こんにちは!
科学コミュニケーターの伊藤映美です。

皆さんは、「研究」と聞いてどう感じますか? 難しくて自分には関係のないものだと感じていませんか? でも実は、研究は身近な疑問から始まり、興味関心をきっかけに誰でも広げていくことができるものです。

このブログは、イグ・ノーベル賞公式イベント「Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN」 のYouTube公開を記念してお届けします。第1弾は「イグ・ノーベル賞とはどんな賞なのか?」、そして第2弾では「Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN」のイベントの様子をご紹介します。

なお、2025年のイグ・ノーベル賞授賞式の様子は以下のリンクからご覧いただけます。

(イグ・ノーベル賞2025授章式 https://www.youtube.com/live/B4zfy63MOfI?si=W5xutByZGTkdh8ku)

また、「Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN」の動画は、YouTubeチャンネル「Miraikan Channel」で公開しています。

Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN https://youtu.be/HD2rzvqf6rw?si=jtTKtdY-lhfipweH)

ではさっそく、第1弾のテーマである「イグ・ノーベル賞とはどんな賞なのか?」 をご紹介します。イグ・ノーベル賞をまだ知らない方も、「どうすれば面白く科学を伝えられるのか?」と悩んでいる方も、ぜひお読みください。

そもそもイグ・ノーベル賞とは?

イグ・ノーベル賞は、「人々を思わず笑わせ、そして考えさせた業績」に対して贈られる賞です。人類に最大の貢献をもたらした人に贈られる「ノーベル賞(Nobel)」に、否定を表す接頭辞「Ig」を付けた造語で「ignoble(不名誉な)」という単語にもかけた、言葉遊びでもあります。この賞は1991年、アメリカのユーモア科学雑誌『Annals of Improbable Research』の編集長、マーク・エイブラハムズ氏によって設立されました。2025年には35回目を迎えています。ただし、授賞式の正式名称は「The 35th First Annual Ig Nobel Prize Ceremony(第35回目の“第1回”イグ・ノーベル賞授賞式)」。ここからして、すでにイグ・ノーベル賞らしいユーモアが全開ですね。

イグ・ノーベル賞授賞式

授賞式はいつ?どこで?

ノーベル賞は授賞者の発表と授賞式が別の日に行われる一方で、イグ・ノーベル賞は同時に行われます。その授賞式は毎年9月に開催されます。2025年まではアメリカで行われており、現地時間の夕方、日本時間では朝7時にスタートしていました。日本科学未来館の科学コミュニケーターたちも、早朝から待機して、毎年視聴を楽しみにしています。2026年はヨーロッパでの開催が予定されているため、日本では深夜または翌日未明時間帯になりそうです。1度見てみると、毎年どんな研究が受賞するのか楽しみになりますよ!

科学コミュニケーションとしてのイグ・ノーベル賞

では、この「つい見入ってしまう面白さ」はどこから来ているのでしょうか。その由来については、日本科学未来館のポッドキャスト番組「ミュージアムの片隅で未来を雑談するラジオ」で、イグ・ノーベル賞日本担当ディレクターの古澤輝由さんと一緒にお話をしています。

日本科学未来館のポッドキャスト番組「ミュージアムの片隅で未来を雑談するラジオ」

https://www.miraikan.jst.go.jp/resources/podcast/


#41イグ・ノーベル賞を語ろう①:「くすっ」からの「なんで?」

2025年10月28日)

#42 イグ・ノーベル賞を語ろう②:今年の“すごい研究”をもう一度!

2025年11月4日)

番組では、「どんな思いが込められているのか」「どんな研究が受賞しているのか」といった問いを軸に、科学コミュニケーションの視点からイグ・ノーベル賞をひも解きました。ご興味がある方はぜひこちらもお聞きください!

