【依然、不安定な状況続く中東情勢】 問われる国、企業、個人それぞれの役割

リスクシナリオは3段階

 

「今はメインシナリオを置ける状態ではない。リスクマネジメントを最優先に、日米政府の動きを注視して、動きを止める必要があれば止めるという経営判断が求められる」と話すのは、ニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次氏。 

 米国・イスラエルによるイランへの攻撃が始まって1カ月半が経つが(原稿執筆は4月14日)、今も事態は収束していない。矢嶋氏は、今後のリスクシナリオは3段階あると指摘する。第一にホルムズ海峡封鎖の継続、第二にホルムズ海峡の機雷で物理的に物流が止まり続ける事態、第三に再び戦争が起きることによる対岸の石油関連設備が破壊され、供給能力が途絶する事態だ。 

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 そして、これまで世界経済を牽引してきたAI(人工知能)関連の投資だが、台湾などでは石油に由来する半導体関連部材の不足が言われ始めている。さらに、TOTOのユニットバスの新規受注停止に見られるように、ナフサから作られる部材の不足が顕在化。ガラス製品やプラスチック製品を手掛けるメーカーの首脳は「(プラスチックの原料に用いられる)ナフサ不足が深刻で品物が無いと言われ、6月から生産を断念せざるを得ない」と深刻な様子だ。 

 今はかつての経済危機と違って、「金融からの危機ではなく、石油などモノが入ってこないことによる供給途絶の危機。これには従来のマクロ経済モデルは全く機能しない」(矢嶋氏)。 

「燃油の高騰で収益性が下がるのみならず、堅調な需要が冷え込むことが一番懸念される」と語るのは、航空会社の関係者。 

 イラン情勢の悪化に伴い、中東を経由して欧州に向かう乗り継ぎ客が直行便に集中している。各社の欧州直行便の3~4月の予約率は90%を超え、運賃も上昇。別の関係者によると、3月下旬の便はエコノミーでも30万~40万円に達することも珍しくなくなっているという。 

 インバウンド(訪日観光客)で高稼働率を続けるホテル会社幹部は「中東が空の移動を妨げている」と話す。現在は中国政府による日本渡航自粛で減った宿泊需要を韓国や台湾などが穴埋めしている状況だが、大韓航空は4月の国際線燃油サーチャージ(燃油特別付加運賃)を引き上げ。中東の余波はアジア全域にも広がりつつある。 

「ホルムズ海峡の封鎖でクルマを中東各国に届けることができない。滞留する在庫をいかに早くさばくか。あの手この手だ」とは、ある自動車会社幹部。 

 同社は中東向けに国内で完成車を生産している。そのうち「半分くらいは紅海の陸揚げで中東国内に販売している」(同)が、残りは米国などに振り向けて凌ぐ考えを示す。中東では日本の大型SUV(スポーツ多目的車)など利幅の大きなクルマが売れ筋なだけに、商品の輸送ルートの確保に頭を悩ませる。 

 また、中東情勢の悪化は、わたしたちの日々の食卓にも影を落とし始めている。価格の優等生である豆腐が各社10~30円の値上げに踏み切った。 

 豆腐業界大手企業の担当者は「工場を動かす重油が入ってこなくなっている。ナフサ不足で食品包材(容器・インク)、手袋など多岐にわたり影響が出ている。特にフィルムがタイト」と話す。対策として、容器の厚みを減らしたり、フィルムに印刷する色数を減らしデザインを変更するなど経費を削減。 

 食品各社では、調達先の分散や、容器などの代替原料も含め対策や備えに動いている。 

 帝国データバンクの情報統括部担当者は、「食品業界の上流部では既に影響が深刻。ある農協では肥料、ほか農業資材で先々の入荷予定が白紙になり、種付けの目途が立たず、事業そのものに影響が出ているところもある。今、上流の農業がそのような状況であれば、下流での食材不足は今後時間差で波及してくる」と分析する。 

経営にリスクは常!

 

 消費行動の冷え込みを懸念するのが小売業界。ただでさえ、物価高で財布のヒモは固くなるばかりだが、そこへ来て今回の原油高が重なり、今後は消費の下振れ懸念が高まっている。 

 大手スーパーのイオン社長の吉田昭夫氏は「これから電気代がコスト的には重く出てくる。省エネ投資などを前倒しして、リカバリー計画を始めている」。 

 過去5年間、イオングループ全体で電気代は約1千億円超、人件費も1千億円近く上昇した。合計約2千億円のコスト上昇となったが、例えば、これまで個社ごとに契約していた電気代をイオン本体が一括契約し、スケールメリットを生かす形で電気代の抑制につなげてきた。今後も同社は物流の効率化など、スケールメリットを生かしてコスト削減につなげたい考え。

 カジュアル衣料品店『ユニクロ』を展開するファーストリテイリングは、今期(2026年8月期)分に関して、すでに素材の調達などには目途をつけており、足元の原油価格上昇の影響は限定的だという。それでも長期化した場合、来期以降の影響は避けられないだろう。 

 会長兼社長の柳井正氏は、「リスクは常にある。危機感をもって企業経営をしていくのであれば、こういう状態は常だと思わないといけない」と語る。経営者の覚悟が感じられる。 

 今回の事態を乗り切るには、短期的な対応策と中長期的な対策の両方が必要だ。 

 足元の原油価格高騰に対しては、政府の補助金投入もあり、ガソリン代の高騰対策が練られている。一方、日本は輸入する原油の9割以上を中東に依存。1970年代の二度にわたるオイルショックを経て、日本は石油に依存していたエネルギー源を多様化してきた。ただ、原油の成分や精製施設の整備などの観点から、中東に依存する構造そのものを変えてはこなかった。簡単ではないが、今後は中東の依存度を低減し、供給元を多角化することも必要だ。 

 ある経済産業省幹部は「特定の国に依存しすぎるリスクを抑えるため、価値観を共有する同志国との連携を深め、経済的な圧力をかけられても揺るがない体制を構築する」と話す。 

 日本は資源に乏しく、エネルギーを海外から調達する構造を一気に変えることは難しい。しかし、長期的には再生可能エネルギーを増やすことや代替製品の開発、自動車のEV(電気自動車)化を進めるなど、官民挙げてやるべきことは多い。 

 また、個人としても節電や省エネなど、やれるべき対策はある。国、企業、個人、それぞれの役割が問われている。 

 世界中が原油高、物価高の深刻な影響を受ける中、カギを握るのは、やはりトランプ米大統領の”出方”。その米国国内でも大半の国民は戦争に反対している。市場や国内外の世論をトランプ氏はどう判断するのか。世界的な危機は今後もしばらく続きそうだ。

【著者に聞く】『エネルギーの地政学』 日本エネルギー経済研究所 専務理事・小山 堅