こんにちは。科学コミュニケーターの牧野です。

突然ですが、皆さんは、2025年に日本で初めて開催されたスポーツの祭典をご存じでしょうか。
そう、デフリンピックです。「デフ」とは英語で「耳がきこえない」という意味で、デフリンピックとはデフアスリートのための国際的な総合スポーツ競技大会のことです。

日本科学未来館では、このデフリンピックの開催にあわせて、2025年10月から12月にかけて、手話通訳つきのイベントを実施しました。
このブログではこれらのイベントのうち、2025年12月13日に開催したトークイベント「研究者とめぐる『未読の宇宙』~重力波で宇宙を“きく”」と、12月14日に実施した「研究室訪問 未来の健康はだれがつくる?」について報告します。
まずは、「研究者とめぐる 『未読の宇宙』 ~重力波で宇宙を“きく”」で、手話話者の方に向けて行った情報保障についてご紹介します。このトークイベントでは、未来館の常設展示「未読の宇宙」の総合監修者であり、2015年にノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生(東京大学卓越教授(宇宙線研究所))にご登壇いただきました。
梶田先生のトークに先立って設けたのが、「科学用語 予習タイム」という時間です。なぜこの時間を設定したのか、そしてどのようなことを行ったのかをざっくり説明します。

科学に関する手話表現って少ない!?

未来館で手話話者の人を対象にしたツアーの準備をするとき、私はよく手話辞典を活用しています。
「『宇宙』の手話はこれで合っているかな?」
「『ロボット』って、どう表現するんだっけ?」
といった具合に、日ごろからたいへんお世話になっています。ただ、科学に関する言葉を調べていると、手話辞典に載っていないことも少なくありません。
日本科学教育学会が発行している論文集には、科学系専門用語の手話単語の普及率を調べた記載があります。対象は情報科学分野に限られていますが、100個の専門用語のうち、対応する手話表現が書籍やウェブ上で公開されているものは59%、残りの41%には対応する手話表現がなかったと報告されています¹
ただしこの論文のデータは2019年のものです。
2026年現在は、状況が変わっているのでは?」
「最近は科学用語の手話表現も増えてきているのでは?」
と疑問に思い、私自身でも調べてみることにしました。まず準備として、未来館のHPに掲載されている科学用語から50語ほどをピックアップし、リスト化しました。「量子」「iPS細胞」など、分野はあえて絞らず、「宇宙」「環境」「ロボット」「情報科学」「生命」「社会科学」といったテーマから、できるだけ幅広く選んでいます。
このリストの単語を、「新しい手話の動画サイト(手話言語研究所)」²と、「手話タウンハンドブック(プロジェクト手話)」³2つのウェブサイトで検索し、該当する手話表現があるかを一つひとつ確認しました(※2026年4月8日時点での調査)。
その結果、

  • どちらか一方のサイトで確認できた単語:28語
  • 両方のサイトで確認できなかった単語:22語

割合にすると、手話表現が確認できたものが56%、確認できなかったものが44%となり、先ほど紹介した論文の結果と近い数値になりました。
すべての科学用語を網羅したわけではありませんが、科学に関する用語の中には、いまだ手話表現が存在しないものが多々あるとわかります。
一方で、「量子」など、最近注目を集めている科学用語を検索すると出てくる例もあり、時代の変化とともに手話表現が更新されていることも感じました。
では、検索しても出てこない単語を、手話でどのように表現すればよいのでしょうか。
一応、言葉を一字ずつ表す「指文字」を使えば単語そのものを表すことはできます。ただ、「重力波」のように長く、かつ講演中に何度も登場する用語の場合、「じ・ゅ・う・りょ・く・は」と一文字ずつ表し続けるのはかなり大変です。
今回のイベントでは、「重力波」など、宇宙に関する専門的な用語が繰り返し登場します。しかし、それらの多くには、現時点で定着した手話表現がありません。手話話者の方にスムーズにイベントの内容を理解していただくためには、どうすればよいのか——。

辞典やウェブ上にある手話表現でも、必ずしも使われているとは限らない!?

