IT部門は「サービスセンター」から「戦略組織」へ
―― 最初にCAIO(最高AI責任者)の役割について教えてください。CTO(最高技術責任者)の役割とは何が異なるのですか。
ローズ氏:もともと私はCTOとして、全社の技術戦略を統括してきました。CAIOを兼務するようになったのは約14カ月前です。その背景には、「デル自身がAIを使いこなす企業の最前線に立つ」という戦略があります。
CAIOの主な任務は、AI導入の方向性を定め、戦略とガバナンスを設計することです。AIの具体的な実装はCIO(最高情報責任者)のダグ・シュミット(Doug Schmitt)が率いるIT部門が担いますが、IT部門の役割はもはや従来のような「サービスセンター」ではありません。AI時代のITは、ビジネスの目的を理解したうえで「何をやるか」を決める戦略的プレイヤーへと進化しているのです。
ただし、AIプロジェクトは複雑であり、現時点ではリソースも限られています。そのため、すべての案件に手を出すことはできません。CAIOとしての私の役割は、多くの案件に「ノー」と言い、最もインパクトの大きい少数のプロジェクトにリソースを集中させることです。
1000のAIプロジェクトを同時に進めても、どれも中途半端に終わるでしょう。逆に、選択と集中によってAIを最も価値のある領域に適用すれば、ROI(費用対効果)は確実に得られます。AI時代の成功を左右するのは、技術力ではなく、「どの領域に、どのようにAIを使うか」を見極める判断力なのです。
「経営エンジン」としてAIを活用する
―― 次に、AI導入を包括的に支援するフレームワーク「Dell AI Factory(以下、AI Factory)」について伺います。創業者のマイケル デル氏は「AIは新たな『電力』であり、AI Factoryは『送電網』の役割を果たす」と述べています。この考え方をどのように理解すべきでしょうか。
ローズ氏:AI Factoryとは、AIを動かすために最適化されたインフラ全体を指します。GPUだけでなく、コンピュート、ストレージ、ネットワークを一体化し、AIを企業の基盤として常時稼働させる仕組みです。
いまやAIは、一時的なツールではなく、企業を動かす「経営エンジン」そのものです。たとえば、数万人の開発者がAIアシスタントを使えば、その仕組みは24時間365日止まることなく稼働します。こうした継続利用が前提になると、「必要なときだけ使う」設計のクラウドでは非効率になります。
だからこそ、AI専用の最適化インフラを自社に持つことが合理的です。私たちの検証では、プライベート環境でAIを稼働させる方が最大70%低コストだという結果が出ています。AI Factoryはそうした常時稼働するAIの「現実的な運用基盤」として機能するのです。
AI Factoryの本質は、AIをビジネスに生かすまでの複雑さを軽減することにあります。AIを自社ですべて構築しようとすれば、モデルの選定から運用、セキュリティまで膨大な手間と専門知識が必要です。だからこそ私たちは、その基盤部分を支え、企業が"AIをどう生かすか"という本質的な部分に集中できるようにしたいのです。
その具体例が、Hugging Faceとの協力による「Enterprise Hub」です。多くの企業にとって、AIモデルの選択や管理は最も複雑な領域ですが、Enterprise Hubを使えば、すでにテスト済みのモデル群から選び、コンテナ形式で簡単にダウンロードし、自社データセンターのDell PowerEdgeサーバー上で安全に実行できます。アクセス制御やセキュリティ設定も事前に組み込まれており、ほとんど労力をかけずに本番環境へ移行できます。
つまり、AI Factoryは単なるハードウェア基盤ではなく、企業がAIをすぐに活用できる「エコシステム」なのです。
日本企業のAI導入、カギとなるのは「カイゼン文化」
―― 「AIは企業を動かす経営エンジン」との指摘がありますが、日本企業の職場におけるAI活用率は低いと指摘されています。2024年6月にボストン コンサルティング グループ(BCG)が公開した調査レポート「AI at Work 2024: Friend and Foe」によると、世界では72%の人がAIを日常的に使っているのに対し、日本は51%にとどまっています。この要因は何だとお考えですか。
ローズ氏:確かに「日本企業はグローバル企業と比較してAI活用が遅れている」という調査結果は複数ありますが、私は悲観的には見ていません。AI活用率が高いといわれている多くの国では、AIツールをとりあえず導入して従業員が自由に使うことを期待したものの、生産性への寄与が不明瞭であるケースも少なくありません。採用率の高さは必ずしも成果を意味しないのです。
日本の51%という数字は、むしろ無秩序な導入が少ない健全さの表れです。日本企業は構造的で規律があり、社員が勝手に技術を試す文化ではありません。その慎重さが、次の段階に進むための強固な基盤になります。
