宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2010年5月21日に金星探査機「あかつき」と相乗りで打ち上げられ、ソーラーセイルおよびソーラー電力セイルの実証に初めて成功した小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」について、2015年5月に5回目の冬眠モードに入って以降、信号の確認ができない状況が続き、発見できる可能性は低いと判断されたことから探索を終了することとし、停波運用を実施して運用を終了したことを発表した。
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(上)宇宙空間でソーラーセイルを展開した「IKAROS」。(下)「IKAROS」はソーラーセイルを展開するのに遠心力が利用された(IKAROSの四隅の重りは遠心力でセイルを展開させたことをイメージしている)(c)JAXA(出所:JAXA 宇宙科学研究所Webサイト)
5回目の冬眠は明けず15年の運用に終止符
「IKAROS」は、ソーラーセイルおよびソーラー電力セイルの実証に成功し、全ミッションを達成。その後、2011年12月に推薬がほぼ枯渇して姿勢制御が困難となったことから、太陽電池による発生電力の不足が生じるようになった。そのため、大部分の期間において機器がシャットダウンとなる「冬眠モード」で過ごし、短い期間だけ稼働する「冬眠モード明け」を繰り返す形で運用が続けられていた。この冬眠モード明けに「IKAROS」からの電波を受信するには、冬眠モード期間中の軌道および姿勢運動を正確に予測する必要がある。それまでの冬眠モード明けに「IKAROS」を探索して発見することで、この運動予測モデルの妥当性が検証され、その精度の向上が図られてきた。
その後、2015年3月に4回目の冬眠モードから明けた状態にあると予想されたことから、運動予測モデルに基づく探索を行った結果、同年4月23日に「IKAROS」からの電波受信に成功。この時点では地球から約1億2000万kmの距離に位置し、太陽の周囲を約10か月で公転しており、その軌道上の約7か月間が冬眠モードとなる状況だった。
そして、2015年5月21日に電波を受信できなくなったことから、事前に予測されていた通りに5回目の冬眠モードに移行したと判断された。最後に電波を受信した時点では、地球からの距離は約1億1千万km、太陽からの距離は約1億3千万kmで、この時点で異常は確認されていなかったという。5回目の冬眠モード明けは2015年の冬と予測されていたものの、その後「IKAROS」からの電波を受信することはできず、継続的な探索が続けられてきた。しかし今回、今後の電波受信の見込みは極めて小さいと判断されたため、運用を終了することが決定された。
光(電磁波)には微かだがその運動量に起因する圧力があり、太陽からの光によるものは「放射圧(太陽光圧)」と呼ばれる。「IKAROS」は、太陽電池パネルも兼ねた対角約14mの薄膜正方形のソーラーセイルを展開し、それに太陽光の放射圧を受けて推進力を得る。なおこれは、天体が太陽光で加熱されてその熱を放出する際の反作用である「ヤルコフスキー効果」とは異なる原理だ。ソーラーセイルは、太陽光に対する角度によって進行方向の変更や加減速が可能である。まるで宇宙空間を拭く太陽の風を受けて進むようなイメージであることから、ソーラーセイルは“宇宙帆船”とも呼ばれることがある。
「IKAROS」で培われた技術や成果はさまざまなミッションに引き継がれていて、ソーラーセイルに関しては、超小型ソーラーセイルによる姿勢・軌道統合制御実証「PIERIS」が、2025年3月6日にJAXA-SMASHプログラムの下で衛星開発フェーズに移行したと発表された。また、拡張ミッションを遂行中の小惑星探査機「はやぶさ2」は、太陽光圧トルクを活用した姿勢制御を実施中だ。この技術は、次世代小天体サンプルリターンといった将来のミッションでの活用も視野に入れられている。
一方でソーラー電力セイルについては、「IKAROS」での薄膜太陽電池による発電実証を発展させたものとして、現在も薄膜太陽電池パドルの開発が進行中。この技術の運用が検討されているのが、超小型探査機を用いて高頻度かつ低コストで外惑星探査を目指す日本独自の構想「OPENS」プログラムだ(まだ正式な計画ではなく、JAXA内でワーキンググループによる検討が行われている段階)。海外研究機関の約10分の1の質量で探査機を開発し、例えば零号機では土星のリング粒子をクローズアップ撮影するといった目標が掲げられている。低コストで高頻度に打ち上げられることから、リング粒子に衝突するかも知れないリスクのあるこのような計画が可能となるとしている。この零号機は、2028年11月の打ち上げ、2039年5月に土星圏到着が目標とされている。
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超小型外惑星探査機「OPENS」零号機による土星リングのフライバイのイメージ。リング粒子の判別可能な距離でのクローズアップ撮影が計画されている。零号機のソーラーセイルは、三角形の帆を2つ備える設計が検討されている。(c)JAXA(出所:JAXA デジタルアーカイブス)
このように、「IKAROS」の挑戦で得られたデータは、これからの次世代探査機へと引き継がれていく見込みだ。