2025年度『経営者のための10冊』企業アドバイザー(元JBCCホールディングス会長)・石黒和義

「縁起」とは、「因縁生起」の意(広辞苑)。すなわち、一切の事物はさまざまな原因や条件が寄り集まって、相関的な「つながり」において成り立っていることを指す。2500年前にブッダは「縁起」の教えとして、「無明」(知の欠如)から生まれる渇愛・妄執・執着などを捨てることを説いていた。

 転じて世界の動きを見ると、先人たちが長い年月をかけて築き上げてきた「つながり」の秩序を崩そうとする傲慢さが目立つ。人をいつくしみ、あわれむ慈悲の心は望むべくもない。

 現代は「末法の時代」といわれているが、もはや「無法の時代」に入ってしまったかのような様相を呈している。そうした中にあって、嘆いているばかりでは何も起こらない。国や企業のレベルは言うに及ばず、私たち一人ひとりがしっかりとした自分軸を持つことが求められよう。

 そんなことを考えながら今年も読書の秋を迎えた。今回で9年目となるが、経営者がこれから迎える人生の黄金時代を心豊かに過ごすために役立ちそうな10冊を紹介することにしたい。

『最後の山』 石川直樹 著 新潮社

世界には標高8000メートルを超える山は14座ある。写真家の著者は2001年に北のチベット側からチョモランマに登頂したのが始まりで、24年に最後のシシャパンマに登っている。その山頂で自分を撮るのをうかつにも忘れてしまうが、シェルパのミンマGがフォローしてくれていた。こうした生死を共にする仲間たちとの自然な「つながり」こそが、人類の至宝といえよう。

ユリシーズ』Ⅰ~Ⅳ ジェイムズ・ジョイス 著、 丸谷才一他 訳 集英社文庫ヘリテージ

『ユリシーズ』を一気に読み切った人は、管見の限りでは知らない。それは心に浮かんだ感覚をひたすら綴る、「意識の流れ」の表現方法にあるのかもしれない。そこで膨大な註記を読み返し、ついには逆読みすることになる。こうした晦渋な文体を生み出したダブリンの情景を浮かべるためには、もはや行って見るしかなさそうだ。それから読み直してみるのも悪くはない。

『新版 昭和史 戦前篇・戦後篇』 半藤一利 著 平凡社

甲論乙駁の昭和史を通史として語った著者の勇気ある試みである。戦前篇で、負けると解り切っていた米英との戦争に入り込んでしまった次第を語り、その真因は根拠なき自己過信と結果が悪かった時の無責任さにあったと明言する。戦後篇では、焼け跡からの復興・講和条約・高度経済成長を辿り、歴史探偵よろしくバブル崩壊の予兆を探究している。

『愛するということ』 エーリッヒ・フロム 著 鈴木晶 訳   紀伊國屋書店

愛は自分の意思ではどうにもならないものと思っていた。フロムは、愛はその人がどれくらい成熟しているかとは無関係に、誰もが簡単に浸れる感情ではない。愛は技術であり、それは自然に生まれるものではないと主張する。技術である限り、愛の理論的側面を知るだけでなく、自らの技術的習練が求められるというわけである。

『朝のピアノ 或る美学者の『愛と生の日記』』 キム・ジニョン 著 小笠原藤子 訳 CEメディアハウス

韓国の美学者が最期に書き記した「愛と生の日記」である。自分の身体と心、そして精神を通り過ぎていった小さな出来事を淡々と書き綴っている。終局は、死への不安を隠さずに「わたしの心は穏やかだ」と結ぶ。広く洋の東西を問わない数々の引用からは、著者の奥深い情感が伝えられ、清々しささえ感じさせられる。

『精神の考古学』 中沢新一 著 新潮社

人類の生存はちっぽけなもの。雄大な宇宙のサイクルの中で、小さな砂粒より小さなことであり、何ごとも自分のしていることを大げさに考えてはいけない。変化しないものは法界だけ。すべての事物は変化し消え去っていくのだ。これは、チベット仏教のニンマ派に伝わるゾクチェンの教えである。著者は、朝日を浴びながらラサの活仏と共に瞑想を繰り返していた。

神曲 地獄篇・ 煉獄篇・天国篇』 ダンテ・アリギエーリ 著  寿岳文章 訳 集英社文庫ヘリテージ

神曲に登場するダンテは、地獄と煉獄を経て、煉獄山の頂上でベアトリーチェと再会する。憧れの彼女の導きで至高天に到り、この長編叙情詩・天国篇の末尾を「愛は動かす、太陽とほかのかの星々を」と締めくくっている。広大無辺の宇宙を描いたダンテといえども、懐郷の念は禁じ得なかったのであろうか。

『量子革命─アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突─』 マンジット・クマール 著 青木薫 訳 新潮文庫

1927年10月、17人のノーベル受賞者が参加する第5回ソルヴェイ会議が、ブリュッセルで開催された。アインシュタインとボーアの歴史的論争が行われ、これが量子革命の幕開けであった。それから100年、量子コンピューターが実用化されようとしているが、黎明期の科学者たちの活躍ぶりに関心をそそられる。

『風神雷神(上・下)』 原田マハ 著 PHP文芸文庫

俵屋宗達とカラヴァッジョとの邂逅は、想像を超えていた。天正の遣欧少年使節団の史実をベースに、信長の命により俵屋宗達が加わり、物怖じしない若者たちが奮闘する。ローマ教皇との謁見を果たし、著者はカラヴァッジョを登場させ、琳派の俵屋宗達には風神雷神の油絵を描かせてしまう。かつて京都建仁寺で見た「風神雷神図屏風」を懐かしく覚い出される。

『秘仏の扉』 永井 紗耶子 著 文藝春秋

1000年の時を経て、フェノロサと岡倉天心によって法隆寺夢殿の扉は開かれ、秘仏・救世観音像が発見されたかのように賛美される。それが、廃仏毀釈に走り過ぎた日本人に冷や水を浴びせたことは確かであろう。ここでは、そこに関わりあった人たちの逸話が語られており、フェロサに先立って秘仏の扉を開いた文部大丞・町田久成の処し方には惹かれるものがある。