もう一つ、考慮すべき点があります。
それは、手話辞典やウェブに掲載されている手話表現が、必ずしも手話話者の間で日常的に使われているとは限らないということです。

私が大学生のとき、こんな経験をしました。
手話話者の友人に、趣味のマジックの話をしようとして、「『マジック』って手話でどう表現するんだろう?」と思い、手話辞典を引きました。そこに載っていた手話を見て「なるほど、こう表すのか。これで話せるぞ!」と自信満々でその表現を使ってみたところ、一瞬、通じなかったような空気が流れました。
「それ、どういう意味?」と聞かれたので、「マジックだよ。手話辞典に載ってたんだけど」と答えると、「それ、古い表現だよ。最近はこう表すんだよ」と、別の手話表現を教えてくれました。
辞典に載っている表現が、必ずしも現在も使われているとは限らない——そう実感したできごとでした。
未来館で勤務するなかでも、似たような経験があります。
手話話者の方に向けてツアーを行う際、「宇宙」の手話表現について、これまで学んできた表現で大丈夫だろうと思っていましたが、念のため辞典を確認すると、私の知らない表現が紹介されていました。
「え、どっちが正しいの? もしかして、私が覚えていた表現は間違い?」と不安になり、ツアー前に手話話者の方に確認したところ、「辞典に載っている表現は〇〇という意味合いが強くて、『宇宙』ならあなたが使っている表現で合っていると思うよ」と言われた一方で、別の方に聞くと「辞典の表現でも通じるよ」と言われました。
すべての手話表現に当てはまるわけではありませんが、辞典やウェブにある表現がそのまま通じるとは限らないのも事実です。

「科学用語 予習タイム」

ここでようやく、12月のイベントに話を戻します。これまで述べてきた

  • 科学用語には、手話表現が存在しないものがあること
  • 辞典などで紹介されている手話表現も、必ずしも通じるとは限らないこと

この2点を踏まえ、イベントのなかで使用する「周波数」「重力波」「ブラックホール」という3つの用語について、「今回の講演では、これらの用語をこのように手話で表現します(この講演限りの表現です)」ということを参加者に事前に共有することにしました。そこで手話通訳士さんのご協力のもと、「科学用語 予習タイム」を設けたというわけです。

「科学用語 予習タイム」でのスライド

この時間を設けたことで、検索しても出てこない用語や、あまり定着していない手話表現について、参加者間で共通理解をもつことができました。
たとえば「周波数」の場合、指を動かして波の形を表現しているため、その語句が波と関係していることをイメージできます。音だけで「しゅうはすう」と聞いても、波が関係しているかはわからないですよね。このように、手話話者でない方にとっても、科学用語のイメージがつかみやすくなり、トークイベント本編に向けた「予習」として機能したと感じています。
この「科学用語 予習タイム」の内容と、梶田先生のトークのすべてに手話通訳がついたアーカイブ動画を、期間限定(2026年4月15日~4月27日17:30)で公開しています。以下にURLを掲載していますので、ぜひご覧ください。 

トークイベント 「研究者とめぐる 『未読の宇宙』 ~重力波で宇宙を“きく”」【手話通訳つき】https://www.youtube.com/watch?v=UKgDVTMzxnQ

また、宇宙に関する手話表現を、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と大学の手話サークルが共同で制作している取り組みもあります。この動画の中で紹介されている「ISS(国際宇宙ステーション)」の手話表現は、未来館のツアーでも紹介したことがあります。「新しい手話の動画サイト」²で検索しても、このISSの表現を見ることができます。
今後、こうした取り組みを通じて、宇宙や科学に関する手話表現がさらに増えていけば、JAXAなどの研究施設や科学館での解説も、より行いやすくなっていくのではないでしょうか。

「研究室訪問 未来の健康はだれがつくる?」

12月14日には、未来館の研究エリアで最先端の生命科学研究を行っている「ヒューマン・オルガノイド」プロジェクトの研究室を訪問し、市民参加型研究の内容をプチ体験できるイベントを、手話通訳つきで実施しました。当日のプログラムのなかには、「体組成計」を使って参加者の方の身長、体重、脂肪量、筋肉量、体水分量を測定する体験があります。
このイベントに先立ち、被験者として著者自身も測定を体験してみました。

