ソニーグループは、エンタテインメントロボット「aibo」の機能やサービスの可能性を引き続き拡大するため、7月に国内外2箇所の大学の研究室への研究協力と、米国で開催された国際会議「SIGGRAPH 2026」への研究開発用途向け試作機の展示を発表した。
6月には現行モデル「ERS-1000/W」の国内販売終了が伝えられたが、ソニーの開発チームは既にaiboの「次の章」に向けた基盤づくりを進めている。aiboプロダクトおよびサービス開発を統括する森田拓磨氏へのインタビューから、今回の発表の技術的背景、アカデミア連携の意図、そしてソニーのaiboが目指す“次の章”の方向性を深掘りする。
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研究開発向け試作機を開発・出展したaiboチームの狙い
ソニーグループのニュースリリースによると、ソニーは東京大学大学院の岡田慧教授、およびカリフォルニア大学バークレー校のKanazawa Angjoo助教授が率いる研究室に対し、aiboの研究開発用途向け試作機とベータ版の開発ツール(SDK)を貸し出すという。
また、米国カリフォルニア州で開催されたコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術の国際会議「SIGGRAPH 2026」(会期:現地時間7月21〜23日 以下、シーグラフ)のソニーグループのブースでは、研究開発用途の試作機を展示した。
シーグラフはCG技術のみならず、ヒューマン・ロボット・インタラクション(HRI)やデジタルとリアルの領域を横断する要素技術が集まる国際会議だ。ソニーが学会展示として次世代技術の試作機を出展するのはこれが初めての機会だったと、森田氏は振り返る。3日間の会期中、ブースには約750人の研究者やエンジニアが訪れたそうだ。
今回は本記事で紹介するにあたり、ソニーからシーグラフに出展した際の写真の提供を受けたのだが、aiboの研究開発用途向け試作機については、まだその外観が一般に広く公開できる段階のものではなかった。そのため、展示会場の一部に写り込んだ、aiboのいるエリアには加工処理が施されている。
(編注:前出のソニーグループ提供画像には、aiboのいるエリアに前述のとおり加工処理が施されており、さらに編集部で来場者の顔などにぼかし処理をかけている)
なぜいま、開発チームはアカデミアとの連携を強化し、シーグラフという場で公開に踏み切ったのか。森田氏はその背景にある開発思想の転換を次のように語る。
「ERS-1000/Wを開発した当時は、様々な方々が気軽にaiboと触れあえることを意識していました。その結果、沢山のユーザーにaiboの世界観を深く共有してもらえたと自負しています。その一方で、研究者の方々から見た時に、aiboのプラットフォームには制限も多く、研究用途に不向きで使いにくいという指摘もありました。今回のaiboの試作機では、研究開発用途のためにできる限りオープンなプラットフォームを提供したいと考えました」
ERS-1000/W向けにもScratchを活用する「aiboビジュアルプログラミング」など、一般のオーナーも環境を整えることで、aiboのオリジナルの動きなどを作成できる環境が用意されていた。ところが、このプラットフォーム上で利用可能なAPIは、例えば「aiboを1メートル歩かせる」といった上位レイヤーの指示に限定されており、研究者が求める、関節制御や歩行アルゴリズムの直接操作、独自認識エンジンの組み込みといった下位レイヤーへのアクセスを想定したものではなかったのだ。
今回の連携において、ソニーはパートナーに対してaiboを研究開発に活用する際の「ルール」のような取り決めを設けていないという。
「研究者の方々に、私たちから『これをやってください』と伝えたり、何かをお願いしたりしないように心がけています。シーグラフの出展を通じてaiboに興味を持っていただいた方々も含めて、研究開発のため自由に役立てていただきたいからです。私たちの想定を超えるような意外性のある発見を大事にしたいと考えています」
シーグラフの展示に現地参加したメンバーから報告を受けて、森田氏は、今後aiboのグローバル展開にさらに力を入れていきたいという思いを改めて強くしたという。
「ブースの展示自体は大盛況だったようです。ところが、一方で海外におけるaiboの認知度が低いことがあらためて明らかになりました。会場でのヒアリング等を通じて、来場前にaiboを知っていた方は2割程度にとどまったからです。私はaiboを『家庭で一番普及するロボット』に育てたいと考えています。日本で多くのオーナーに愛されているaiboを、さらに広く世界中に展開していきたい。そのために今回、シーグラフの出展を通じて、海外の研究者の方々にaiboを知っていただけたことは、大事な一歩だったと思っています」
