昔の飛行機は、エンジンも操縦翼面もメカニカルに動かしていたが、今はどちらもコンピュータ制御が普通である。さらに、通信機、レーダー、航法関連機器、各種コンピュータ。旅客機なら機内Wi-Fiサービス用のアクセスポイントと衛星通信端末機、といった具合に、飛行機に積み込まれる「電気製品」は増える一方だ。

電磁波干渉試験施設

すると、これらの電子機器同士で電磁波の干渉が発生する事態が懸念される。ある機器から出ていた電磁波が、別の機器の動作を妨げたり、誤動作させたりということになったのでは、飛行の安全に関わる。

しかし、だからといって「電子機器の使用を止めて、すべてメカニカルに戻しましょう」というわけにはいかない。そこで、事前に電磁波干渉に関連する検証試験を入念に実施して、問題が起こらないことを確認してから飛ばしましょう、という話になる。

そして、電磁波干渉試験で安全が確認されている電子機器は使用してもよいが、それ以外はダメ、という話になってくる。旅客機内での携帯電話の利用に制限が課せられている理由も、電波を出さない電子機器の利用が認められる範囲が広がった理由も、この辺にある。

なお、電磁波の干渉問題は電子機器だけではない。機器と機器を結ぶ電気配線も問題になる。航空機に限った話ではなくて、鉄道車両、例えば新幹線電車でも、同じ課題があるという。だから、「機器の配置や陣容が変われば、それらを結ぶ電気配線も新設計になるので、干渉試験はすべてやり直し」という、大変な手間を要する事態も起きる。

さて。電磁波干渉試験を行うには、しかるべき施設が必要である。まず、なによりも外部からの電磁波の影響を排除できなければ、試験にならない。そうしないと、自機が搭載する電子機器同士の電磁波干渉をテストすることにならない。

もちろん、実機が実際に飛行するときには、外部からの電磁波が影響する場面もある。しかしそれは、しかるべきテストケースを設定して、それに合った周波数や強度を持つ電磁波を発生させることでテストになる。試験を実施する場所の周囲にある有象無象の電磁波発信源は、試験担当者のコントロール下に置けないから、それではテストにならない。

本連載でこれまでに取り上げてきた各種施設と比較すると、電磁波干渉試験施設は話題になりにくいから、結果として存在が知られることも少ない。筆者自身が存在を把握している施設の例としては、アメリカのメリーランド州南部、パタクセントリバー海軍航空基地内にある試験施設が挙げられる。

これは、正式にはIBST(Integrated Battlespace Simulation and Test)といい、戦場で実際に直面する可能性がある各種環境を再現する施設のようだ。その一環として電磁波干渉の試験もできるということだろう。

  • IBSTで試験中の、P-8Aポセイドン哨戒機。周囲の壁の構造に注目 写真:US Navy

    IBSTで試験中の、P-8Aポセイドン哨戒機。周囲の壁の構造に注目 写真:US Navy

パタクセントリバー基地は一般公開イベントで訪れたことがあるが、もちろんIBSTを一般公開するはずもない。だから、航空写真に写っている建屋のうち、どれがIBSTなのかはわからない。しかし、実機を入れて試験するのだから、駐機場や滑走路から出入りできる場所にあって、かつ、実機が余裕をもって収まるぐらいの規模はあるのだろうな、という推測はできる。

電波暗室とRCS計測

電磁波が絡む施設としてもう一つ、電波暗室がある。音響に関する試験を行うために「無響室」という設備があるが、あれの電磁波版だと考えてもらえばよい。実際、内部の見た目はよく似ており、電磁波が壁面で反射して供試体のところに戻って来ないように、「△△」を並べたようなつくりになっている。

電波暗室は、例えばレーダーや電子戦装置をテストする際に使用する。また、ステルス機であれば、レーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)の計測にも使用する。

F-35戦闘機の組み立てを実施しているテキサス州フォートワースの空軍プラントNo.4(これをロッキード・マーティン社が運用している)には、製造・組み立てラインや塗装施設とともに、最後にRCS計測の試験を実施するための電波暗室もある。組み立てや塗装の施設は見せてもらえたが、さすがに電波暗室は見せてもらえなかった。

なお、RCSの計測は電波暗室みたいな屋内で実施するものとは限らず、屋外で実施する事例もある。そのための施設の一例が、ニューメキシコ州ホロマン空軍基地にあるNRTF(National RCS Test Facility)

  • NRTFにあるRAMS Coherent Measurement System。RCS計測を行うために使われ、600 MHz~18 GHzおよび34~36GHzの周波数範囲をカバーする 写真:U.S. Air Force

    NRTFにあるRAMS Coherent Measurement System。RCS計測を行うために使われ、600 MHz~18 GHzおよび34~36GHzの周波数範囲をカバーする 写真:U.S. Air Force

なんにしても問題になるのは、供試体となる機体を支える支柱。なぜかというと、その支柱もレーダー電波を反射してしまうからだ。それを真に受けて「レーダー電波の反射が大きいです!」となったのでは仕事にならない。だから、RCS計測の際には、機体を支える支柱の設計も問題になる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。