2017年1月に岩国基地に飛来した米海兵隊のF-35Bはダンロップ製のタイヤを履いていた。
また、米国防総省の契約情報を見ていると、航空機用のタイヤをミシュランとグッドイヤーに対して同時に発注する事例を見かける。同じモデルなのか、異なるモデルなのかは不明だが、これらの事例から、米軍機のタイヤにミシュランとグッドイヤーとダンロップが関わっていることは分かる。
複数のサプライヤーが関わっている事例:エンジン
また、F-16は途中から、プラット&ホイットニー製のF100エンジンと、GE製のF110エンジンのどちらでも使えるように、エンジン・ベイの設計を改めた。だから仕向地によってF100を載せた機体とF110を載せた機体があるし、米空軍のように両方を導入している事例もある。
そしてF-35。現在はプラット&ホイットニー製F135の一択だが、米空軍がAETP(Adaptive Engine Transition Program)計画を立ち上げて、その下でGEがXA100-GE-100エンジンを開発している。XA100は、すでに社内試験を実施するところまで話が進んでいるが、いきなり実用とはいかない。GEでは、F-35への搭載が可能になる時期は2027年になる、との見通しを示している。
ただし、現時点で存在するXA100は通常型だけで、F-35Bに載せるリフトファン付きのモデルは存在していない。まず基本となるエンジンを開発するのが先で、よしんばリフトファン付きのモデルを用意するとしても、通常型がモノになった後。というのは当然の判断といえる。
民航機でも、かつては複数メーカーのエンジンを設定する事例がままあった。例えば、ボーイング747では以前、プラット&ホイットニー製JT9D、GE製CF6、ロールス・ロイス製RB211の中から選択ができたが、最終モデルの747-8ではGE製GEnxの一択になってしまった。
他の機体でも、エンジン一択の事例が多くなり、選択できても2機種というところ。エアバスA350はロールス・ロイス製トレントXWBの一択だし、ボーイング777XもGE9Xの一択。
現時点でエンジンの選択ができる機体というと、まずボーイング787がある。ロールス・ロイス製トレント1000とGE製GEnxの選択が可能。また、エアバスA320neoはCFMインターナショナル製LEAP-1Aとプラット&ホイットニー製PW1100G-JMの選択が可能。
複数メーカーを競わせるための条件
さて。同じ機器やコンポーネントで複数のサプライヤーを競わせようとすると、機体の側にも条件が課せられることになる。
これが機体構造材だったら、寸法、重量、強度などの要件がそろっていること、という話になる。ところが、エンジンや電子機器だと、外形・外寸・取付部などといった物理的インタフェースの話だけでなく、電気的なインタフェース、デジタル制御のものならデータ・フォーマットやプロトコルといった話も関わってくる。
だから、例えばエンジンを複数機種から選択できるといっても、その場で付け替えができる事例は滅多にない。F-16はF100搭載機とF110搭載機でエンジン・ベイこそ共通でも、その他の部分に違いがあるから別モデルになっている。
一方、これは以前にも書いたかと思うが、787のエンジン取付部は物理的なインタフェースだけでなく電気的なインタフェースまで統一している。だから、稼働中の機体についてトレント1000とGEnxを相互に取り替えることもできる理屈だが、実際にやっている事例があるかどうかは分からない。ANAのように、両者を併用している事例ならある。
アビオニクスを交換できる設計にしておくことがカギ
以前に「軍事とIT」で書いた話だが、軍用機だと仕向地によって、通信・航法・識別(CNI : Communications, Navigation and Information)のシステムを変えなければならない可能性がある。それぞれの国ごとに、既存の機体、既存のシステムとの互換性や相互運用性を確保しなければならないからだ。すると、CNIに関わるアビオニクスについて、自由に交換がきく設計にしておきたい、という話も出てくる。
同じ機能を受け持つアビオニクスを交換できる設計にしておけば、複数のメーカーを競わせて競争原理を創出することも可能な理屈。もっとも、扱う機種が増えると却って整備・補給面の負担が増えるので、同じ空軍の中で複数の機種を使い分けるのは、よほど規模が大きい組織に限られるかもしれない。
米国防総省の契約情報を見ていると、リンク16データリンクの端末機を複数のメーカーに発注している事例があるが、同一機種に搭載するモデルなのか、それぞれのメーカーごとに搭載機が異なるのかまでは、契約情報からは読み取れない。とはいえ、同じ分野について複数メーカーを競わせる場面の一例、とはいえる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。