aiboの開発思想を外に向けて開き、大学やクリエイターコミュニティの多様な知見と刺激を採り入れること。そして世界中の研究者に触れてもらいながらグローバルな認知を高めることが、今回の新たな取り組みの大きな狙いだ。
万博での挑戦を経て獲得した、次世代プロトタイプの新しい目標
筆者は2025年8月に、大阪・関西万博の会場でソニーが公開したaiboの技術試作機を取材した。
当時の試作機はRGBカメラやiToF測距センサー、IMU(慣性計測ユニット)を内蔵した「帽子」ユニットと、MCU(マイクロコントローラー・ユニット)を載せた背中の「ランドセル」という“外付け”による機能拡張を図っていた。
深度融合やパノラミックセグメンテーションといったAI技術を用い、室内環境を3Dマップ(点群情報)としてリアルタイムに、かつ正確に把握することで、aiboの立体的な空間認識を実現。例えば「くつ下を洗濯かごへ運ぶ」「扇風機の前で涼む」といった、事前学習を通じて実行できるタスクの幅を広げる試みを紹介した。
当時の取り組みは既存筐体をベースにした概念検証(PoC)の側面が強かったが、森田氏へのインタビューを経て改めて感じたことは、現行のERS-1000/Wにはソニーの開発チームがやりたくてもまだ実現しきれていない領域が多く残されているということだ。
例えば、複雑なモーションや段差の踏破性を高めるためのアクチュエータや本体構造の刷新、サードパーティ製プログラムや最新のAIアルゴリズムを自由に常駐・動作させるための熱設計とシステムリソースの確保、さらには高度な認識エンジンや大型言語モデル(LLM)の処理に対応するシステムアーキテクチャのアップデートなど、オーナーからの期待に応えるために取り組むべきテーマは少なくない。
これらを次の世代のaiboで着実に実現していくために、自社内だけに閉じず、より多くの外部研究者や開発者にaiboへ触れてもらい、多角的なフィードバックを得ることをソニーの開発チームは目下のテーマとして捉えている。
シーグラフの会場で展示された新たなプロトタイプでは、アーキテクチャレベルからの再構築が進められているという。
大きな進化点のひとつが、センサー間の同期精度の飛躍的な向上だ。鼻先に搭載されたRGBカメラやToFセンサー、IMU(慣性計測装置)をはじめとする各種センサーが、精密な時刻合わせによって、これまで以上に厳密に連携する。自己位置推定の精度も大幅に向上することが期待できる。
制御ソフトウェアのレイヤーでは、ロボティクス分野で広く使われている標準的なミドルウェア「ROS 2」に対応し、C++やPythonによるプログラミングが可能になった。さらに、NVIDIAの「Isaac Lab」「Isaac Sim」や、Google DeepMindの物理シミュレーター「MuJoCo」に対応したシミュレーション環境も用意されている。
シミュレーター上では4,096体のaiboを並列に動かし、強化学習や模倣学習を高速に実行できる。その学習成果を実機に移す「Sim-to-Real(Simulation to Reality)」の手法を導入することで、より複雑な環境でもaiboが安定して移動できるようにすることを目指している。
フィジカルAIの潮流における「ソニーのaibo」の役割
現行モデル「ERS-1000/W」の国内販売終了が発表されたものの、開発チームの眼差しは既にその先にある。
生成AIの急速な発展とともに、現実世界で物理的に機能する「フィジカルAI」が注目される中で、aiboはその実証・実装プラットフォームとして重要な位置を占めていると言えるだろう。
開発メンバーのモチベーションや現在のチームの雰囲気を訊ねたところ、森田氏は次のように答えてくれた。
「オーナーの皆様をびっくりさせたいという気持ちがあります。士気はとても高いです。試すべき技術要素や探求したい課題が数多く存在しており、チーム内でも前のめりな姿勢で開発に取り組んでいます。一般のコンシューマーの皆様を含む、広いユーザー層に向けて届けられるロボットは世界的に見ても数少ないと考えております。私たちのaiboが今後もその役割を果たせるように、日々挑戦を続けています」
今回の試作機とベータ版SDKの学術研究機関への提供は、ソニーが長年培ってきたロボティクス技術をオープンなエコシステムへとつなぎ、アカデミアやクリエイターとともにロボティクスの社会実装を推進することを目標に据えた、数ある取り組みのひとつであると筆者は受け止めた。
ERS-1000/Wで培ってきた経験を糧に、新たなハードウェア・ソフトウェア基盤の構築に向けて、aiboの開発チームは積極的に動いている。aiboを起点として、次世代の「フィジカルAI」を見据えたソニーの次なる展開にもさらに大きな関心が集まりそうだ。






