《 世界初の認知症治療薬の行方 》 認知症薬・レカネマブに新たな改善作用も加わって エーザイが進める「ブロックバスターへの道」

米国販売で苦戦する中

 先の参院選の焦点の1つとなった社会保障制度。高齢化や薬の高額化により、国民医療費はこの20年間で約16兆円増加。2023年度は過去最高の47兆円を突破した。同制度を支える現役世代の負担が増加し、持続可能な医療制度はどうあるべきかという模索が続いている。

 その医療費軽減の大きな一手となるのが「予防」だ。中でも認知症は年々深刻度を増している。患者のみならず、その家族や医療従事者などへの負担が大きいからだ。認知症の進行を少しでも遅らせることができれば、社会的な負担は軽減される。

 世界初の認知症薬として2年前に上市されたエーザイと米バイオジェンによって開発されたアルツハイマー病治療薬「レカネマブ(商品名・レケンビ)」。アルツハイマー病は患者の脳内で「アミロイドベータ」と呼ばれるたんぱく質が蓄積し始め、その後に「タウ」と呼ばれるたんぱく質が溜まることで、神経の細胞が破壊され、認知機能が急速に低下する病だ。

 レカネマブは早期患者を対象とし、18カ月後にプラセボ(偽薬)群と比較して認知機能の低下を27%(約7.5カ月)遅らせる効果を持つ。23年に米国で正式承認された後、日本や中国など世界47カ国で承認され、足元では11カ国で承認申請中だ。

「レカネマブは〝ブロックバスター〟への道を着実に歩んでいる」─。今年5月、CEOの内藤晴夫氏が自信を示していたように、レカネマブは成長を遂げている。26年3月期4―6月期の同薬の売上高は前年同期比3.7倍の231億円。米国や日本で治療体制の整備が進むと共に、中国でも好調に推移した。

 専務COOの内藤景介氏も「中国の一時的な実績を除いても、需要の拡大によって2桁成長している。年間売り上げ見通しの達成に向けて順調に進捗している」と話す。会社全体の売上高も同7%増の2027億円で、純利益も同37%増の145億円と増収増益となった。

 ただ、両経営陣の期待とは裏腹に株価の低迷が続いていた。ここ半年の株価は4000円台と安値で推移しているからだ。一時は1万2000円台まで乗せた中で、「なかなか市場から評価されていないのは、米国の販売が期待したほど伸びていないからだろう」と同社幹部は分析。

 米国での患者の探索や治療体制の整備に手間がかかっており、同国内では治療を受けられない待機患者が6000人に上ると言われる。現状、患者が2週間に1度、医療機関で1時間程度の点滴を受ける必要があるため、通院負担が大きいのだ。

 結果、25年3月期の同薬の売り上げ目標も565億円から425億円に下方修正した経緯もある。加えて、1人当たり年間約300万円で公的医療保険が適用されていた日本でも、中央社会保険医療協議会が同薬の費用対効果が低いとして薬価を15%引き下げる評価を下した。

 そんな逆風が続いていた中、7月31日に同薬は大きな転機を迎えた。レカネマブが治療開始から4年後も病気の進行を遅らせており、安全上の新たな問題も確認されなかったというデータがカナダ・トロントで開会されたアルツハイマー病協会国際会議で明らかになったからだ。

「48カ月までの継続投与で、レカネマブの有効性は維持されている。比較対象と比べても、その差は広がり続けていることが示されており、(長期投与においても)全般臨床症状の進行を遅らせている」(執行役員メディカル本部長の小川智雄氏)。しかも、認知機能の低下を34%(約10カ月)遅らせたことも示された。

血液検査で認知症の診断も

 また、CEO内藤氏が「ゲームチェンジャー」と期待を寄せている皮下注射オートインジェクターでも現在承認されている静脈投与タイプと同等の有効性と安全性が確認された。点滴から注射による自宅投与が可能となれば、「患者やその家族、および医療従事者にとって、長く投与を継続する上でもメリットがあると信じている」とDHBLクリニカルリサーチニューロロジー日本・アジア臨床開発部長の北原靖実氏は強調する。

 さらにアミロイドベータの蓄積量を確認する手法も現時点ではアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)か脳脊髄液の検査しかないが、血液検査でも分かるようになる。また、「E2814」と呼ばれる新しいアルツハイマー病治療薬候補の治験(臨床試験)も計画している。

 同薬はタウを標的とする薬剤でレカネマブと併用する治療法を想定。30年度に米国で承認取得を目指す。同社はレカネマブだけで32年度に売上高1兆3000億円とする目標を掲げる。その実現に向けては、通過点となるブロックバスターへと育て上げていくことが不可避だ。

 エーザイが認知症薬の開発に携わって45年弱。海外のメガファーマや日本の大手製薬メーカーに比べて企業規模で劣る同社は動物薬や食品などの事業を売却し、がんと認知症に領域を絞り、経営資源を集中させてきた。

 認知症は不治の病だ。全世界で5500万人の患者がおり、50年には1億3900万人に増えると予想される。また、日本でも40年には高齢者の15%に当たる584万人が患うと言われている。レカネマブは根治薬ではない。それでも「家族の介護負担や就労機会の損失などを軽減することが期待できる」(CEOの内藤氏)。

 トランプ関税で医薬品についても最大250%が課されれば、目算は狂いかねない。そんな中でも、医療財政面や社会面で効果が大きい同薬。エーザイは勝負所を迎えている。

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