著者の体組成計 測定結果

(画像で黒塗りになっている部分は、個人情報保護のためであり、決して数値が芳しくなかったからではありません。本当です。ちなみにこの測定をした日から筋トレを始めました……。)

測定の結果自体が特別悪かったわけではないのですが、これだけ多くの数値が一度に並ぶと、「この数値で大丈夫なのかな……」と、なんとなく不安に感じてしまうこともありますよね。このイベントでは、そうした不安や測定結果から見えてくる健康の状態、さらには研究について、測定後すぐに手話通訳つきで研究者の方に質問できる時間が設けられました。研究者と直接お話ししたり、研究の一端を体験したりしながら、参加者の一人ひとりが医学の最先端の研究やデータから見えてくる「健康」について考える、そんな貴重な機会となりました。

 

手話話者の方がこのような科学館のイベントなどに参加する際には、さまざまな困りごとがあるそうです。日本科学教育学会の研究報告では、聴覚障害者の方を対象に、科学系博物館の利用についてアンケート調査を行い、その結果が報告されています。そのなかには、「解説説明は音声がほとんどなので困っている」「手話通訳がいないので、知りたいことを知ることができない」「楽しめないので積極的には行かない」といった声が紹介されています5)。今回のような測定体験では、「今何をしているのか」「この測定で何がわかるのか」「次に何を行うのか」といった情報を、参加者の方にその都度伝える必要があります。しかし、手話話者の方に、これらを手話通訳なしで共有することは難しく、結果として、満足いく体験ができないことにつながります。

今回のイベントでは研究者による説明や測定の間、常に手話通訳がつく環境を整えたので、手話話者の方も研究者と対話しながら参加することができました。イベント終了後には、手話話者の方から多くの質問が寄せられ、研究者との間で活発なやり取りが生まれました。このような双方向のコミュニケーションが生まれる場面を目の当たりにして、手話通訳が果たす役割の重要性を、改めて実感しました。
 また、このイベントは「ヒューマン・オルガノイド」プロジェクトが主体で定期開催をしている、市民参加型研究「みんなの肝臓リサーチ」を短時間で体感できるようにアレンジしたものです。
「みんなの肝臓リサーチ」にもご興味がある方は、下記のURLをご覧ください!

みんなの肝臓リサーチ https://minnanokanzo.takebelab.com/

今後も手話通訳つきイベントを開催予定‼

日本科学未来館では、今回報告したイベント以外にも「文字と絵で伝えあう展示ツアー」など、手話通訳つきのアクティビティを定期的に実施しています。興味がある方はぜひご参加ください。

【参考文献・引用文献】

1)生田目 美紀(2019). 専門用語の手話を活用した科学教育のユニバーサルデザインの可能性. 『日本科学教育学会年会論文集』, 43, 125. https://doi.org/10.14935/jssep.43.0_125

2)社会福祉法人全国手話研修センター手話言語研究所.(n.d.). 新しい手話の動画サイト:手話の検索.https://www.newsigns.jp/search

3)プロジェクト手話.(n.d.). 手話タウンハンドブック(日本手話)検索ページ.https://handbook.sign.town/ja/search?sl=JSL

4)宇宙航空研究開発機構(JAXA). (2016年3月). 宇宙手話を覚えてみよう[動画]. YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=S9KUO6y4wMo

5)生田目 美紀・岩崎 誠司・北村 正美(2019). 科学系博物館での手話通訳付解説の実践報告. 『科学教育研究』, 34(3), 308–319. https://doi.org/10.14935/jsser.34.3_308



Author
執筆: 牧野 哲士(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、来館者への展示解説をはじめ、情報発信や対話活動を行う。

【プロフィル】
子どもの時に地元の川で「プラナリア」を発見し、自分でいろいろ調べながら実験をしたことから科学への興味が深まりました。日常に潜む科学から、さまざまなことの理解・考察につながったときの面白さと感動を、多くの人に伝えるために未来館へ。最近の趣味はゲーム・漫画を科学的視点で考察してみること。

【分野・キーワード】
粘土鉱物、理科教育