この番組の中で印象的だったのは、イグ・ノーベル賞で紹介される研究のとらえ方です。受賞研究はどれも、研究者が大真面目に取り組んだ専門的なもので、論文そのものは専門知識がなければ理解しにくい場合がほとんどです。そこでイグ・ノーベル賞では、論文の中身を変えるのではなく、「はたから見た時に面白く感じられる(かもしれない)要素」を取り出し、一言で伝わる表現へと意図的にデザインしているそうです。

こうした演出の背景には、創設者マーク・エイブラハムズ氏をはじめとするイグ・ノーベル賞委員会の強いこだわりがあるといいます。人を笑わせる工夫を重ねながらも、常に大切にされているのは「科学へのリスペクトを忘れない」こと。表面上はユーモアに包まれていても、研究の科学的意義が損なわれないよう、細やかな配慮が重ねられているそうです。

イグ・ノーベル賞のユーモアは、研究者の姿や研究内容を、身近なものとして感じさせてくれます。「これは何の研究だろう?」と興味をもった人が、さらに深く調べてみる(そして普通に難しい論文だと気づくことも)——そんな行動が生まれること自体が、この賞の大きな価値だと古澤さんはおっしゃっています。


研究の世界への最初の扉を開く「入口」として機能している点に、科学コミュニケーションとしてのイグ・ノーベル賞の意義があるといえそうです。

古澤さん(右)とお話をする科学コミュニケーター伊藤(左)・三浦(中央)

イグ・ノーベル賞授賞式のおもしろポイント

では、そんなイグ・ノーベル賞の魅力は、授賞式の中でどのように表現されているのでしょうか。ユーモアが詰まったイグ・ノーベル賞の授賞式は、一般的なかしこまった授賞式とは一味も二味も違います。ここからは、授賞式をより楽しむために、イグ・ノーベル賞ならではのおもしろポイントをご紹介します。
 これを知れば、あなたも今日からイグ・ノーベル賞マスター!

ポイント① 開会式

開会と同時に始まるのは、紙飛行機をステージに向かって投げるという恒例行事です。「今年も授賞式が始まった!」と感じさせる、来場者の皆さんが楽しみにしているひとときです。歓迎のスピーチもとてもシンプルで、なんと「Welcome Welcome(ようこそ、ようこそ)」だけ。「これで終わり?」と、いきなり驚いてしまうような幕開けです。

紙飛行機をステージに向かって投げる様子
ポイント② 授賞式のテーマ

イグ・ノーベル賞の授賞式には、毎年テーマが設定されています。2025年のテーマは「消化(Digestion)」。このテーマは、賞品のデザインや舞台演出、各賞の発表の合間に行われるミニオペラの内容など、授賞式全体に反映されています。

ポイント③ 賞品・賞金

受賞者には、トロフィーと賞金が贈られます。トロフィーは、ボストン科学館のスタッフが一つひとつ手仕事で仕上げていて、少し安っぽい(?)手づくり感が特徴です。しかし、毎年テーマに合わせて非常に工夫されたデザインになっています。2025年はをモチーフにした盾が授与されました。片面は「幸福な顔」、もう片面は「不機嫌な顔」が描かれており消化器系の気まぐれを象徴するデザインです。さらにノーベル賞受賞者の直筆署名入り証書が贈呈されます。

そして、賞金として毎年恒例で渡されるのは10兆ジンバブエ・ドル札でした。ノーベル賞の賞金が1100万スウェーデン・クローナ(約1.8億円)なので、その100万倍の桁数の大金……と思いきや、実はこの紙幣は現在通貨としての価値がありません。これは2008〜2009年にジンバブエ共和国で起きたハイパーインフレーション期に発行された紙幣で、当時でもパン1斤を買うのがやっと、あるいはそれ以下の価値しかなかったそうです。さらに2025年は、インフレの影響で「10兆ドル札そのものを購入するコストが高すぎる」という皮肉な事態が発生し、その結果、実用的で安価な「使い捨ておしぼり」が賞金として贈られることになりました。

消化がテーマのトロフィー(左)と10兆ジンバブエ・ドル(右)
ポイント④ 受賞研究の紹介

授賞式ではきちんと受賞者や代理人による研究内容の説明の時間が設けられています。しかし、発表時間は、なんと1分! 理由はとてもシンプルで、「研究者はとにかく話が長いから」。しかし、ただ時間制限を設けるだけでは面白くありません。そこでイグ・ノーベル賞で採用されたのは、強制終了システムです。60秒を超えると、「ミス・スウィーティー・プー」と呼ばれる8歳の女の子がステージに登場し、「もうやめて、飽きちゃったから(Please stop, I'm bored)」と連呼し始めます。この容赦ないアピールに耐えきれず、研究者たちはスピーチを強制終了。結果として、授賞式の進行もスムーズに進むようになりました。

