
肉体改造した経緯
─ 稲盛さんの思想信条として有名なのが「利他主義」です。「世のため、人のため」という考え方ですが、長渕さんにはどう影響していますか。
長渕 思想的に僕が持っているかどうかは分かりませんが、若いときは「我がために、我がために」とがむしゃらに行動してきました。しかし、それには限界がありましたね。
例えば僕が肉体改造したのも、トレーニングセンターサンプレイの創業者である宮畑豊先生との出会いがあったからです。宮畑先生は元横綱力士の千代の富士をはじめ、数々の名立たるアスリート、空手、野球、総合格闘、ビルダーをつくりあげた名トレーナーとして有名な方で、奄美大島の出身ということもあり、全世界空手道連盟新極真会代表の緑健児さんから紹介されました。それでサンプレイには30歳半ばのときに入会しました。
─ それで鍛えたんですか。
長渕 はい。ただ、僕だけ歌手一匹。怖気づきました。宮畑会長に「会長、僕はVIPだったんじゃ?」と言ったら「これがVIPだよ(笑)」と。負けず嫌いの僕は、「会長、申し訳ない。ここのジムで皆の羨望のまなざしになるまで特別に訓練をしてくれませんか?」と頼みました。
実はこのとき、会長は絶対に断ると踏んでいたんです。そうすれば逃げられるなと(笑)。ところが会長からは「いいよ」の返答。次の日、会長がインクラインベンチと25キロと17.5キロ、15キロ、12.5キロ、8キロ、5キロ、2.5キロのダンベルを僕の自宅に持ってきました。ありゃあ!!です(笑)。
ながぶち・つよし
1956年鹿児島県生まれ。78年にシングル『巡恋歌』で本格デビュー。その後、『順子』『乾杯』『とんぼ』『しゃぼん玉』『しあわせになろうよ』など数多くのヒット曲を生み出す。また、全国各地で記録的な動員数を誇るライブも開催。音楽以外にも俳優としてテレビドラマや映画にも出演。芸術家として詩画展も開催している。
─ 突然ですか。
長渕 ええ。そこからは会長と2人です。2人でガチです。こんな苦しいギャグがありますかね(笑)。それから5年が経って、やっとジムの先輩たちが口をきいてくれるようになりました。
─ トレーニングは厳しい内容だったのですか。
長渕 もちろんです。トレーニングは会長が自分でもやっているメニューと同じで、基礎練習で3時間半。会長は汗ひとつ流さずにニコニコしながらやります。背中を追うしかありません。辞めたいと思うことが何度もありましたが、会長からは励ましをいただきました。「必ず挙がる! 自分の体重くらいは、せめて自分で挙げよう!」と。歯を食いしばり、会長の背中を追いかけました。
─ どうやって喰らいついていったのですか。
長渕 本当に汗と涙です。悔しくて泣きながらスタンディングEZバーカール50キロを15回、それを5セットもやりましたね。ふと、あるときから考え方を変えました。「この人はこれだけ一生懸命、俺のためにやってくれている。親父もそんなことはしてくれなかった。たった俺1人のためだけに、一緒に肉体を使い、来る日も来る日も一緒に稽古してくれている。〝はい! もうひとつ!! もうひとつ!! つよし! もうひとつ!! できる!! できる!!〟」と。だから僕は「この人を本気で喜ばせてやろう」と思ったんです。
ベンチプレス100キロ挙げるのに6年かかりましたが、ついに挙げることができた。そのときは会長も泣きました。僕と一緒に泣きました。要するに、自分で限界値を決めない。そして諦めない。それは自分のためではなく、誰かのためにと。自分の限界値はプラス1人の大きな愛情を受けたときに必ず超えられるものです。それを学びました。
MTG再建時のエピソード
─ 努力に限界がないということですね。大田さんも小林製薬の会長を引き受けたのは稲盛さんの利他の精神を学んでいたから、そうしたと。
大田 はい、その通りです。実は、小林製薬に来る前、「ReFa」等のブランドで有名になったMTGという会社の会長を務めていました。同社は稲盛さんが主宰する経営者の塾「盛和塾」の世界大会で「稲盛経営者賞最優秀賞」を受賞し、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していました。
ところが、急に主力製品が売れなくなり苦境に陥っていたんです。そこで、創業者で社長の松下剛さんから私に会長になって欲しいという依頼がありました。お受けすることになり、社長室にお邪魔すると驚きました。稲盛さんと長渕さんのツーショットの写真が飾ってあったのです。なぜこの写真を飾っているのかと聞くと、「2人とも私の神様のような存在なんです」と言って、苦しいときには長渕さんの曲を聴いて励まされていると言っていました。
おおた・よしひと
1954年鹿児島県生まれ。78年立命館大学経済学部卒業後、京セラ入社。90年米ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。帰国後、秘書室長、取締役執行役員常務。2010年日本航空専務執行役員。15年京セラコミュニケーションシステム会長。18年日本産業推進機構特別顧問。19年MTG会長。25年3月から現職。

