
人口減、少子高齢化で、地方の衰退は日本の大きな課題。その中で、自然と共生し、エネルギーや食料も自給できるという強みを持つ長野県伊那市は、都会からの教育移住も毎年増えている。伊那市長の白鳥孝氏は、「持続可能な自治体をどうつくっていくか」をテーマに農林業、エネルギー、教育に特に注力。伊那市に先祖から縁をもつ銀座の主・コマツストアーの小坂敬氏は、「地方を見習い、大都市も改めなければいけないところがある」と伊那市の魅力を語る。
地方の抱える共通課題は
─ 銀座からふるさとの伊那をこよなく愛するコマツストアーの小坂さんと、伊那市長の白鳥さんに東京と地方の関係、地方創生をテーマに聞いていきたいと思います。まず白鳥さんに、伊那をどう日本、世界に売り込むかという視点も合わせて状況を聞かせてくれませんか。
白鳥 今、地方自治体は財政的にも厳しく、人口減少、少子高齢化の課題を抱えており、持続可能な自治体をどうつくっていくかが一番のテーマです。
東京一極集中というのは何年も前から言われていることですが、未だ解決ができていません。その中で伊那市は、食と水とエネルギーを自給可能なまちづくりを行ってきております。
移動困難者、医師不足、買い物弱者など、地方における課題のキーワードはどこも共通しており、新しい産業技術を駆使して対応を進めています。
伊那市では、例えば移動困難者のためには、AIを使った乗り合いタクシーや、医師不足には移動診療車、買い物弱者にはケーブルテレビから注文した商品を地域の方が見守りをかねてその日のうちにお届けするということをやっています。
─ 食とエネルギーの自給が出来るというのは、非常に大きなメリットですね。
白鳥 ええ。1次産業は最も大事だという位置づけで、農業振興と、森林をきちんと手当てしないと水が安定的に得られないので従事者を増やしたり、いろいろな技術を導入してやってきています。
エネルギーも海外から化石燃料を輸入しながら、それを回して電気や車が動いていますが、木質バイオマスや水力を駆使して、ある程度は伊那でまかなえている状況です。一般家庭からのCO²抑制割合の目標を53%とし、再生可能エネルギーでやろうという目標を立てていて、現時点で47%まで来ています。
─ これは全国の自治体でも上位と言っていいですか。
白鳥 はい。かなり上の方です。うちは森林破壊の観点からメガソーラーは反対でして、屋根や屋上に設置する太陽光を除き、条例で制限しています。
そうやってエネルギーもまかなえて、水も安定的に出て、あとは食料も旬の季節を無視して真冬にスイカを食べたいということでなければ、最低限の米と野菜と漬物はつくれますので、まかなえます。そういう質素でもいいから、食いつないでいけるような社会をつくることを意識しています。
お米は長野県でも最も生産の高い地域の1つですし、野菜、果樹もありますから、伊那の農業というのは、多品種少量という特徴があります。
─ 十数年後を考えると、リニア中央新幹線が近くを通りますね。
白鳥 そうですね。それから、ものづくりの浜松から伊那を1時間半でつなぐ三遠南信自動車道もつくっています。ここは世界で最も難しいといわれたトンネルですが、これが貫通したので、より利便性も高くなると思います。
─ わかりました。コマツストアーの小坂さんは銀座から伊那をどのように見ていますか。
小坂 今、世界的に人間として本当の豊かさとは何か、ということが共通の悩みになっていると思うんですね。
日本は他の国とは違う特徴があるのではないかと思っています。基本的には、自然が非常に豊かな国であって、その自然を愛でる人間で構成され、独特の優しさがあると思います。
銀座には大勢のインバウンドのお客様が集まります。彼らはきらびやかさだけではなく独特な空気を楽しんでいると思います。
伊那も、先ほど白鳥市長が話されたような特徴があって、独特な空気があると思います。例えば、豊かな自然を活かした教育、特に低学年教育は素晴らしいと思います。伊那小学校を体験された方のお話では、学校で差別を感じたことが無く、当然いじめも無いそうです。
どんな人生が良いか、どうすればより良い生き方が出来るかという本質的、哲学的な問いを、子供の頃から自然と触れ合う中でできるというのが、伊那の一つの特徴であり、魅力だと思います。
─ インバウンドの人も、都市だけでなく日本の地方にも結構行っていますよね。
小坂 そうですよね。日本を代表する都市というのは、世界に対して「日本はこういうところがいいんだよ」と言える所だと思います。その観点で、人々がそこで本当の豊かさを感じて過ごせるまちだと、世界のどの国に行っても胸を張って言えると思います。
わたしは銀座にいますが、大都市はお金に重きをおく価値観で動いていて、違和感をもっているところです。地方を見習い、大都市も改めなければいけないところがあると思うんですね。
教育に特色あるまち
─ 教育が1つの魅力であるということですが、昔から信州は全体に教育に熱心な県だといわれていますね。
白鳥 ええ。伊那市は十数年前から全国でも珍しい特色ある教育をやっていることで注目を浴びてきました。
信州型自然保育の「やまほいく」は、山の中で走り回ったり、藤のつるを使ってターザンごっこをしたり、子どもたちが自然の中で思いきり遊んだり学んだりしています。
小学校では、通知表も時間割もチャイムもない教育を60年以上前から続けている公立学校もあります。子どもたちの興味がある学びを納得いくまで取り組ませ、ひとつのものをみんなで完成させる。