―― 日本は世界に遅れているわけではないのですね。
ローズ氏:そうです。AIの採用スピードだけを見れば日本は慎重ですが、「どこにAIを適用すべきか」を知っているという点において、日本は他国を上回っています。重要なのは「迅速な導入」と「正確な適用」をどのように結び付けるかです。AIを無秩序に使っても成果は出ませんし、(その効果を)机上で理解しているだけでも意味がありません。日本は両者を結び付けられれば、AI活用で世界をリードできる国になるでしょう。鍵を握るのは「プロセスの規律」です。
―― では、日本企業にはどのような強みがあるのでしょうか。
ローズ氏:日本の最大の強みは、「プロセスの規律」を文化として持っていることです。私たちはエンタープライズAIを「ビジネスの最も重要なプロセスにAIを適用し、生産性を高めること」と定義しています。これは、日本企業が長年培ってきた継続的改善(カイゼン)と品質思考の延長線上にあります。
多くの国では、AIを導入しても「どのプロセスを変えるべきか」を理解できないまま試行錯誤が続いています。しかし日本企業はプロセスを構造的に捉え、最も価値を生む領域にAIを適用する視点をすでに持っています。だからこそ、慎重であっても成果へと確実に結び付けられるのです。AIが成熟するほど、この「正しく適用する力」こそが競争優位になります。
ソブリンAIで日本が目指すべき「第三の道」とは
―― お話を伺って、AI活用の成否は「どこに」「どのように」適用するかという「選択と集中」が重要であると理解しました。
一方で、AIの影響が企業の枠を超えて社会のインフラとなると、その運用や責任のあり方にも新しい枠組みが求められます。その場合、「誰が」「どのように」AIを管理・支援すべきだとお考えですか。現在、欧州を中心に「ソブリンAI(主権型AI)」という考え方が注目されていますが、Dell TechnologiesではソブリンAIをどのように定義していますか。
ローズ氏:私たちは、ソブリンAIを「国家がAIをどう育み、社会全体に価値を還元するか」という大きな枠組みで見据えています。「データを国内に置く」「インフラを自前で持つ」といった単純な発想で捉えていません。具体的に説明しましょう。私たちはソブリンAIを、目的とアプローチの違いから以下の3つに分類しています。
1つ目は「政府のための政府(Government for Government)」です。政府が自らの行政サービスをAIで効率化し、国民への提供価値を高める取り組みです。2つ目は「産業のための政府(Government for Industry)」です。政府が大規模AIインフラを整備し、民間企業は独自設備を持たずにAIを活用できるようにするモデルです。中東諸国では、石油化学など戦略産業への共有が進んでいます。
そして最後が「産業と共にある政府(Government with Industry)」です。政府が規制者ではなく促進者となり、民間企業と協働してAI活用を推進するのです。実際にシンガポールでは政府が主要企業を集め、デルのような企業と教育・実証を進めています。
―― 日本はどの段階でしょうか。
ローズ氏:日本は(第一段階である)行政デジタル化の領域で確実に前進しています。デジタル庁を中心にAI対応が進み、さらにRapidusなど半導体分野の取り組みを通じて、「産業のための政府」としてのAIインフラ整備も動き始めています。
ただし、官民が一体となってAI活用を推進する「産業と共にある政府」というフェーズには十分には達していません。政府と企業が同じ方向を向き、AIを社会全体で活用するには、より深い官民連携の枠組みが必要です。
―― 「産業と共にある政府」まで歩みを進めるためには、何が必要ですか。
ローズ氏:先行しているシンガポールのモデルをそのまま移すことはできませんが、政府と企業、研究機関が連携して社会全体のAI活用を広げていくアプローチにおいて学ぶ点は多いでしょう。その際、当社のようなグローバル企業は、政府と産業界をつなぐ橋渡し役を担う責任があります。AIの進化は、単一組織や一国だけでは成し得ません。
私は、日本がこの「共創型アプローチ」に最も適した国の一つだと考えています。その理由は長年築かれた産業基盤と信頼の文化があるからです。これからのソブリンAIは、信頼を土台とした官民連携の進化形だと考えています。日本にはその新たなモデルを示せる可能性があるのです。
―― 最後に、日本がAI時代をリードしていくためには、どのような条件が必要だとお考えですか。
ローズ氏:日本には、世界でも稀に見る「プロセス理解力」という強みがあります。デルには、それを支える技術基盤と実践知があります。そして日本政府には、官民連携を通じてそれを広げようとする意志がある。この3つが結びつけば、日本はAI時代のリーダーになれると確信しています。

