日本の製造業を支える町工場にとって、職人の高齢化と技術継承は待ったなしの課題だ。しかし、最新システムを導入しようにも現場の猛反発に遭い、頓挫してしまうケースは後を絶たない。
一方で、「DX」という言葉すらなかった約20年前から独自のデジタル化を進め、50〜60代中心だった組織を20〜30代中心の若き町工場へと生まれ変わらせた企業がある。東京都大田区に本社を置くダイヤ精機だ。創業者である父の急逝により突如代表取締役社長に就任した諏訪貴子氏は、いかにして「てめえ、この野郎」と激しく反発する職人たちを巻き込み、現場の知を次世代へつなぐシステムをつくり上げたのか。
5月20日に開催されたWebセミナー「TECH+セミナー 製造業DX 2026 May. 熟練技術をデジタルで未来へ」における諏訪氏の講演から、中小企業が直面する壁を打ち破る、泥臭くも実践的なDXの軌跡をレポートする。
「The 町工場」を目指す――ダイヤ精機が進めた組織改革
東京都大田区に本社を置くダイヤ精機は、昭和39年創業の精密部品用特殊ゲージなどを製造する企業だ。2004年に代表取締役に就任した諏訪氏は、「The 町工場」を目指すというビジョンを掲げて会社を牽引してきた。
「大きな石と小さな石がそれぞれの役割を果たすからこそ、強い石垣ができます。大企業と中小企業が役割を果たすことで、日本の優れた製品が生まれてきました。町工場は、限られた経営資源のなかで多品種少量生産を行い、お客さまのニーズに応えなければなりません。それを可能にするためには、人間の知恵とコミュニケーションによる問題解決が不可欠です」(諏訪氏)
同社では技術を次世代に残すため、2007年から人材確保と育成に注力してきた。当初は求人を出しても応募がない状態だったが、プロジェクトチームを立ち上げて採用手法を見直し、大田区の合同面接会では高い人気を獲得。定着率向上にも取り組み、2017年には50〜60代中心の「逆ピラミッド構造」から、20〜30代が過半数を占める「ピラミッド構造」へと組織の若返りに成功した。
しかし、その道のりは平坦ではなかった。同氏が就任直後に断行したのが「3年の改革」だ。
「改革とは、社員の印象を変えるために行うものです。人の印象に残りやすい『3』という数字を活用し、3年かけて基礎から応用、そして標準化へとステップを踏みました」(諏訪氏)
諏訪氏は自社の強みを「技術力」と思い込んでいたが、顧客の現場を回って直接尋ねたところ、真の強みは納期や特急対応などの「対応力」であることに気付かされたという。この気付きが、同社のDXの出発点となった。
第1次DX:職人を巻き込み、システムを「自分たちのもの」にする
顧客が求める対応力をさらに強化するため、諏訪氏は約20年前、生産管理システムの再構築に着手した。旧システムでは進捗管理ができず、担当者が現場を探し回る無駄が発生していたからだ。各部署の課題を洗い出し、「バーコードによる管理」「進捗・原価管理」「簡単操作」「中小企業に見合ったコスト」などの条件を満たすシステムを導入した。
しかし、職人たちからの反発も予想された。当時の現場責任者は、PCの電源の入れ方すら知らない状態だったという。そこで諏訪氏は、システムの必要性と「今の作業より楽になる」という導入効果を丁寧にプレゼンし続けた。
「繰り返し説明をして質問が出尽くすと、今度は『ここをこうしてほしい』という“文句という名の提案”が出てきます。それをカスタマイズに反映していくと、私が構築したシステムが『社員のシステム』になるまで肉付けされていくのです。自分たちが関わったものとなると、彼らはとことん使いこなしてくれました」(諏訪氏)
結果として、新システムへの移行を現場主導によりわずか3カ月で完了。業務の効率化は営業利益・経常利益の向上につながり、社員旅行などを通じて社内に大きな一体感が生まれたという。
第2次DX:若返りで生じた「生産性低下」に挑む
第1次DXから15年が経過し、前述のとおり組織が若返ったことで新たな課題が浮上した。技術は維持できたものの、作業の主体が熟練工から若手へ移行したことで、生産性が落ちてしまったのである。
諏訪氏が現場に降りてストップウォッチで作業時間を計測すると、機械の稼働時間自体は若手も熟練工もほぼ同じだった。差が生じていたのは「段取り時間」である。熟練工は図面を見た瞬間に手順を判断できるが、経験の浅い若手は確認や思考に時間を要する。
「しかし、この段取り時間は若手が学ぶための『経験値』であり、人材投資です。ここは削るべきではありません。それならば、会議や電話応対、営業との確認作業、物を探す時間など、機械を止めてまでやらなくてよい『情報管理の無駄』を省くべきだと考えました」(諏訪氏)
こうして近年、第2次DXがスタートした。それまでは現場の情報をシステムへ吸い上げる一方通行だったが、営業の受注から納品に至る全ての情報をクラウドに上げ、全部門で双方向に情報共有できる体制を目指した。
今回はデジタルに強い若手社員を巻き込み、システムの要件定義や選定を行った。老朽化したハンディターミナルからタブレット(PAD)へ移行し、生産管理とコミュニケーションツールを1台に集約。懸案だった工場間のネットワーク接続も、全社員にサイバーセキュリティ教育を徹底したうえで構築し、業務の無駄を大幅に削減した。
さらに最近では、図面の機密性に配慮しつつ、人間では発見が難しいNC機(数値制御工作機械)のプログラムエラーチェックにAIを活用するなど、新たな技術の導入にも挑戦している。
DXは「自社の業務の棚卸し」と「スモールスタート」から
講演の終盤、諏訪氏は中堅・中小企業がDXを成功させるための実践的なポイントを語った。
「DXは組織全体で動くものであり、トップの強い意志が不可欠です。そして、国のIT支援などに頼る前に、まずは自社の業務の棚卸しを行い、業務フローをつくってください。何が無駄で、何をデジタル化すべきか、それをどう見極めるかは、現場の社員と経営者が一番よく分かっているはずです」(諏訪氏)
さらに、目的を明確に設定し、社員の意見を聞きながら全員の意思で取り組むことの重要性を強調した。また、導入時の失敗を避けるコツとして、最初から全ての機能を使おうとしないことを挙げた。同社では、最初の導入時には「進捗管理」と「売掛金・買掛金管理」以外の機能はあえて捨てたという。
「まずはスモールスタートで始め、成功体験を積んでから幅を広げていくほうが成功率は上がります」(諏訪氏)
さらに新しいシステムを現場に定着させるためには「習慣化」が不可欠だ。人は2週間同じことを続けると習慣になるが、企業は土日休みがあるため、まずは3週間、朝昼晩とPADを開くことを徹底させた。「既読がつかない社員には指導を行い、『PADを見ないと気持ち悪い』という状態をつくり出すことで、真に現場へ定着させることができた」と振り返る。
「AIの活用を含め、これからも皆さんと一緒に新しい技術にチャレンジしていきたい」と語った諏訪氏。20年にわたる実践から導き出したのは、トップによる目的の明確化と現場の巻き込み、そして地道な習慣化がDXの成否を分けるというメッセージだった。

