追悼 脚本家・倉本聰さん

脚本家・倉本聰さんが亡くなった。テレビドラマ『北の国から』(フジテレビ系列)をはじめ、『前略おふくろさま』『やすらぎの郷』など、名作を次々と世に送り込んだ。倉本さんと言えば、何より男気・粋を併せ持つ人であった。

1935年(昭和10年)で東京で生まれ、東京で育った倉本さんだが、1977年(昭和52年)に北海道・富良野に移り住んだ。自然の真っ只中に身を置き、脚本家や俳優を養成する『富良野塾』を開設し、後進の育成に力を注いで来られた。

 名作の『北の国から』が放送開始されたのは1981年(昭和56年)。故・田中邦衛さんが演じる主人公・黒板五郎と都会から移住してきた子ども2人が、北海道の原野の中で暮らし成長していくドラマに多くの視聴者が感動をした。人と自然、家族関係、そして地域社会の在り方についてドラマを描き、人の生き方を深く考察する倉本さんのシナリオづくりと演出に人々は深く共鳴。だからこそ、長続きするドラマになったのであろう。『北の国から』が2002年まで続いたのも、倉本さんの生き方、価値観に共鳴する人がそれだけ多かったということではないか。

 倉本さんは時代が移り変わる中で、変えてはいけないもの、無くてはいけないものをじっと見つめ続けてきた。そして強者にもたじろかず、弱くても必死に生きようとする者には優しい眼差しを向ける男気のある人であった。

時々お会いすると、怒気を含んだ声が出てきた。わたしたちが失いかけているものを、「それじゃ、だめなんだよ」とでも言いたげに熱量を持って語られる姿が印象的だった。

 『財界』誌でも1994年(平成6年)5月31日号から、『倉本聰 富良野風話』というコラムを連載していただいた。(https://link.amazon/B00OBUBuc)

以来、2025年(令和7年)新春特別号まで約31年間に長きにわたって、書き続けていただいた。

 その中から、これはと思うものから抜粋させてもらい、『新・富良野風話』を発刊させていただいた。(2024年7月刊)(https://link.amazon/B0cExca3d)

 1つ1つのコラムが、心に沁み渡ってくる。タイトルは『戦争』『文明の墓場』『1枚の葉』『地球沸騰』『森の価値』といった環境問題から、『スシロー事件』『世襲議員』『依存症』『ジャニーズ事件』といった社会問題、そしてさらに『台湾と能登』『狂暴化』『インフレ』といったグローバルでの視点での、倉本さんらしい指摘が率直に出されている。

 人は生きている間に苦しいこと、辛い事とともに楽しいこと、幸せに感ずる瞬間もある。人の予想を上回る自然災害の多発や戦争の勃発などで打ちひしがれがちだが、そうした現実を直視しながらも、なおそれをみんなの力で乗り越えることが大事というのが、倉本さんの思想ではなかったか。

『結(ゆい)』というコラムがある。

 コロナ禍のとき、病院勤めの医師や看護師の医療関係者は、傍によると感染(うつ)るといわれなき差別に苦しんだ人もいる。そうした人たちを励まそうと応援団を立ち上げたのも倉本さんだ。とにかく、「こういうときには官の力を当てにせず、民の力で苦境に立つ民の心を救った方がいい」という考えである。

強さと優しさを持つ男気の人であった。

総合ビジネス誌『財界』 主幹・村田 博文