あるいは、食用の豚を育てて子どもたちが大議論の上で最終的にその豚を殺して食べるという命の教育を行って、全国から大きな反響がありました。普段表に出てこない食肉解体という問題に子どもたち自身が正面から向き合うという実践教育の良い例です。
─ これは都会ではなかなか経験できない教育ですね。
白鳥 はい。映画監督の是枝裕和さんが以前取材をされて、デビュー作として『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』というドキュメンタリー映画をつくっています。
そういった知識学習だけでない総合的な教育を子どもに受けさせたいということで、全国から毎年移住する方が増えており、去年は1年間で46名の方が伊那市に来られました。
─ 人口は今、約6万5千人ですね。
白鳥 はい。昨年度移住者数が358人で(社会動態が257人の転入超過となり、いずれも)過去最高の数値でした。
また、伊那市では企業誘致も注力しここ20年ぐらいで45企業が移って来られ、2000名弱の従業員の方が来ています。
地方はだいたい医師不足ですが、働く場所があるので、伊那小に子どもを入れたいというお医者さんがこちらに来る例も2例ほどありました。先ほどの「やまほいく」の例で言いますと、高遠の奥にある保育園に30人ぐらいの園児がいますが、ほとんど移住してきた方々です。
それから、伊那西小学校では自然科学に特化した教育をやっていて、森の中で授業をするんです。そこは小規模特認校で、学区関係なく入学できるようにしてあるので、この学校に通いたいと、県外含め学区外から十数人が来ています。
小坂 やはり若い夫婦の一番関心があるのは、子どもの教育ですよね。給料は高いほうがいいですが、給料よりもやはり子どものことについての関心度が高いのではないかなと。都会の学校ではこういった教育はありませんから。
確かに受験という面ではハイレベルな教育は東京に集中しています。でも人間関係ということでは人間が歪むような環境の学校もありますから。先ほど話した、子どもにとって豊かさを感じられる教育環境を考えたときに、伊那が若い夫婦の選択肢になっているということだと思います。
「森といきる伊那市」
─ 伊那市の特徴でもある森の活用について、白鳥さんはどんな思いを持っていますか。
白鳥 これだけ豊かな森がある伊那市はまちのブランドスローガンとして「森といきる 伊那市」ということを掲げています。ここには、多様な命が支え合い循環する森の営みを、私たちの「社会のあるべき姿」として重ねるという想いを込めています。
自然の営みから畏敬の念を持って学び直し、人と人、人と自然が温かくつながる地域社会を次世代へつなぐ。それは、森を単なる「資源」としてだけでなく、混迷する時代における「生きるための哲学」として捉え直す試みでもあると思うのです。
これは先ほど小坂さんが言われたこととも重なりますが、本当の豊かさとは何か。地域への誇りを胸に、森のように多様な個性が共鳴し合う未来をどう描くか。 そういった思想が根底にありまして、「森のような地域社会」を目指しています。
─ 人間も自然界の動物として自然から学ぶということですね。それから、産業界との連携はありますか。
白鳥 伊那市の取り組みは国も知っていて、元総務大臣の増田寛也さんとは何度も意見交換を重ね、審議会を伊那でやろうという話も出ていました。
実際、伊那に来て取り組みの事例をいくつも見て、これは良いと思っていただき、昨年3月には石破茂前総理と前地方創生担当大臣の伊東良孝さんも来られました。
─ どの取り組みを見に来たんですか。
白鳥 「空の輸送革命」というものなのですが、小さいヘリコプターみたいなもので、200㌕の荷物を100㌖先まで無人で届けるという取り組みで、6年前から川崎重工業と一緒にやってきています。
これは、LTEや衛星通信を拾いながら飛ぶことを目指し、川﨑モーターズのニンジャ(Ninja)のエンジンを載せた機体で実験しているんです。
まだ耐空試験だとか規制の問題がいろいろあるので、ちょうど石破前総理が来たときに、そこの規制を緩和して欲しいと要望しました。これをすぐやってもらいたいと言ったら、翌日すぐに連絡があって、担当者と今、打ち合わせが進んでいるところです。
これができるようになれば、災害時に孤立した集落に物資を送ることもできます。
─ 少し話は変わるのですが、最近クマの被害が多く出てきています。森が豊かな伊那ではどうですか。
白鳥 人的被害はないですが、クマの出没はあります。
もともと環境省や長野県が、クマは大事だということでやってきた結果ですが、今、うちはゾーニングといって人が住んでいる場所と、クマの生息する場所を明確に分けるということをやっています。
例えば200㍍の緩衝地帯をつくって、それを超えた範囲に入ってきて捕獲されたクマは、県や猟友会の方の意見を聞き危険だと判断すれば、そこで処分してしまうというようなルールにしています。
─ クマ側にも人との生活圏の境目を認識させることが重要だと。
白鳥 そうです。猟友会の方に聞くと、明らかにクマは増えているんです。鉄砲撃ちをずっと長くやっている猟友会会長さんの話を聞くと、明らかに倍以上増えているとのことです。
それは当然、縄張りから出されたクマが出ているのですが、エサのドングリが不足しているとか、ブナの実が不作だったからとかいいますが、それだけではないと思います。
ドングリをいっぱい食べるよりは、人里に来てリンゴをいっぱい食べた方がいいということをクマが学習してしまっているのです。伊那市ではクマとの共生も考えつつ、安全を第一にしっかり対策をとっています。

