北海道大学(北大)は10月14日、火星の衛星フォボスとダイモスの軌道が、小天体が火星に捕獲された場合の軌道と整合すると、理論的解析と計算機シミュレーションから解明したと発表した。

同成果は、北大大学院 理学研究院の松岡亮博士研究員、同・倉本圭教授(宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 教授兼任)の研究チームによるもの。詳細は、英国王立天文学会が刊行する学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に掲載された。

地球型惑星の水・有機物の解明に光

火星の両衛星は、反射スペクトルが似ていることから、(炭素質)小惑星の「捕獲説」が提唱されてきた。だが、火星と無関係な領域から飛来した小天体を単に捕獲しただけでは、現在の両衛星が描く、火星の赤道面に沿ってほぼ真円の軌道を再現できないことが課題とされていた。

一方、衛星の軌道特性を説明可能なのが、火星への巨大天体の衝突によって放出された物質から衛星が形成されたとする「巨大衝突説」だ。しかし、衝突で高温になった物質から、炭素質小惑星のような揮発性成分に富む衛星が形成されるかは疑問視される。

さらに最近、「潮汐破壊捕獲」モデルも提唱された。これは、衛星の軌道と小惑星類似組成を共に再現する可能性を示すものだ。ただし、現実的な条件でのシミュレーション検証がされていないことが課題となっていた。

このように、軌道特性と組成を同時に説明できる形成機構がないため、火星の両衛星の起源は謎に包まれていた。そこで研究チームは今回、この謎を解くため、太陽と火星の重力の影響下で小天体の運動を記述する「円制限三体問題」を、計算機シミュレーションを用いて解析したという。

今回の研究では、新たな保存則の観点からの理論的検討に加え、円制限三体問題に現れる「一時捕獲状態」の特徴(火星への接近距離や軌道傾斜角など)が調べられた。この一時捕獲状態とは、原始太陽系において惑星に接近した小天体によく見られ、完全には束縛されず衛星にはならないものの、惑星の重力圏内に長期間滞在できる状態をいう。

その上、原始太陽系星雲(原始惑星系円盤)内のガスを考慮すると、火星に接近して一時捕獲された小天体は、ガスの抵抗を受けて完全に捕獲され、衛星へと移行する可能性がある。そこでガスの抵抗を含め、最終的に形成される衛星の軌道特性や一時捕獲天体が捕獲される確率が調べられた。

その結果、一時捕獲天体は火星に極端に接近せず、最接近でも数十火星半径までで、また火星公転面に対する軌道傾斜角が火星接近時に小さくなることが判明した。これらの特徴は、今回導かれた「絶対角運動量の準保存則」によって統一的に説明可能となる。この絶対角運動量とは、惑星を中心とした座標系で、座標系の回転の寄与を加えて拡張された回転の勢いのことだ。惑星重力圏内の軌道では大きな変動が生じず、近似的に保存されると見なせることから、準保存則とされた。

  • 小天体が一時捕獲状態から完全捕獲状態へと至る様子

    小天体が、一時捕獲状態から完全捕獲状態へと至る様子。各時刻(0、100、316、1000年)から5年間の小天体の軌道(青線)を、火星中心座標系(原点:火星、x軸:反太陽方向、y軸:火星の公転方向)で表示。陰影は、エネルギー的に小天体が到達できない禁制領域を示す。(a・b)ガス抵抗による小天体の力学的エネルギー減少に伴い禁制領域が拡大し、小天体は火星の重力圏内に閉じ込められて衛星となる。(b・c・d)その後もガス抵抗の作用により、より火星に近い軌道へと遷移する(出所:北大プレスリリースPDF)

  • さまざまな角度から火星重力圏に入射した小天体から形成される捕獲衛星の、火星の公転面に対する軌道傾斜角のヒストグラム

    進入速度秒速20mでさまざまな角度から火星重力圏に入射した小天体から形成される捕獲衛星の、火星の公転面に対する軌道傾斜角のヒストグラム(横軸:軌道傾斜角[度]、縦軸:度数)。青い縦線は、この進入速度に対する絶対角運動量の準保存則からの大まかな予測上限値。小天体は多才な角度で入射しているにもかかわらず、結果的に形成される衛星では小さな軌道傾斜角が卓越する(出所:北大プレスリリースPDF)

その上、一時捕獲からの衛星形成は決して稀ではなく、一般的な原始太陽系星雲のガス密度下で数十%の確率で起こることも明らかにされた。星雲内での惑星の成長には、多数の小天体の接近・衝突が必要だ。したがって、火星でも一時捕獲からの衛星形成は頻繁に起きていた可能性があるとした。こうして形成された衛星は、一時捕獲時の軌道半径や傾斜角を色濃く引き継ぎ、さらにガス抵抗を受け続けた結果、数千年かけてより小さくほぼ円形の軌道へ移行するとした。

衛星が火星からおよそ10火星半径の距離に至ると、自転する火星の扁平率に由来する非球対称重力場の影響が現れ、火星の公転面に沿う軌道は火星の赤道面に沿う軌道へと誘われる。この過程を経ることで、捕獲衛星は火星の両衛星に想定される原始的な軌道(火星赤道面上、半径6火星半径程度のほぼ円軌道)に至るとした。

  • 火星中心からの距離に対する軌道傾斜角

    火星重力圏へ秒速20mで進入して形成された捕獲衛星の2例についての、火星中心からの距離(横軸、単位:火星半径)に対する軌道傾斜角(縦軸、単位:度)。左右の図はそれぞれ、火星の公転面に対する軌道傾斜角、火星の赤道面に対する軌道傾斜角を表す。(左)衛星は時間経過と共に火星に徐々に近づき(各図において右→左への変化)、初期段階では火星の公転面に対してある一定の小さな軌道傾斜角を取る。(右)しかし、火星中心から10火星半径程度の位置で軌道面の遷移が生じ、その後は火星の赤道面に対して一定の小さな軌道傾斜角を持つ軌道へと変化する(出所:北大プレスリリースPDF)

さらに、衛星の軌道傾斜角の上限は、捕獲前の火星との相対速度にほぼ比例することも確認された。原始太陽系星雲のガスが希薄になると、小さな相対速度を持つ小天体のみが捕獲可能となるため、最終世代の捕獲衛星は小さな軌道傾斜角を示すことも判明。火星形成の最終段階における原始太陽系環境を想定することで、今回のシナリオなら火星の両衛星の軌道特性を自然に説明できることが解明された。

火星の両衛星の誕生経緯を最終判断するには、2026年打ち上げ予定のJAXAのMMXによるその場元素分析や、フォボスから持ち帰った試料の詳細分析が不可欠だ。もし捕獲説が支持された場合、今回のシナリオから、原始太陽系の段階ですでに地球型惑星への水や有機物の供給が進んでいた可能性が示される。今回の成果は、MMXが得るであろう膨大な探査データの詳細解析と相まって、地球型惑星における気圏・水圏・生命圏の起源に重要な示唆を与えることが期待されるとしている。