ミス・スウィーティー・プー(2025年はプーの欠席により男性が代役)
ポイント⑤ 24/7レクチャー

24/7レクチャー」は、世界トップレベルの専門家が、まず24秒間で専門用語を交えながら早口で研究内容を説明し、その後、たった7語で要約するというユニークな企画です。例えば、2025年に行われた24/7レクチャーでは、「スマートフォンと痔のリスク」に関する研究が紹介されました。24秒で話された内容を日本語に直訳すると、次のようになります。「我々は、スクリーニング目的で大腸内視鏡検査を受ける成人を対象に横断研究を実施した。その結果、多くの人が排便時に携帯型コンピューティングデバイスを使用していることが確認された。さらに、多変量ロジスティック回帰モデルによる分析から、排便時のデバイス使用は、内視鏡で確認された痔疾患の発症リスクが46%増加することと独立して関連していることが示された。」

このように非常に専門的な内容ですが、「“Smartphones are a pain in the butt.”( スマートフォン お尻にとっても 悩みです)」とたった7語に絞って伝えました。細かい研究内容は少し難しくても、「まあ、短くしたら確かにそうとも言えるかも(笑)」と、思わず笑ってしまう。そんな“ゆるい納得感”が、この企画の魅力です。

ポイント⑥ ミニオペラ

テーマに沿ったミニオペラも毎年恒例です。2025年は「消化」をテーマに、ピザやチリドッグなどのジャンクフードが引き起こす消化不良や胸焼けに対し、実は医者にはあまり打つ手がない……というコミカルな苦悩が描かれました。

扮装した“医師”たちが演じる消化がテーマのミニオペラ
ポイント⑦ 閉幕の挨拶

閉幕も開幕と同様に、「Goodbye, Goodbye」という短い挨拶で締めくくられます。最後に、創設者マーク・エイブラハムズ氏は「今年イグ・ノーベル賞を受賞できなかった方、そしてとくに、受賞してしまった方、来年はもっと幸運でありますように。」というメッセージを皆さんに送りました。

創設者マーク・エイブラハムズ氏による閉幕の挨拶

今回は、イグ・ノーベル賞の面白さと、科学コミュニケーションの観点から「科学を面白く伝えるとはどういうことか」をご紹介してきました。

イグ・ノーベル賞は、普段あまり科学になじみがない方でも、映像や見出しを見るだけで思わずくすっと笑ってしまうような魅力をもった賞です。ぜひ、歴代の受賞研究にも注目してみてください。きっと、「そういえば、以前気になったことあったかも」や「確かにどうなってるの?」と感じることを、研究者が大真面目に解き明かしていることに気づくはずです。論文だけでは見えにくい、研究者のパーソナルな一面に触れられることも、イグ・ノーベル賞の醍醐味のひとつだと感じています。

次回のブログでは、2025年に実施した「Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN」イベントの様子をお届けします。
 ぜひ、次の記事もあわせてご覧ください!

それでは! Goodbye! Goodbye!

関連リンク

  • Ig Nobel Face-to-Face in JAPAN 関連ブログ 第2弾 みんなで科学をするFace-to-Faceイベントの魅力 /articles/20260618face-to-face.html


Author
執筆: 伊藤 映美(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画・運営全般に携わり、来館者への展示解説や対話活動、情報発信を行う。これまで主に、イグ・ノーベル賞や特別展「大南極展」関連、防災イベントの企画・実施を担当。

【プロフィル】
小学生の頃、地域の学習施設に毎週通い、自然や科学技術に関する講座に参加する中で、科学や防災に興味をもちました。そこで出会った先生方に憧れ、科学コミュニケーターを志し、未来館で勤務しています。大学・大学院では福島の放射能汚染や防災教育について学び、研究を行いました。現在は、より多くの人に科学や防災を身近に感じてもらえるよう、イベントの企画や効果的な伝え方について日々考えています。

【分野・キーワード】
防災教育 リスクコミュニケーション 地球科学 イグ・ノーベル賞