髙橋翼・アーラリンク社長の 「人生の転機」【中学・高校受験】

とにかく頑張れば成果が出る─。そんなことが中学・高校時代の経験を通じて身体に染み込んでいるような気がします。

 幼少期から「どうせやるなら一番になりたい」という負けず嫌いでプライドの高い子どもでした。小学校でもサッカーが上手な子や足の速い子、あるいは皆が欲しがるゲームを持っている子……。それぞれに特徴がある中で、私は頭の良い子が羨ましくて仕方がありませんでした。

 そこで勉強でトップになりたいと母親に伝えると、母からは「うちの家系から大学に行った人はいない」と聞かされました。ならば自分が一族で初めて良い大学に進学してやろう。こう心に決めてからは勉強漬けの日々でした。

 午後5時から午後10時まで塾に通い詰め。自分なりにがむしゃらに勉強しました。第1志望校は早稲田中学校。しかし当日の試験で大隈重信の漢字が書けなかったこともあり不合格。やむなく地元の公立中学校に進学しました。

 周りからは受験に失敗したという白い目で見られましたが、それでも諦めませんでした。中学3年生のときには退路を断ち、両親や学校などの了解を得て、学校にも行かずに朝から晩まで塾で猛勉強。念願の早稲田大学高等学院に合格しました。

 ただ、高校時代に勉強に全身全霊で取り組んだ反動でしょうか、大学ではすっかり堕落。同級生は大手商社などに入社して海外赴任など華々しい日々を過ごす一方、私は7年間も大学生活を送ってしまいました。

 辛うじてアルバイトとして通信回線の販売代理店で営業の仕事をしていましたが、東日本大震災が発生し、その会社も倒産することに。私は社会との接点を失いました。そんなときに、ふと思い出したのが中学時代の自分でした。奮い立った私は「今度は困っている人のために本気になろう」と思ったのです。

 起業という道を選び、当社を創業したのが13年のこと。その後、携帯がないと仕事にも就けない人がいると知り、誰でも審査なしで使える「誰でもスマホ」のビジネスモデルを構築し、今では8万人以上の契約者を獲得することができています。

 何らかの理由で携帯を持てない「通信困窮者」は約400万人いると推計されています。今後も当社は、こういった方々に社会的・経済的自立を手助けしていきたいと思っています。

高校時代の髙橋社長は朝から晩まで勉強していたという

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